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8夜 呪いを足す者

夢を忘れる地球人

地球人は夢を忘れる。日常の忙しさに流されて。

東の空から、今日も早回しで朝日が昇る。街を猛スピードで行き交う人々がお昼を食べる頃、頂点に達して。やがて、西の空へ沈んでいく。

その間に流れるニュースは、地域ごとの今日の新規感染者数とか。営業時間が制限された上に、利益率の高いお酒も出せなくて困窮する飲食店の悲痛な叫びとか。「自粛警察」の異様さを伝えるコメンテーターとか。

まるで、北欧神話の「フィンブルの冬」が来たような「寒い時代」。
季節は、春なのにね。

「フィンブルの冬とは、北欧神話における世界の終わりラグナロクの前兆じゃ」

私の脳内で、ドヴェルグの賢者オグマの声が聞こえる。今はまだ寝てないしパソコンに向かって小説を書いてるだけだけど。作家の頭の中では、いつもたくさんのキャラクターたちが会話しているものだ。

それが、夢の中に出てきた強烈なイメージならなおさら。

(夏がまったく来ないまま、風の冬・剣の冬・狼の冬が立て続けに訪れる。吹雪はあらゆる方向から容赦なく吹き付け、数えきれない戦乱が起こって、兄弟同士が殺し合う)

夏が来ないとは、東京オリンピック延期のこと。
経済や物流の混乱は、三つの冬にたとえられる。
日本でも、親が子を殺す痛ましい事件がいくつもあった。

私の頭の中で、パズルのピースが次々とはまっていく。出来上がった絵は、一面の雪景色。戦争で荒れ果てた、どこかの街の廃墟。

執筆に一区切りついた私は、夕食を食べて風呂に浸かり、布団に入る。
今夜も、カオスな夜がやってくる。ゾンビだって盆踊りしそうな。

今晩のデイリーうらミッション

「地球人のみなさん、こんばんは。今晩のデイリーうらミッションをどうぞ」

夢の中で目を覚ましたら、夜空に小雪がちらついていた。
その風情を台無しにする、道化の慇懃いんぎん無礼なアナウンス。

「エルル様、地球に来てくれてありがとうですの」
「エラー発生。アナタが憎い、許せないと思うものを告白してください」

ナニコレ。もしかして、何か言わないと進まない?
わざと憎しみではなく、感謝の言葉を口にしてみたけど。

目の前で、道化のホログラムが憎しみの告白を待っている。
「いいえ」って答えると。「そんな…ひどい…」とか「許してくれよ!な!」みたいな無限ループにハマるアレだ。

「とっとと失せろですの」
「ヘイトパワー:+1。今宵も、素敵な悪夢をお楽しみください」

ほんの少し、道化をにらんで言い放つと。満足したのか幻影は消えた。

「ユッフィーさぁん、だいすきぃ♪」

入れ替わりに抱きついてくる、金髪フィッシュボーンのディアンドル娘。
「ユッフィー担当の」エルルちゃんだ。

「エルル様、また会えましたわね」

私も、ぎゅっと抱き返すと。

「ヘイトパワー:-39ぅ。生まれてきてくれてぇ、ありがとぉ♪」

う〜ん、どこかの動画で見たような? ヨウムのおしゃべり。
エルルちゃんって、パートナーの思考や記憶をのぞけるんだろうか?
そんなことを、考察していると。

友を探して

「ユッフィーさぁん? 近くにお友達がいるみたいですぅ」
「お友達…ですの?」

はて、誰のことだろう。

「仮面のフレンドリスト機能じゃな。近くにフレンドがいると反応するぞ」

首飾りのオグマが、取り込んだ仮面の機能で目の前に一覧を投影する。
「悪夢のゲーム」というだけあって、この辺はまんまオンラインRPGか。

「いつ、どうやって登録しましたの?」
「ガーデナーは、地球人の言う『プライバシー』なんぞ気にせんからな」

やっぱり、仮面が記憶をスキャンしたか。現実の交友関係の記憶を勝手に。
ひとりだけアクティブになっている、その人物の名は。

銑十郎せんじゅうろうさま。わたくしのダンナですわ」
「なんじゃと!?」
「エルルちゃん、びっくりしましたぁ!」

そう。「ユッフィーは」本当に人妻だった。オグマに冗談は言ったけど。

「ゲームの中で『結婚』しただけで、中の人は独身ですけどね」
「なんじゃい、おどかすな」
「でもぉ、仲良しってことですねぇ♪」

オグマが、ユッフィーの胸元で首飾りを振動させた。不満の表明か。
すると、そのとき。周囲に不穏な気配が満ちた。こっちへの警告だった?

カオスな夜は世紀末

「ヒャッハー!」
「丸腰のカワイコちゃん、み〜っけ」
「中身、おっさんかもな」

気がつくと、仮面の地球人プレイヤー3人に取り囲まれていた。
場所は前回から遠くない、近所のスーパー銭湯の前。
彼らは武装していて、うち一人はモヒカン頭。どう見ても強盗でした。

拡張現実の夢は、いつから世紀末の荒野になったのか。

現実でこんなことが起きたら、怖くてまともに動けないだろう。
けれどユッフィーなら、これくらいはどうってことない。オグマもいる。

「ちょっと、おたずねしてもいいですの?」
「なんだい、カワイコちゃん」

ひと目見て、強烈な違和感があった。3人の着ている装備。

「上下ちぐはぐですの」

そう。頭と胴と下半身、色もデザインも全員バラバラなのだ。
まるでD J Pドラグーン・ジャーニー・プロムナードのガチャを回して、装備を当てたような。

「DJPのガチャはクソドケチ、福引きじゃなくて呪い足し」
「しかも悪夢のゲームじゃ、ガチャを回した回数をためて『姫ガチャ』まで回せるようになった」
「『ニクム』をためてガチャを回し、異世界のお姫様をゲットするために。オレたちゃ、弱そうな他のプレイヤーを襲ってるのさ」

なるほど、合点がいった。解説ありがとう。

「それで、ガチャを回す前にわたくしも回すと?」
「さっすがぁ、カワイコちゃんは話が分かるぅ!」
「中身とアバターは、別だもんな」

剣呑な雰囲気なのは、エルルちゃんも察しているだろう。言葉の意味までは分かっていなくても。

「ユッフィーさぁん?」
「大丈夫ですの」

男どもの視線は、ユッフィーの胸元に集中している。分かりやすいな。
その視線の先には、オグマの人格が宿る首飾り。

「オグマ様。わたくしを独占したいのではなかったですの?」
「わしはもう、ヴェネローンの掟には縛られぬ。少し遊んでやるか」

首飾りから声がしたのを聞いて、モヒカン頭が顔色を変える。

「おい、こいつってまさか」
「昨夜、暴走して道化人形を素手で破壊したって奴か!?」
「やべ、逃げろ!」

残念ながら、気付くのが遅かった。
ドガッ、バキッ、ポカッ。

「あ〜れ〜!?」

悪代官に帯回しされる、腰元みたいに。目を回したのは、彼らのほう。
強盗たちは、RPGでモンスターが倒れたときの演出そのままで消えていく。

たぶん、どこかの誰かの寝室で。悪夢にうなされて飛び起きるプレイヤーがいるのだろう。それを3人分。やられたら本当に死ぬデスゲームじゃなくて良かったね。ただの夢落ちで。

「ユッフィーさぁん、つおい!」

エルルちゃん、くるくる回ってキックポーズ。ノリがいいね。

「でも、借り物のチカラですわ」
「うむ。今後とも修行に励むがよいぞ」

いまのは、オグマにアバターを動かしてもらっただけ。自分の実力と思っていたら、いつか足元をすくわれる。

「ニクムを9000、落としていったぞ。手当たり次第に襲っておったか」
「DJPなら、ガチャ30連分ですわね」

とりあえずは、これで装備を整えよう。

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夢を渡る小説家イーノ
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