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人は自分より不幸な人に対して語る術を持つか。

・映画「存在のない子供たち('18)」についての感想です。
・2020年5月12日Filmarksに書いた感想を加筆修正しました。
 https://filmarks.com/users/togari
・西加奈子の「 i 」についての感想はnoteに書きました。
 https://note.com/instant_rebel/n/n23990c329ec3

 西加奈子の小説「 i 」('16年)では、シリア難民として産まれた主人公「アイ」が物心つく前からアメリカ人の裕福な家庭に偶然引き取られた事で、自らの出自(本映画のような不幸せな人たち)と現状の不自由のない生活に実感としてのギャップを感じ、自らのアイデンティティに悩む表現が登場します。

 出自の問題は自分には適しませんが、アイと同様の「不幸せコンプレックス」を抱きました。日本にいてコロナ禍に巻き込まれながらものほほんと生きている社会的に幸福な自分がそもそもこの映画を観て何かを感じ考える事自体おこがましいことじゃないかと考えてしまいます。彼らの生活レベルまで自らを落とさないとこの問題を対等に話す権利を得られないのではないかと考えることについて、果たしてどうしたらいいのかわかりません。

 それは刑務所を慰問する音楽の演奏家の白人(慈善活動家)と、檻の中の現地人種の対比にとてもアイロニカルな対比を感じたからです。音楽に興じる受刑者もいれば、演奏家を睨みつけて座り込む受刑者もいる。でも、ここに収監されている人の多くは(明確に語られてはいませんが)国籍を持っていない、身分を証明できないから逮捕、収監され、国外追放を待っているのであって、単純な善悪では語れない罪、司法の枠組みのみで判断された悪として投獄されているのです。この処置は家族の離別、国籍や故郷といった感覚を法の名の下にシステマティックに分断することを意味します。その苦しみを知らず、外からやってきて、笑顔と音楽だけで励まそうとする慈善活動家たちの像に、監督の皮肉を感じました。

 主人公の12歳の少年ゼインは地獄の中でも幸運を自ら掴み取った人物です。彼の親が11歳の妹を主人公一家の住むアパートの大家である男と非合法に婚姻させ、妊娠させてしまいます。その過負荷に耐えきれなかった少女は無戸籍を理由に病院の受け入れ拒否され、結果として死に至ったことで、妹を愛するゼインは恨みからその男をナイフで刺し逮捕されてしまいます。しかしそのことが彼を生放送のテレビへの電話出演に駆り立て、親への訴訟に踏み切らせることになります。訴状は「僕を生んだ罪」。すなわち、世話をできないのならば産むな、と訴えます。その無責任さが妹のような被害者を産む、ゼインはこのような意識だったと思います。

 ゼインは中東の貧民層からは希望のシンボル、そして我々豊かな人間からは社会悪の被害者として描かれているので、この少年を象徴化することで総体としての問題を監督は描きたかったのではないでしょうか。この相反する2つの見方の両面から理解しないことには、この映画を完全に理解したとは言い切れないでしょうし、またゆえに問題は永遠に解決の目を見ていないのではないでしょうか。納得はしたが理解はできていない、変な感覚です。

 世界的に見て増加する人口の問題には危機感を感じています。つい最近まで61億人だと思っていた世界人口が77億人にまで膨れ上がっていることを知り愕然としました。しかし倫理的な判断から、人が生まれる生命の尊さを、社会的な国家的な理由をもって単純に、合理的に制限すること(中国のひとりっ子政策など)は、やはり認めることはできないと思います。

 現在、2050年を境に避妊具やモラル教育が途上国にも普及し、出生率は下がるだろうと言われ始めています。映画に登場する貧民窟には届かない光かもしれませんが、やはり届いて欲しいと願うことさえ、おこがましいとは自分は思いません。ですが、直接支援をするためとはいえ、コンビニに置いてあるような行き先不透明な募金箱に千円札を入れるかと言われれば少し考えなければなりません。どうして我々が思う届けたい人に対して、直接に支援の手は届けづらいのでしょうか。

 この映画が、中東の貧民窟の現状をあぶり出し、この現状を知ってもらおうとする目的を資する映画であれば、やっぱり僕はどうしていいかわかりません。ですが、親と別離する瞬間に希望を見出し、(おおよそ)12歳になって初めて身分証を手にして(映画内で初めて)はにかむ主人公や、強制的に繋がりを排除されたシングルの親子が再開するシーンではやはり涙は必至です。

 外的な要因をもってこの問題を解決することが、現代的で、問題解決の一筋の光になるのならば、「家の問題は家で解決する」考え方が染み付いた自分はいやに古風で封鎖的なのかもしれません。しかし、旧ユーゴスラビアへのNATO空爆やPKOとして国連軍がもたらした混乱を考えると、やはりこの問題はどうしたらいいかわからないのです。

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