なぜ調剤薬局の青年がフェラーリを買えるのか? そのツケを支払うのは我われ患者である。

(このnoteは『日本国・不安の研究』の第3章の一部抜粋です)

調剤薬局とは?

 僕は都心の西麻布の仕事場と郊外の住宅を行き来している。郊外の家は東名高速と並行 して走る交通量の多い幹線の国道二四六号の近くにあるため、散歩がてらクルマの販売店、それもイタリアの超高級外車フェラーリの店舗に立ち寄り、そこの店主と四方山話をすることがある。

 とくにフェラーリの店舗で聞く話は景気動向を知るうえで参考になる。高級外車を投資感覚で買うユーザーは少なくない。価格が高くレアなスーパーカー・フェラーリは、世の 中の景気が上向きかける少し前から売れ始め、景気が落ち込むよりかなり早い段階で売れ行きが下がり始め、センサーのような特徴がある。ファッションと同じような鋭敏な流行感覚があり、同時に不動産投機にも近く、きわめて感度がよいマーケットなのである。

 数年前、店長の勧めるコーヒーをいただきながらいつもの雑談をしていると、クルマの展示スペースに店員と立ち話しをしている若い男がいる。商談中のようである。痩身で派手なシャツを着ているが高級外車に手が届くような貫祿はない。

 あの青年は客なのかね、それとも冷やかしなのかね、と訊ねた。

「お得意さんです」

 あんな若い男がどうしてお得意なのかと訝しげに見る僕に店主は続けて答えた。

「調剤薬局です」

 僕の字引のなかに余裕資金=調剤薬局という概念が加わったのはこの瞬間だった。
 そして街の風景のなかに「調剤薬局」の看板を視認するようになるのである。意識すると初めて文字面が焼きつく。

 大きな病院の前に看板の大きさまで同じ、似たような店構えの調剤薬局が五軒も六軒も並んでいる。有名な寺社仏閣の門前に参拝客のための土産店が立ち並ぶ様にたとえて「門前薬局」と呼ばれ始めたのはそれほど昔のことではない。

 国民医療費のうち医科診療医療費三一兆円、歯科診療医療費三兆円、薬局調剤医療費八兆円である。医科診療医療費については話題も多いが、薬局調剤医療費はその陰にあって目立たない。しかしブロイラーではないが口を開けて待っていれば餌がもらえる、風景として違和感を覚える門前薬局の繁盛振りを見るにつけ、この薬局調剤医療費八兆円についてきちんと精査してみる必要がありそうだ。


かかりすぎた政策コスト

 医薬分業にインセンティブを与えるために支払われてきたコスト、いわゆる政策コストについて焦点をあてたい。

 当初より医薬分業ができていれば政策コストがかからなかった。インセンティブを与えるために、つまり政策的に誘導するためにかけた費用が政策コストである。

 調剤薬局の若者が高級外車を物色できるのも、門前薬局が立ち並ぶ不可思議な光景も、医薬分業という遅れていた日本の近代化政策の産物であった。もともと漢方医学の伝統が
あり、診断から処方までの行為が医師のもとで完結していた日本で医薬分業を実現するためには、政策コストが必要であった。この政策コストとは、医師、病院から薬剤師に調剤
業務を移転させる費用のことである。

 そのため医師が書く処方箋の点数を上げてきた。医師は調剤の代わりに、どの薬を患者のために処方すればよいかと記した処方箋を書くことで診療報酬が得られる。これが一番 目の政策コストである。医科診療医療費三一兆円のうち五〇〇〇億円ほどを占める。医師 により発行された処方箋枚数は八億枚であり、処方箋料六八〇円をかけると導き出される 数値である。

 第二の政策コストは、調剤医療費八兆円のうちの薬剤料以外に一兆九〇〇〇億円が調剤技術料として存在している。いったい調剤技術料に
どこまで合理的な根拠があるのだろうか。

 この一兆九〇〇〇億円をターゲットにして改革の方向を模索していこう。

画像1

 上の図表に記された「高血圧、糖尿病、不眠、胃炎」の金額は、ほぼ僕がもらっている薬と一致するし、七十歳代の典型的な処方なので実感できるところだ。これは薬剤そのものの価格でなく、あくまで も技術料つまり調剤価格である。

 まず調剤基本料、なぜか院内が八〇円に対して院外の薬局では四一〇円である。

 ひとつおいて調剤料、院内が九〇円に対して院外は二四〇〇円と、じつに二七倍!

 後発医薬品調剤体制加算とは、厚生労働省が薬価 を下げるために推奨しているジェネリック薬を一定以上に調剤している場合に、薬局に加算がある。この場合は一八〇円が記載されている。
 
 向精神薬等加算は不眠に対するオプションとしての投与になるが院外だと八〇円の加算
になる。

 薬剤服用歴管理指導料は、院内の薬剤情報提供料と同じもので、調剤料はモノの提供に対する技術料だが、こちらは患者との対話による服薬状況の確認、残薬の状況確認などヒ トに対する技術料である。これも院内が一三〇円なのに院外は約三倍の三八〇円に跳ね上がる。

 こうして図表の合計のところを見ると、院内で会計処理すると三二〇円、三割負担なら九六円となる。それに対して院外処方なら三四五〇円、三割負担なら一〇三五円となり、 一〇倍以上の差が出る。

 薬局で薬代として一括で払うから気づきにくいが、この一〇三五円は薬価とは別にかかる費用である。上記の高血圧、糖尿病、不眠、胃炎はだいたいセットで三割負担なら薬局 で支払う金額は三〇〇〇円から四〇〇〇円ぐらいだろう。そのなかに一〇〇〇円ほどの技術料が含まれているなど内訳を仔細にチェックして初めてわかるのであり、よほど注意し て調剤明細書を見ないと意味がつかめない。

 こうして受け付けるだけで支払う調剤基本料、調剤数量に応じて算定される調剤料、患者や家族への指導に対して支払われる薬学管理料などの技術料で調剤薬局は薬剤費とは別
に報酬を得ることになる。
 
 仮に一人で門前薬局を開業したとしよう。

 薬剤の売買差益を考えなくても、一日に三〇人の患者が来て、土日祝日が休業で営業日を二〇日とすると、この技術料収入だけで以下のような計算が成り立つ。月の売上高は、

 三四五〇円×三〇人×二〇日=二〇七万円

 これを年換算すると、二四八四万円となり、仮に経費を半分にしても年収一〇〇〇万円 以上が得られる。

 かなり控えめの計算でもこうだから調剤薬局の若者がフェラーリの店になぜ現れたの か、その光景の謎は解けてきた。


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