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ベナ拡第5夜:ドンキホーテ、巨人に突撃す

小人姫と巨人

「おぬしが姫じゃと?」
「ゲームの中では、そういう設定ですの」

胸元からの、オグマの怪しむ声。当然のように告げるユッフィー。はしごを降りて、屋上からスーパーの駐車場に立つ。雪化粧であたりは白い。

「わたくしは、ここですの!」

来襲した巨人に、自分の存在をアピールする。警報を聞いたプレイヤーたちは、すでに手慣れた様子で配置についてるが。少し遅れてご隠居やお供のエルルちゃん、ビッグ社長に腰元のエルルちゃんも出てきた。

「わたくしは、ユーフォリア・ヴェルヌ・ヨルムンド!ヨルムンド王国第一王女にして、機械仕掛けの偽神マ キ ナを狩る『サーベラージュ』!」

ドリルの巨人に面と向かって、見得を切る。相手はPBW「偽神戦争マキナ」でまともな扱いを受けられず、夢の中で悪夢の怪物になって化けてきた「宿敵」なのだから。ゲームの設定通り応対してやるのは、せめてもの供養。

「ユッフィーさぁん?」
「銑十郎さぁんから、聞きましたぁ!」

私のエルルちゃんが、わけが分からず首をかしげると。

「北海道に眠る未知の鉱物資源、アカンダイトぉ!それを求め2015年、宇宙より飛来し神を名乗る侵略者、マキナぁ。迎え撃つはガイアの意志に選ばれし戦士ぃ、サーベラージュぅ!」

銑十郎担当のエルルちゃんが、シェルターにこもる間に聞いたマキナの設定を話してくれた。

「ユーフォリア姫、ここで会ったが百年目。地底王国襲撃のとき我がボディに刻まれた屈辱、今ここで晴らしてくれようぞ!」

先日、ユッフィーと孟信の行く手を阻んだドリルロボと同型だが、各所に施された独自の改造。ドリルシーカー改とでも呼ぶべきか。マキナが地底探索のため送り込んだ量産型ロボの、先行試作型。以上、私の考えた設定。

あれは間違いなく、ユッフィーに縁のある宿敵だ。

「くだらんな、勝手に話を作るな。そんなイベント、本編にねぇぞ。勝手に王族を名乗って、有利を得ようとするな」

罵声を浴びせたのは、ビッグ社長。マキナの運営元、MP社の名物社長。夢の中で、ゴミのような扱いを受けた宿敵が化けて出る原因を作った人物。

なおユッフィーの王女設定は、単に国民的RPGのドラジャニっぽい雰囲気を出したい以上の理由はない。地底の小国から婿探しに来た、お転婆姫。当時衛生兵だった銑十郎は、人柄を見込まれて後に彼女の夫となる。

ランキングや戦功争いより、個人の物語こそが真のRPG。舞台設定を縦糸、名もなき市井の人の人生が横糸に絡み合って、歴史という名のタペストリーが織り上がる。

深まる闇

「自分で話を考えるのが面倒だからと、プレイヤーからアイデアを募集しておきながら。提供者に敬意を払わず、勝手に歪めたのはあなたでしょう」

ユッフィーが吼えた。人の願いを勝手に歪める、災いの種に。

「どんな形だろうが、出してもらえるだけありがたく思え!そもそも、宿敵用イラストの代金しか取ってないんだからな。シナリオ登場はオマケだ」「無料なら、どんな粗悪品を出しても許される。その考えが浅はかですの」

お金を取って良いほど価値のあるものを、タダもしくは安価で提供するから注目が集まるのだ。もともと道端の石ころ程度なら、もらう価値もない。

ユッフィーとビッグ社長がにらみあい、ヒュプノクラフトで可視化された火花を散らす。どちらにも正義があり、こうなると止まらない。ユーザー目線で言うなら、シナリオ登場を商品のメインとすべきだったかもしれないが。

「テーブルトークRPGでは、ゲームマスターがプレイヤーキャラクターの設定をシナリオに上手く取り込んで、即興で面白くすることがありますね」

ヴェネローンの紋章院でRPG同好会を主催する、リーフ少年の幻影が事態をフリズスキャルヴで観察しながら、的確な解説を入れた。さすがオタク。

オリジナルキャラの設定を取り入れてシナリオに変化をつけるのは、ゲームソフトのRPGには苦手分野だ。事実、スマホゲームのDJPでは全くやってない。主人公に何も喋らせず、想像で補わせるだけ。

人によっては「想像で補う」発想すら持てないかもしれない。だからこそ、主人公や仲間が喋らないRPGを「虚無」と呼んで、キャラがプレイヤーの手を離れて勝手に喋る「代用品」がまかり通るのか。

私の勝手な考えだが。フランスでは法律で、高品質なシャンパンと安価なスパークリングワインが差別化されてるように「プレイヤーの好みに応じて、シナリオを臨機応変に調整できるRPG」と「そうでない代用品」を法律で区別すれば良いと思う。

そうすれば日本は、RPGの生まれた国アメリカを差し置いて、世界に誇れるRPG大国になる。私の妄想の中で、ユッフィーが富士山をバックに高笑い。驚くアメリカ人。

「TRPGはマスターひとりに、プレイヤーが数人。対面で遊ぶから、両者に信頼関係が生まれ、お互い協力してキャンペーンを運営できました。でも、PBWは事情が違うのです」

気がつくと、謎のご隠居も熱心に話を聞いていた。RPGに造詣は深くとも、おそらくPBWがどんなものかは詳しくないのだろう。

「少数の運営に対し、プレイヤーの数は数百人。しかもリモートですから、意思疎通もままならない。その上、プレイヤーは自分の権利だけを主張して運営にヘイトを向けてくる。日本の運営型ゲームは、呪われているのです」

ユッフィーが嘆く。ゲームはいつから、楽しいものでなく「憎らしいもの」に成り下がったのかと。ガーデナーのように、ゲームをヘイト集めの道具にする者まで現れる始末。

PBWが抱える問題は、結局MMORPGやスマホのガチャゲーと変わらない。MP社は同業他社と違い、ガチャに手を染めてはいないが。ガチャゲーと同じようにヘイトを向けられる。いや、もっとたちが悪いだろうか?

ギャンブルの恨みより、承認欲求が満たされない恨みのほうが怖いから。

「夢の中に化けて出た宿敵は、いわば承認欲求モンスターですの」
「さすがは一国の姫、民の悩みを理解しているようだな」
「お前が言うな!」

ドリルシーカー改と、ビッグ社長もにらみ合う。ゲームの運営者と、ゲームの中のキャラがケンカしてる。夢だからこその、カオスでコミカルな。

「お前は、チョイ役で出してやっただろうが」
「それが『宿敵』に対する扱いだとでも?」

宿敵とは、なかなか決着のつかない相手のこと。1回限りで使い捨てにされたら、そうは呼ばないだろう。

「MP社の宿敵詐欺は、景品表示法が禁じる『優良誤認』か『有利誤認』にあたる可能性がありますの」

商品・サービスの品質や取引の条件を、実際より優良であったり、有利だと誤認させる表現。「宿敵」のネーミングが、それに当たると指摘する私。

おそらく、ビッグ社長の貧しい語彙からひねり出された「宿敵」なる単語が商品の性質を誤解させる事態を招き、ユーザーの信頼を傷つけた。
名前には魔力がある。それまでパッとしなかった商品が、伝え方を変えただけで大化けするような。だからこそ、法で悪用を禁じているのだろう。

「うるせぇな」

悪態をつくビッグ社長。その意を忖度した側近が、防御砲台の機関砲を機械の巨人に向ける。敵は単機だ。

「させませんの!」

ユッフィーが駆けた。先日、オグマに勝手に動かされた歴戦の身のこなしを再現するように。社長の側近が、無言でトリガーを引く。ギリギリで射線に飛び込むユッフィー。

「磐長の舞ッ!」

ガトリング砲の轟音が暴力的なまでに空気を震わせて、弾幕が削岩機の如く巨大な岩に突き刺さる。地面からわずかに浮いているその岩は、醜女の面を象っていた。

ユッフィーがとっさに発動させた防御系のヒュプノクラフトは、日本神話のイワナガヒメをモチーフにしていた。元はマキナで私が作った、オリジナルスキル。PBWには、そんなサービスもあった。

「無茶しおって」

首飾りから、オグマのあきれた声。日本の法律が現実でどうだろうと、このカオスな夢は最初から世紀末の無法地帯だ。もめ事は自力救済が基本。

「彼は、わたくしの宿敵。決着は、わたくしの手で」

ドワーフの姫が、機械の巨人を見上げて決然と告げる。これも宿敵供養。

「姫よ、敵ながらあっぱれと言っておこうか」
「勝手にやってろ」

茶番にあきれて、店内に戻るビッグ社長。側近も舌打ちをして引き下がる。ただ腰元のエルルちゃんは、その場に残った。ユッフィーと、社長の板挟みに悩む表情で。

(オレには、オレの運営する「世界」がある。こんな夢、朝になればどうせ忘れる。もう、夢に振り回されるのはごめんだ)

ビッグ社長が、心の中でつぶやく。彼もまた、ユッフィーの中の人と同様にロックダウン以前の夢世界で起きたことを覚えてるのだろうか。

決闘

「武器を選ぶ間くらいは、待ってやろう」

丸腰のユッフィーを見て、巨人が告げる。望むのは、一対一の決闘。

「ユッフィーちゃん」
「ナマクラばかりで、どうするつもりじゃ」

銑十郎の心配する声。先日のガチャ結果を思い出し、オグマも疑問の声を上げた。

「大丈夫。こうしますの」

ユッフィーが悪夢のガチャで引いた手持ちの武器全てを、ホログラムで目の前に投影する。扱いやすい斧を一つ選んで、声を発する。

「合成!」

全ての武器が、ユッフィーの選んだ斧をベースに集まり再構築されて、より戦闘に適した長柄の戦斧へと変化する。DJPのゲームシステムを元にした、武器生成のヒュプノクラフト。

「ユッフィーさぁん、すごい!」
ガチャゲーやってる地球人なら、ありふれた発想ですの」

担当のエルルちゃんと、ダンナの銑十郎に微笑んで。ユッフィーがスーパー前の交差点に立つ。深夜なので、行き交う車もない。ここが決闘の舞台。

「少し寒かろう。身体を暖かくしてやるぞ」

首飾りの赤い宝石が光り、炎のオーラが褐色の肌を彩った。

「さすがは、炎の首飾りですの」

準備のできた姫が、巨人を見上げる。巨体が駆動音をあげた。マキナのプレイヤーたちも、手に汗握って見守った。ご隠居も上機嫌で見ている。

「いざ勝負!」

雪の降る中。マキナ本編では実現しなかった、夢の対決が夢で始まる。

「地面に潜ったか!」

元の設定通り、ドリルシーカー改が地中潜航からの突き上げを狙う。夢の中の存在は現実に干渉できないから、道路に穴は開いてないけど。

「この赤い光は何じゃ」
「敵の攻撃範囲ですの!」

しかしその意図は、なぜか地面に浮かぶ円形の赤い光で丸見えだ。ギリギリでかわし、浮上後の隙に戦斧を叩き込む。ボディに傷がひとつ増えた。

「仮面の機能にも、そんな透視能力は無いぞ」
「昼間遊んだアクションRPGのボス戦…ヒュプノクラフトに反映されて?」

そのやりとりを聞いて、リーフがうなずく。

「ユッフィーさん、役になりきるほど強くなっていく。やはり、地球人には冒険者の適性がありますね」

ユッフィーは自力で、敵の動きが筒抜けになるサポート系のヒュプノクラフトをこのバトルに「実装」した。異世界の戦士とは異質な、地球人の強さ。

実際に見て体験しなければ、理解するのは難しい。ヴェネローンの神殿長エンブラが地球人を疑ったように。ヒュプノクラフトの原理は、イメージの具現化。武道やスポーツの経験がなくても、発想の引き出しが豊富なら。

「やるな姫よ、ならば我が最大の攻撃で」

巨人がドリルを構える。大技の前には隙が生じるのも、RPGのお約束。私はここぞとばかり、正面から猛然と突撃した。風車が巨人に見えていたドン・キホーテの如く。

「うおぉぉぉ!!」

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