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叶えることとスタート地点に立つこと

まだひんやりした空気が心地よい季節だけれど、雨なんかが降るとじわじわと冬の厳しさを思い出す。ちょうど冷えてくる午後7時、観客たちは傘をさしたり手を揉みあわせたりしていたが、広場の特設ステージの周りにはそれなりの人だかりができていた。

毎週開催されるこのライブの出演者は、先月メジャーデビューしたばかりの女性デュオだったり、プロなのか趣味なのかわからないシンガーソングライターだったりする。正直なところ、職場の店内までガンガン音が入ってくるので若干癪に障る。けれどまぁ、聞くに耐えないようなのは本当に稀で、毎週「今日はどんな人だろう」と楽しみにしてしまっている自分すらいる。何より、やりたいことを大勢の観客の前で披露する堂々とした彼らは美しい。

気づいたら上司がわたしのすぐ横に立っていた。彼は距離感がおかしい。
「…かわいそうに」
本当に憐れむような目をしていた。「(大した実力もなしにこんな粗末なステージで人前に立たされて)かわいそうに」と彼は言ったのだ。
他の社員も、どこか嘲るような態度でチラチラ外を気にしていた。

どうしたらそんな乏しい感性でいられるのか、どこが可哀想なのか、と言い返せない自分にも腹が立った。「宇宙飛行士になりたい」「お花屋さんになりたい」「アイドルになりたい」あのとき描いた夢の、スタート地点にでも、お前は立ったことがあるのか。と問いただしてやりたかった。言い返せなかったのは多分、自分が何者でもないというコンプレックスのせいだ。ドラマチックに遠くを見つめながら「かわいそうに」と放った彼と自分との間に、どれだけの差異があるかと不安になったからだ。

こういうとき、サラッと「あの人たちカッコいいですよ」と笑顔で返せるようになりたいものだ。

こうしてたまに物書きをしたり、何かをデザインすることが、わたしのスタート地点なのだと自信を持つことができたら、わたしも彼らと一緒にあのステージに立てるのかもしれない。


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