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第15夜 鍛冶場のドワーフ

 北欧の森を思わせる、豊かな自然の中。開けた草地でミカと銑十郎があぐらを組んで瞑想している。エルルも一緒だ。後ろにはマリカが警策を持って地面からわずかに浮きながら巡回し、三人の修行をチェックしている。
 青空の向こうには星々が透けて見える、遺跡船フリングホルニの甲板上に広がる大地。遠くには冠雪した山も見え、いかに巨大な船なのかがよく分かる。

「あれ、何なの?」
「ザゼンです。チュウゴクからニホンへ伝来したのはカマクラ時代の初期といいますから、アリサの御先祖様がトヨアシハラに渡る以前からすでに存在していたことになりますね」
「へぇ」

 修行の邪魔にならないように、少し離れた場所で。マリスが物珍しそうに隣に立つ立体映像のアウロラへ小声で問いかけると。アウロラがまるでネットで検索でもしたような返答を異国の隠密少女に告げた。
 フリズスキャルヴのオペレーターであるアウロラは、異世界の映像記録から多くの知識を得ている。その彼女でも、地球のインターネットへ直に接続することはできない。地球人の協力者に代わりに検索してもらい、その画面を見せてもらっている。座禅についての知識もそうだった。

 不意に、バシンと森に大きな音が響く。見ると、マリカが銑十郎の肩を警策で叩いていた。何か金属の板を叩いたような音でもあったのだが。

「そこ、イメージが乱れてる」
「ありがとう、マリカさん」

 叩かれて感謝とは、どういうことか。座禅に詳しくないマリスの頭上に、たくさんの疑問符が浮かぶ。

「ザゼンを組み、雑念を払って瞑想に集中するときは。姿勢の乱れを指摘するキョウサクでの一打を『モンジュボサツからの励まし』として、感謝する習わしなのです」
「夢魔法の修行ってのは、分かるけど。ボクの修行のときは、やらなかったなぁ」

 アウロラの説明に、マリスの中で新たな疑問が浮かび上がると。マリカがツンツンしながらもそれに答えた。

「ニホン人がイメージしやすいやり方で、トレーニングしてるのよ。少し休憩にするわね」

 イメージを練るには、形から入ることが大事。それに適した訓練法は、対象者が生まれ育った文化に大きな影響を受けるという。

「私はエルルちゃんと同じ光翼族のアバターで、身近に本物のお手本があるからいいとして。あなたはアンドロイドのアバターだし、イメージするのが大変じゃないかしら」
「まあ、そうかもしれないけど」

 休憩中に、ミカが銑十郎と言葉を交わす。するとアウロラとエルルが話に加わってきた。

「お二人ともぉ、お疲れ様ですぅ!」
「三人とも、ヴェネローンでアバターボディを使ったことがありますから。ゼロから修行するのと、アバターボディから得た身体感覚を元にイメージを練るのでは、完成度に雲泥の差が出るでしょう」
「地球の人たちはぁ、精神体のアバター化を悪夢のゲームに助けられて。ほとんど意識せずにやってるみたいですぅ」

 アウロラが、ミカや銑十郎の精度の高いイメージを称賛すると。エルルはNPCとしてあちこちで見てきた、地球人たちについての感想を述べた。

 氷の都に古き神々の遺産として伝わるアバターボディは、操縦者の意識を「憑依」させて自分の身体と変わらぬ感覚で操縦可能なだけでなく。人体に備わる機能を完全再現、多様な異種族の姿と能力まで高精度で模倣できた。その用途はなんと「神々のコスプレグッズ」的な娯楽目的であったらしい。まるで、ギリシャ神話の変身物語のように。

「地球でも『原始的な』遠隔端末なら開発されてるけど。移動の概念を塗り変えるほどのアバターができるには、あとどれぐらいかかるかな」

 本人が直接現地へ飛ぶのでなく、アバターが遠隔地で旅行やビジネスに使われる時代へ。日本のある航空会社が開発したアバターの紹介映像を思い出し、銑十郎は再び鮮明になってきた三年前の記憶に想いを馳せた。

「地球人の発想力にはいつも驚かされます。私たちは、滅びた文明の遺産に頼っているだけですから」

 いま、地球を覆う疫病の災厄は。多くの人の命を奪う一方で、人間社会の進歩を加速させてもいる。人類の歴史は、その繰り返しによって力強く発展してきた。そう言葉を結び、アウロラは空を見上げた。

「そういえば、エルルちゃんはどんな修行をしていたのかな?」
「えっとですねぇ」

 エルルの修行は、銑十郎やミカのそれとは少し違っていた。脳裏に浮かぶ情報の洪水の中で、重要なものを見落とさないようにする訓練。こちらはアウロラも手を貸している。

「悪夢のゲームを管理運営し、本来の勇者育成プログラムに近付けるには。私がフリズスキャルヴを操るようにとまでは行かなくても、多くの情報を扱えるようになれれば理想的ですね」
「はわっ、大変ですぅ」

 ユッフィーがこの場にいたら、何と言うか。エルルがあたりを見回すも、青い髪の相棒は集合時間を大幅に過ぎたまま姿を見せない。

「ところで、ユッフィーちゃんは?」

 エルルの様子から、彼女の意を察した銑十郎が誰にともなくたずねると。

「あんた、さっきそれで集中を乱したでしょ」

 年下の少女に図星を突かれてもじもじする、ピンク髪のおっさん。

「本当は一緒にザゼンを組んでもらうところを、あのエロじじいが引っ張って行っちゃったのよ」
「あ〜、オグマさんねぇ、ユッフィーちゃんにメロメロだし…」

 マリスが王女様を巡る恋愛模様を、あけすけに口にすると。銑十郎は背中におっさんの悲哀をにじませ、ミカはあからさまな嫉妬を顔に出した。

「みぃんな家族じゃあ、ダメですかぁ?」

 一夫多妻、一妻多夫、その両方の複合形。全球凍結という困難に対抗し、市民の結束を強める名目で多様な結婚形態が公認されているヴェネローンで巫女修行の経験があるエルルが、銑十郎とミカをなだめた。
 よくある薄っぺらなハーレム願望じゃない、みんなで幸せになってほしい優しさがエルルから伝わってくる。そんな顔をされるとさすがに、一夫一妻が普通の日本人たちも何も言えなくなってしまう。

「ボクもくノ一みたいなもんだし、女の武器は使うよ。でもユッフィーちゃんのは何て言うか、またすごいね」
「そこまで!」

 マリスが面白がって、話を変な方向に脱線させようとするので。マリカは咳払いをして、お調子者の相方を制した。

「ともかく。道具に頼っているうちは、夢見の技は真価を発揮できないわ。現実の枠を超えるイメージのチカラ、それが夢魔法とも呼ばれる理由なの」

 トヨアシハラで、マリカが助けた地球人の冒険者たちは。夢落ちする際に自分の意思で「緊急避難モード」の精神体にドリームゲートを潜らせることもできない未熟者だった。だからロックダウンの結界に何度も弾かれる羽目になったと、マリカが辛口の評価を下す。

「あたしはね、魔女の疑いをかけられて火あぶりにされるまでの三日三晩で精神体のアバター化を会得したのよ」

 肉体を持たない精神だけのマリカが、そうなった理由を初めてミカと銑十郎に明かす。

「本物の魔女って、そういうことだったの…!」

 あまりの凄絶さに、ミカが言葉を失う。

「昔、地球のイタリアはフリウーリ地方に、ベナンダンティと呼ばれる夢渡りを信じる農民のグループがあったわ。『善き道を歩む者』という意味よ」

 彼らは作物の豊かな実りを守るための農耕儀礼として、夢の中で悪い魔女と戦った。しかし神の恩寵によらずして自主独立の道を歩もうとする姿勢は教会から異端と見なされ、ただの田舎娘に過ぎなかったマリカも魔女狩りの犠牲者となった。

「拷問のあと、牢屋に入れられてね。疲れ果てて眠りに落ちたあたしの夢に夢渡りの民が現れたの。そして彼らに誘われて一緒に、ほうきにまたがった魔女みたいに夢の世界を飛んだわ。楽しかった」

 夢渡りのもたらす癒しに、抵抗する気力を取り戻したマリカは。逆に自分は魔女だと言いふらし、窮屈な神の教えにすがらねば生きられない権力者たちを笑った。そして夜の夢の中で夢中になりながら修行を完成させ、火あぶりにかけられたとき彼女は肉体の檻から解放された。
 以後、夢渡りの民の仲間入りを果たしたマリカはピーターパンのような、永遠の少女となった。大人になれない彼女にとって色恋沙汰は、いつまでもむずがゆい話なのだろう。

「ま、あたしと同じになれとまでは言わないわ。辛いものね」

★ ★ ★

「オグマ様?」

 フリングホルニの地下を縦横無尽に走る通路、バルドルの玄室。オグマがユッフィーの手を引いて、脇目も振らずに歩いている。

「真のドヴェルグになるなら、適した道は鍛冶場にある。森ではない」

 森はエルフを連想させる。地球の一部の創作物では、エルフとドワーフは仲が悪いとされてもいるが。オグマの真意は分からない。

 オグマが壁に刻まれたルーン文字に触れると、隠し扉が開いた。先日ここへ来た時には、分からなかった仕掛けだ。中に入ると、そこはエレベーターのような空間だった。
 ユッフィーのこととなると暴走しがちだが、オグマは信頼できる人物だ。三年前にユッフィーたちを鍛えてくれたし、彼の作った「鍵」がなければ…その鍵にユッフィーへの未練が織り込まれていなければ。こうしてフリングホルニに到達することもできなかった。

 静かに、ユッフィーはオグマを見る。ドヴェルグの賢者と呼ぶには少年のような容貌だが、こうして手を引かれて抜け駆けしている状況に少しワクワクドキドキもしてしまう。微かな申し訳無さも感じながら。

(銑十郎さまは秘密の恋人役ですし、ミカちゃんとは主従を超えた…)

 地球人の文化は、なかなか悩ましい。一夫一妻は数ある結婚制度のひとつでしかなく、世界各地にはその土地の事情にあった婚姻や恋愛の形がある。けれど、自らそうしたイレギュラーを実践する人がどれだけいるか。やはり自分は変わり者なのだろう。

「着いたぞ」

 しばらくの間、縦方向だけでなく横にも動いていたエレベーターの扉が開く。そこは鍛冶道具が並び、炉の熱気に満ちた工房だった。

「ここはもしかして、アリサ様の刀を鍛えた場所ですの?」
「うむ。わしが打った器にアリサが『顕明連』の刀魂を降ろして、古き門を開く合鍵とした。そして、おぬしからの相談じゃが」

 先日の歓迎会後、悪夢のゲームの「運営になる」決意を固めたユッフィーはオグマにひとつの相談をしていた。
 なるべく自分が表に出ることなく、地球人たちが自らの手でガーデナーを追い出す手助けがしたい。ドワーフの鍛冶屋が、冒険者のために武具を打つような形で。それがユッフィーの希望だった。誰か限られた人間だけに重荷を負わせるような過ちは、繰り返したくない。それは勇者の落日での教訓というだけでなく、イーノが深く関わったPBWが廃れた原因でもあった。

「おぬしが『もどき』でなく、まことの意味でドヴェルグの一族に加わるのなら、わしの秘伝を教えてやらんでもない」

 ユッフィーが、オグマの言葉が何を差しているのか思案する。わしの嫁になれという意味か。ユッフィーもオグマも、三年前エルルがヴェネローンで設立した「ヘイズルーン・ファミリー」の一員だ。彼の地で冒険者の集団がファミリーを名乗ることは即ち、法律上の「家族」になることを意味する。いくつかの税制上の優遇措置も得られる。そういう意味でユッフィーはすでに、オグマの嫁と言っていい。

 あるいは、ドワーフとしてまだ半人前ということか。ユッフィーは姿形はドワーフのアバターを使っているが、それは記憶も薄れかけた三年前にアバターボディで得た身体感覚頼みの不完全な再現だ。職人として誇れるような作品もまだ、こしらえていない。中の人が作家を名乗っていることからすると、この小説こそがそれに該当するのかもしれないが。

「ではまず、本当のドヴェルグが何かというところから教えて下さいませ」

 頭ひとつ分、背の低いユッフィーが。オグマに息のかかりそうなほど距離を詰めて、上目遣いでじっと目を見つめる。地球だったらこんな濃厚接触はできない。
 不意に接近されて、オグマがゴクリと息を飲む。視線はもちろん、目の前の青髪女子の胸元に落ちている。過去にも似たようなことがあった。

「ドヴェルグに、おなごなどおらん。わしらは岩より生まれし地底の民」

 3年前、ヴェネローンにて。勇者の落日による熟練冒険者の人手不足を解決するため、イーノは地球人を訓練し代替人員とする「勇者候補生計画」をアウロラを通じて評議会に提案するも。地球人への不信感からなす術もなく却下されてしまう。
 そこで彼は、アウロラだけが利用していた「神々のコスプレグッズ」たるアバターボディを使い、異種族になりすまして冒険者デビュー。実績を積んだ上で正体を明かす作戦に出る。

 有力者から協力を得る上で目に止まったのが、エルルを孫娘のように可愛がっていたアスガルティアの長老…ドヴェルグの賢者オグマだった。彼は、どこぞの人気漫画に出てくる主人公の師匠みたいな大の女好きだという。

「わたくしは、日本のドワーフ氏族『イワナガヒメ』の末裔ですの」
「なんじゃと!?」

 テーブルトークRPGの亜種PBWで使っていたキャラ、ユッフィーを演じてオグマに近付いたイーノ。しかし北欧神話の系譜に連なるオグマが、地球産のRPGで近年流行っている「ヒゲなしの」女子ドワーフを同族と認めるはずもない。うっかりで招いたピンチを、機転で切り抜けるイーノ。

「ニホン神話か。飲み仲間のアリサから少しは聞いておるが、向こうに同族がおったとは知らなんだ」

 天皇家の祖先と伝わるニニギノミコトは、当初ふたりの女性を妻に迎えることになっていた。ところが彼はイワナガヒメの姿を見るなり追い返してしまい、美しいコノハナサクヤビメだけを迎え入れた。そのせいで、ミカドの一族は神の血を引きながら人間と同じ短命になったという。

「姉妹なのに、エルフとドワーフくらい容貌が違っていたのです。実際にはコノハナサクヤビメとイワナガヒメに血のつながりはなく、実の娘と一緒に育てた孤児を有力者に嫁がせようとした親心だったのでしょう」

 イワナガヒメを一緒にめとれば、岩のような長命が得られるでしょうと。賢く優しかった育て親の顔が浮かびそうなエピソードに、オグマは興味を示した。

「のちにイワナガヒメは、異国から渡ってきたドヴェルグの若者と結ばれ。こうして男だけの種族ドワーフに、可愛らしい女の子が生まれるようになったのです」

 作家としての知識と発想力を活かし、イーノは思いがけない新説を即興で創作した。ユッフィーはオグマの押しかけ弟子になり、戦いの技やいくつかのルーン魔法を習得した。その過程でオトナの関係にもなった。北欧神話で奔放な女神フレイアがドヴェルグたちから黄金の首飾りブリーシンガメンを手に入れるため、一夜を共にしたように。
 そのかいあって、ユッフィーたちは新設されたヴェネローン市民軍の志願兵として頭角を現す。再開されたローゼンブルク遺跡の探索でも成果をあげるが、地球人としての素性を明かした途端に手のひらを返された。侮っていた地球人の潜在能力に恐れをなしたのか。
 これが、シャルロッテには話せなかったオグマとの馴れ初めだ。

 なおオグマは、イーノが素性を明かした際に「中の人」がおっさんであるのを知って茫然自失となった。そのときの記憶は彼の中で「なかったこと」になっているらしく、アウロラやアリサたちは口裏を合わせてユッフィーの素性を伏せている。フリングホルニの管理者に気を散らせないために。

「…実はの、先日アリサのために刀を打ったとき。夢見の技での鍛冶技術に新たな可能性を見出したのじゃ」

 ふたりきりの工房で、ユッフィーが豊かな膨らみをオグマの胸板に押し付けている。耳をつけると、心臓が早鐘を打っているのが分かる。PBWで多様なキャラを演じており、好奇心も強い「中の人」に気おくれはない。むしろ男受けする女子キャラを考えたり動かしているのは…お察しだろう。

「実体のある刀では、ドリームゲートを通れませんの。そうなると地金は、マリカ様から?」
「うむ。夢渡りの里の鍛冶屋がこしらえたと聞いておる」

 ヴェネローンには多くの異世界から歴戦の冒険者や勇者が訪れる関係で、彼らが各世界の業物を持ち込んでくる。それらに親しんだオグマでも、実体のない武器を打つのは初めての経験だったらしい。

「他の種族については未知数じゃが、ドヴェルグの系譜に連なる者ならば…アバターを『鍛造』することで、真に迫った再現が可能であろう」

 生身の身体でも、アバターボディでもない。精神体から形にしたアバターならではの斬新なアイデアだった。でも具体的には、どうするのか。

「興味深いご提案ですけど。さすがに溶鉱炉に入れられたり、ハンマーで叩かれるのはちょっと」
「安心せい、愛弟子にそんな真似はせんよ」

★ ★ ★

 オグマの工房から、ユッフィーが一同の待つ森へ戻ってくる。すると場の全員が、雰囲気の変わったドワーフ娘に視線を向けた。

「あれ、ユッフィーちゃん?」
「…王女、日焼けしたの?」

 銑十郎とミカが、不思議そうにたずねてくると。

「オグマ様に修行をつけてもらって、炉の熱でこうなりましたの」

 どこか、はぐらかすような物言いのユッフィーに。マリカが彼女の変化を敏感に察する。肌の色が健康的な褐色に変わっているが、オグマも褐色肌のドヴェルグだ。その色に染められたということは。
 ユッフィーが不在の間に来ていたアリサも、ウサギの耳をピクピクさせて目の前の娘がまとう気配の変化を感じ取っている。

「怪しいわね」
「あやつ、何かやりおったな」

 奇妙な体験だったと、ユッフィーがオグマとの「修行」を振り返る。今も身体の内から湧いてくる熱が、ドワーフ娘の周囲に微かな陽炎を生じさせるほど、余韻はまだ残っている。

「おっ、ユフィっちがバージョンアップっすか?」
「アバターボディなしで、それに近い感じに戻ったのかしらね」

 アリサの後ろから、ゾーラとオリヒメが歩いてくる。格上のアリサ相手に二人がかりで組み手をしていたらしい。

「わらわが稽古をつけると、先日言ったな。勇者の落日以降、市民軍でも兵の訓練を続けておるが。失った精鋭の穴を埋めるには至っておらんよ」
「じゃ、ボクとマリカちゃんとアリサさん対、新人チームでどう?」

 マリスが3対6のチーム戦を提案すると。ひと仕事終えたオグマも地下から姿を見せる。
 アリサは隔絶した技量の達人で、マリスはプリメラと同じ「百万の勇者」たちの一行に加わっていたことがあり。マリカはもちろん現代に残る数少ない「本物の魔女」。力量には天と地ほどの開きがある。

「おぬしはドヴェルグの一族となった。常に大地の如く、志操堅固であれ」
「家族のために、頑張りますわ」

 ユッフィーがオグマに応える。その手に握られるのは、夢見の技で具現化された戦斧。銑十郎は青面金剛の姿となり、ミカは盾の裏側から鎌状剣を引き抜く。エルルは竪琴を手に取り、ゾーラとオリヒメも各自身構えた。

「では、模擬戦はじめ!」

 森の中を風が吹き抜け、草地を揺らすと。アリサが開始の合図を告げる。開幕でオリヒメが歌舞伎「土蜘蛛」よろしく、手のひらから蜘蛛糸を放ってマリスの腕を拘束にかかると。同時にゾーラが石工の仕事道具でもあるハンマーで打ち込んでくる。

「先手必勝っしょ!」
「相手にもよるけどね」

 空いている腕で、マリスがハンマーを素手で受け止める。ギケイ大王陵で弁慶姿の幻霊を相手に見せた剛力だ。糸で拘束されるどころか、逆に非力なオリヒメを振り回さんばかりに引っ張り返してもいる。

「くっ…強いわね!」
「アラクネ族の糸は、アバターでも丈夫だね」

 戦力の損耗を嫌うヴェネローン市民軍は、兵士を夢渡りでフリングホルニへ派遣している。「ロックダウン」の結界が無い分、地球と異世界間の往来時より制約は少ないのだが、生身で行き来しているのはアリサやマリスなど一部の達人だけだ。

「女の子相手は気が引けるけど…」

 銑十郎が狙撃銃と、二対のサブアームが握る弓矢でマリスを狙うと。目に見えない障壁で銃弾と矢が弾かれた。マリカのテレキネシスだ。

「腕力は関係ない。いいわね?」

 夢の中での戦いに、フィジカルは意味を成さない。加えて夢落ちがあるのだから遠慮は無用と、マリカはピンク髪の優しきおっさんを叱った。

「良い盾じゃな」
「…寒い!?」

 盾のメモリアで、アリサの刀を受けるミカ。アイギスの盾は顕明連の刃を受け止めているが、アリサの裂帛の気合いに身を切られるような寒気を感じていた。

「みんなぁ、がんばれぇ!」

 後衛のエルルが竪琴を爪弾きながら、宙にルーンを描くと。どこからか透明な液体が渦巻いて、水鉄砲のようにマリスとアリサに飛ぶ。

「酒を飛ばすでない!もったいないわ」
「消毒用アルコール?」

 カエルの面に水とばかり、平然としているアリサ。マリスも濡れながら苦笑していると。

「火の用心ですの!」

 全身に熱を帯びて猛然と斬りかかってくるユッフィーを、アリサがウサギ獣人ならではの俊敏さで飛び退いてかわすと。ドワーフ娘の一撃が足元の岩を断ち割った。戦斧と岩が激しく打ち合い、カチンと火花が散る。それが酒を浴びていたマリスとアリサに引火した。至近距離にいたユッフィーも炎に包まれる。

「…む!」
「やるじゃないの」

 達人のアリサが、回避されることを前提に動いていたユッフィーの意図を察する。対戦相手の連携プレーに気付いたマリカが、雨のイメージを具現化して消火に回る。ユッフィーは雨の範囲外だが、平然と立っていた。

「鍛冶場の暑さに比べれば、なんてことありませんの」

 オグマの修行の成果か、ユッフィーは確実に強くなっていた。けれど肝心なところでツメが甘かった。

「王女、服が!」
「ユッフィーさぁん?」

 本人は平気だったが。着ている服の方が炎に耐えられず焼け落ちて、褐色の素肌をさらした。それを見ていたオグマが鼻の下を伸ばし、銑十郎が駆け寄ってユッフィーに上着をかける。思わず、マリスが笑ってひやかした。

「ありがとうございますの、銑十郎さま」
「他の男には、見せたくないからね」
「おっ、ボクにも劣らないナイスバディ♪」

 張り詰めていた空気がほどけ、模擬戦が中断する。銑十郎からの対抗意識のこもった視線を感じながらも、オグマは自らが鍛えた「業物」の曲線美に感心し、息をのむ。そしてユッフィーを変えた「工程」のひとつひとつを思い出しながら、さらに顔をにやけさせた。

「うむ、ますますわしの好みになった」

 このチカラがあれば、地球のために闘う者たちを助ける武具も打てよう。オグマからの熱い視線をくすぐったく感じながらも、ユッフィーは一歩前進の手応えを得ていた。

【作者より、読者のみなさまへ】
今後、購入者限定のエリアで見なくてもストーリーの理解に支障ない程度のおまけをつけていこうと思います。挿絵や小話、漫画など。

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