マガジンのカバー画像

メディアグループの責任者 “小林”のこばなし

25
運営しているクリエイター

#日本史

《最終回》岩崎小彌太に浸る7日間 vol.7📜「小彌太と財閥解体」

岩崎小彌太に関するこのコラムも、ついに最終回となりました。 前回のシリーズでは、現在大河…

岩崎小彌太に浸る7日間 vol.6📜「三綱領につながる小彌太の哲学③企業活動のIntegri…

三菱の三綱領「三菱の三綱領」は、1934年に三菱商事会長の三宅川百太郎(みやがわ・ひゃくたろ…

岩崎小彌太に浸る7日間 vol.5📜「三綱領につながる小彌太の哲学②Speculationを排せ…

Speculationを排せよ前回も触れたように、大戦景気とそれに伴う投機ブームが起こりましたが、…

岩崎小彌太に浸る7日間 vol.4📜「三綱領につながる小彌太の哲学①社会的責任」

投機ブームとバブル崩壊小彌太は1916年に社長に就任をしましたが、その時期は1914年から始まっ…

岩崎小彌太に浸る7日間 vol.3📜「三菱合資会社の社長に就任」

久彌の潔い幕引き1916年7月1日に、岩崎小彌太は38歳の若さで、三菱合資会社の4代目社長に就任…

岩崎小彌太に浸る7日間 vol.2📜「先進的な組織改革と独自の進化形態」

三菱の凄さ小彌太は1906年に日本に帰国すると、5月に三菱合資会社副社長に就任します。社長は…

岩崎小彌太に浸る7日間 vol.1📜「英国留学」

家族構成・人物像岩崎小彌太は1879年に、父彌之助と母早苗(後藤象二郎の長女)の長男として生まれました。小彌太には4歳年上の姉繁子、2歳年下の弟俊彌(旭硝子株式会社を創立、現・AGC)、8歳年下の弟輝彌がいました(輝彌は日本の鉄道ファンの元祖と言われています=撮り鉄)。 自宅は現在の東京都千代田区神田駿河台4丁目6番地、ニコライ堂の近くが生家でした。この場所は彌之助が母早苗の父後藤象二郎から譲り受けた家でした。小彌太は当時まだ珍しかった自転車に乗って、この家から学校に通っ

岩崎小彌太に浸る7日間(序説)

小林です。いつもご愛顧ありがとうございます。 先日、「渋沢栄一に浸る10日間」の連載を終…

《最終回》渋沢栄一に浸る10日間 Vol.10📖「溌剌たれ!」

インソースではこの春から、“偉人の金言” を基にした研修 を開発しております。 その開発過…

渋沢栄一に浸る10日間 Vol.9📖「立志の要」

インソースではこの春から、“偉人の金言” を基にした研修 を開発しております。 その開発過…

渋沢栄一に浸る10日間 Vol.8📖「親が子に孝行をさせる」

インソースでは現在、“偉人の金言” を基にした研修 を開発しております。 その開発過程で心…

渋沢栄一に浸る10日間 Vol.7📖「目の前の成功や失敗に囚われるな」

インソースでは現在、“偉人の金言” を基にした研修 を開発しております。 その開発過程で心…

渋沢栄一に浸る10日間 Vol.6📖「完全な成功とは」

インソースでは現在、“偉人の金言” を基にした研修 を開発しております。 その開発過程で心…

渋沢栄一に浸る10日間 Vol.5📖「趣味をもって仕事をする」

インソースでは現在、“偉人の金言” を基にした研修 を開発しております。 その開発過程で心に残った偉人の金言を特選し、3月からこちらのnoteで配信中です。 第1周目として取り上げている人物は「渋沢栄一」。数分で読んでいただけるシリーズとして、全10回ほどの配信を予定しております。ぜひお楽しみに。 (今回で折り返し地点となる本シリーズ。読者の皆さまの「スキ」が、更新の励みになっております。いつもご反応ありがとうございます📚) 渋沢栄一に浸る10日間 Vol.5「趣味をも