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月に吠える/HOWL(上)

イヤホンを忘れて一泊二日の旅に出てしまった。
そこで初めて、最近は「毎日」音楽を聴いて過ごしていたことに気づいた。

本当に大切なものは、失って初めて気づく。
使い回され、すり切れた言葉だけど、あえてこのフレーズを使う。

11月9日の夜、偶然にも出会った一曲を紹介したい。

「月に吠える feat.中村佳穂」
(ROTH BART BARONのニューリリースアルバム「HOWL」より)

この曲を聴く数時間前、私は一人で公園のブランコを漕いでいた。あてどもない気持ちを持て余し、イヤホンで耳をふさいで意味もなく揺れていた。

ある一人の死を受け入れられずにいた。

今春に定年退職だったから、享年60歳。

その人は気さくでおしゃべりで、元気が良かった。いつも難しいことを、さも難しくないように語っては笑い飛ばしていた。

正論を言うことで組織から反感を買おうとも、そのことさえも笑って「だから何だ、部下が困っているなら俺なんてどう言われてもいいんだ」と言い放つ。その反面で、人に対して深い思慮とやさしさを併せ持った男性だった。

その人との連絡手段はLINEしか知らない。形だけ見れば緩いつながりだった。でも、いつも本音しか話してこなかった。心から信頼していた。

今年に入ってから、私は家庭事情で忙しくて全く連絡をとっていなかった。
だから、そろそろかなと思っていた矢先だった。

友人を通じて、その人が突然亡くなったことを知った。
今年8月。一人で入った山での滑落死だった。

彼らしいといえば彼らしい最期ではある。

登山とバイクが好きだった。
単独行もするし、無理な予定も組むような人だった。
病気で看取られて死ぬなんてごめんだ、というような性格だった。

ただ、どうしても受け入れられなかった。

今でもそのことについて書こうとすると、その故人についての詳細を書き込もうとすると勝手に涙がにじんでしまう。

たぶん心と体が、彼が死んだ事実を認めることを拒否するのだと思う。

それでも、ふとした時に思い出してしまう。
もっと正しく言うと、「思い出そうとしてしまう」。
しかし、まだ彼を失った悲しみと正面切って向き合うことはできない。

我ながら、とても自分勝手だ。
でも叫びたかった。

夜空をにらんで、心の中で八つ当たりした。

約束したじゃん、東北で一緒に山登ろうって。
俺はバイクで一気に行くから。定年退職したらもっと自由だ、絶対行こう。
そう言ったの忘れてないよ。

なんですぐ死ぬの、一人で山に入ったの。

天国に電話があったら、きっと私はこの言葉を直接本人にぶつけている。

それで「ごめんごめん、ちょっとね」とぐらいに言い訳でもしたら、
「分かりましたよ、まったくもう」と返して納得すると思う。

ただ、電話なんてありはしない。
死んだらそこで終わり、つづきはないのだ。

私が出した最終的な結論は、「仕方がない」だった。

どうしようにも、仕方がない。私が悲しくなってしまうのも、彼が死んでしまったことも、それら全ていつかは受け入れなくてはならないことも。公園で時間を消費することで何かを引き延ばそうとしていることをあきらめた。

ブランコを降りて立ち上がった。
帰路に就き、特段の理由もなくTwitterのタイムラインを見た。

そこで出会ったのが、冒頭の曲だった。
すぐに聴いた。

軽快なようでいて、どこか物悲しげな電子音とピアノの静かな前奏から始まって、中村佳穂の透き通った声とともに、すっと歌詞が染みこんできた。

正直、驚いた。
こんなにも「今の自分」が「今聴くべき曲」が、「今日」このタイミングでリリースされた事実と、その不思議な巡り合わせについて。

音楽は人知れず、幾つかの、誰かの命を救っている。

心から、そう思った。

(下につづく)

追記
次は下にするつもりが、中になってしまった。
(ちなみに投稿時間が昼の11時で記録されているのは、この文章を「今日中に書く」と決めて「予告」として投稿してしまったからです。)

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