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通訳者の勉強方法と仕事の準備

 新規のお仕事を頂く際には、自分で言うのもなんだが、かなり準備をして臨んでいる。
クライアントから頂く資料だけではよく分からない場合は、自分なりに調べて、単語リストを作成したりもする。通訳者になりたての頃は、そもそもこの準備の方法がよく分かっていないので、的外れなものに時間をかけてしまったり、肝心の資料の読み込みが甘くなってしまったり、ということがよくあった。ただ経験を増やすことで、準備の方向性が正しかったのか、どこが不十分だったのかを考え機会も増え、少しずつ自分なりの方法が確立されてきたように思う。
情報は無限に入手できるが、準備の時間は有限である。どこまで手を広げるかを決め、線を引かなくてはならない。絶対に出てくる単語や話題を押さえた後、周辺領域をどこまでカバーするのか?は時間との闘いである。出るかどうかも怪しい(そして恐らく出ない)周辺領域のためにどこまで睡眠時間を削るのか、どこで割り切るのかは悩ましいところだ。
 自分で振り返ってみても、以前のほうが適当なところで、まあいいか、今日はもう寝よう、と早い段階で割り切っていた。その後準備不足への不安に押しつぶされそうになり、リモート案件が増え始めたのもあって、ギリギリまでネットでリサーチをかけるようになった。

 そして最近はまた、出る可能性が低いところは深掘りしすぎないようにと、振り子が戻りつつある。しかしその分、これは出る、と思うところは徹底的に準備をするようにしてメリハリをつけるようにしている。濃淡をつけるようになったのは、準備の方向性が大きくずれることがなくなったからということもある。
もちろんこれは、その仕事が自分にとって新領域なのか、既に馴染みがあって情報を更新するだけでよいのか、によっても変わる。そのバランスは自分自身にしか分からないし、他の通訳者の準備方法を見て参考にすることはあっても、真似することは無い。
 
 以前旅行業界のクライアントと雑談になり、大きなイベントやツアーの前は緊張しますか?と伺ってみたことがある。
その方の答えは、「緊張はあるけど、とにかく準備して臨む。上手くいくかどうかは9割が準備、残り1割はその場の運」だった。確かにその通りだと思った。9割は準備で決まる。
但しそこには、単に頂いた資料を読むだけではなくて、その資料をどう読み込むか、そこに書かれていないけれど出席者が共通認識していることは無いか、自分が準備で見落としていた内容が話に出た場合、落ち着いて対応できるだけの心の余裕を持てるか、そのために最善の体調で臨めるか・・・も全て含んだ「準備」なのだと、最近思うようになった。

執筆者:川井 円(かわい まどか)
インターグループの専属通訳者として、スポーツ関連の通訳から政府間会合まで、幅広い分野の通訳現場で活躍。意外にも、学生時代に好きだった教科は英語ではなく国語。今は英語力だけでなく、持ち前の国語力で質の高い通訳に定評がある。趣味は読書と国内旅行。