見出し画像

〈CLASSICAL お茶の間ヴューイング〉サントリーホールサマーフェスティバル2020 2020年の東京で全貌をあらわす 21世紀のアヴァンギャルド(松村正人)【2020.8 147】

■この記事は…
2020年8月20日発刊のintoxicate 147〈お茶の間ヴューイング〉に掲載された「サントリーホール サマーフェスティバル2020」プレビュー記事です。

画像1

intoxicate 147


サマーフェスティバル一柳

一柳慧 ©Koh Okabe

2020年の東京で全貌をあらわす21世紀のアヴァンギャルド

text::松村正人

 昭和ものこり1年半となった1987年の夏、記念すべき第1回を開催したサマーフェスティバルは20世紀音楽を中心に今日(こんにち)の作品を特徴的なテーマをもうけながら紹介してきた、老舗音楽祭で、2018年の32回目から〈サントリーホールサマーフェスティバル〉と改称し、令和に入って今回が2回目である。私は〈東京の夏〉が2009 年になくなったので、かさなるところもすくなくなった〈サマーフェス〉(と以下は略します)の動向にはなにかと注目してきた。なんとなれば、あらゆる芸術分野で表現形式が払底したかにみえるポストモダン状況下で主題をもうけプログラムを組むことそのものがひとつの提案であり、他者への、あるいは自己自身への問いをふくむのだからそこには根拠となる観点があるにちがいない。決断的なつよいものではなくてもいい、むしろそのようなつよさはときに抑圧めいて働くやもしれず、注意がいるが、リスクヘッジの名のもとの総花的な顔ぶれになるのもつまらない。私は〈サマーフェス〉が楽しみなのはこのような理由による。


 〈サマーフェス〉がプロデューサーを立てた体裁になったのは数年前から。「ひらく」を合い言葉に毎年ひとりの監修者と併走するスタイルも定着した観がある。本年のプロデューサーは作曲家の一柳慧がつとめている。いうまでもなく、わが国を代表する音楽家で、自身もピアニストであることに由来するピアノ曲やマリンバなどの器楽曲、交響曲をはじめとした大小さまざまな管弦楽、オペラや映画音楽にもすぐれた作品をのこしたその業績を列挙するには本稿の余白はあまりに狭いが、20世紀の音楽を積極的に紹介してきた〈サマーフェス〉としては満を持しての登場といえるであろう。そのテーマもふっている――、というより身震いさえもよおしたのはそれが「2020 東京アヴァンギャルド宣言」と銘打っていたからである。


 アヴァンギャルドとは音楽祭の公式HPに片山杜秀氏が記されるとおり、仏語で「前衛」を意味する軍隊用語が転じて野心的な試みの表現をさしはじめ、20世紀後半まで芸術分野の指針となった。モダニズム=近代主義といっても事情は同じで、近代化こそ前進の謂との熱い思いが前衛の語には脈打っている。これとよく似た語に「実験」というのがあり、グラフィックスコアなどの演奏者の解釈が介在する作品の結果の予測不可能性をさす実験の語を、私は前衛と区分する立場だが、現実的にはさほど厳密につかいわけはなされないようである。個々の作品の構想よりそれによりもたらされる思考の前進性を作家の思考とみなす一柳慧であれば、「アヴァンギャルド」の語に、定義めいた形式的な区分よりも音楽にむかう思考の前衛性のニュアンスをこめたのではなないか。そのような推測を誘う多彩なラインナップの〈2020東京アヴァンギャルド宣言〉である。


 今回は室内楽とオーケストラのふたつの軸があり、8月19日のオンラインのプレイベントを皮切りに月内を目途に開催する数回のコンサートで、一柳をはじめ、権代敦彦、杉山洋一、山本和智、山根明季子、森円花の5 名の委嘱作をふくむ世界初演作や、高橋悠治、シュトックハウゼンやエリオット・カーターら、20世紀音楽の偉人たちの作品もとりあげることになっている。その総体がしめすものこそ2020年の東京のアヴァンギャルドであり、これを書いている時点では予測もつかないが、ひとつだけいえるのはノスタルジーにふけることはあるまいということである。昨年はじめ『前衛音楽入門』と題した書物を上梓した身にすれば、ポストモダニズムの世界に埋没したかにみえたアヴァンギャルドなる概念が息をふきかえしたのは、歴史の終わりのかけ声にうながされ短絡した最適解の前でぬくぬくと思考停止するカント主義的な有限性への批判、すなわち人間中心主義批判への再批判とでもいうべき実存回帰のなかで、アヴァンギャルドなる語の志向(指向)性があざやかさをいやましたからではないか──、といった理路をたとえ共有せずとも、アヴァンギャルドの旗のもとに集うものには通じ合うものがきっとある。一柳慧はその旗頭と呼ぶべき存在であり、幾多の形式はむろんのこと、時間や空間といった音楽の原理の側面、東日本大震災や原発事故、それらと深くかかわる日本という国の来し方行く末に思い馳せた作品をものしてきた一柳にとって、コロナパンデミックで先のみえない時代をむかえたいまこそ、思考の前線を拓くときなのであろう。私たちもまたそこに加わるべく、ふるえて待ちたい。

※「サントリーホール サマーフェスティバル」は、2020/8/22(土)〜8/30(日)に開催されました。www.suntory.co.jp/suntoryhall/feature/summer2020/


【intoxicate SNS】
▲Twitter
https://twitter.com/intoxicate3
▲Facebook
https://www.facebook.com/tower.intoxicate/
▲Instagram
https://www.instagram.com/tower_intoxicate/
▲タワーオンライン(本誌オンライン販売)
https://tower.jp/article/campaign/2013/12/25/03/01



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?