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ベナ拡第4夜:ゲーム再開

ゲーム再開

地球人は、夢を忘れる生き物だ。しばしば、日常の忙しさに流されて。

東の空から、今日も早回しで朝日が昇る。満員電車は今日も密で、駅から街のあちこちへ、マスク姿の人々が猛スピードで行き交う。

太陽が頂点に達する頃、感染防止のアクリル板を隔ててお昼を食べる人々。テイクアウトの人も多いようだ。

やがて西の空へ、陽が沈むと。また密な満員電車に揺られ、帰宅する人々。あたりが暗くなり、家々に明かりが灯る。

その間に流れるニュースは、地域ごとの今日の新規感染者数。営業時間が制限された上、利益率の高いお酒も出せずに困っている飲食店の悲痛な叫び。「自粛警察」の異様さを伝えるコメンテーター。

まるで北欧神話の「フィンブルの冬」が来たような「寒い時代」。季節は、春だけど。無職の私は、日々の喧騒からも距離を置いた傍観者だった。

「フィンブルの冬とは、北欧神話における世界の終わりラグナロクの前兆じゃ」

私の脳内で、ドヴェルグの賢者オグマの声が聞こえる。これは私の妄想だ。今はまだ寝てないし、パソコンに向かって小説を書いてるだけ。それでも、私の頭の中は、それ自体がひとつの異世界みたいなもの。

作家の頭の中は、程度の違いはあってもこんな感じなのでは?

(夏がまったく来ないまま、風の冬・剣の冬・狼の冬が立て続けに訪れる。吹雪はあらゆる方向から容赦なく吹き付け、数えきれない戦乱が起こって、兄弟同士が殺し合う)

夏が来ないとは、東京オリンピックの延期。
経済や物流の混乱は、三つの冬。
日本でも、親が子を殺す痛ましい事件がいくつもあった。

私の頭の中で、パズルのピースが次々とはまっていく。出来上がった絵は、一面の雪景色。戦争で荒れ果てた、どこかの街の廃墟。

執筆に一区切りついた私は、夕食を食べて風呂に浸かり、布団に入る。今夜も、カオスな夜がやってくる。昼間すっかり忘れてた夢の記憶セーブデータを、道化が配った仮面がロードする。

夢は本来、身体と精神が休息する時間だ。明晰夢を見過ぎると睡眠の質が落ちると言われるように、悪夢のゲームにも何らかの副作用があるのだろう。

夢の中で目覚めると、そこは昼間に散歩したハロウィンマートの前。夜は、PBWの関係者が「宿敵」に包囲される1031シェルター。粉雪の降る、世紀末の廃墟。現実では営業中だけど。

「地球人のみなさん、こんばんは。今日のデイリーうらミッションをどうぞ」

いきなり背後から声が。振り返ると、道化人形のホログラムが憎しみの告白を待っていて。コレ、毎晩聞いてくるのか?

「とっとと失せろですの」
「ヘイトパワー:+1。今宵も、素敵な悪夢をお楽しみください」

私は開かない自動ドアをすり抜け、店内に入った。

エルルちゃんズのオフ会

「えるるるるる〜ん♪」

ハロウィンマートの広い店内を、エルルちゃんズが両手を広げて駆け回る。閉店後だけど、ヒュプノクラフトの明かりが中を照らしていて。今夜もまたスーパーの中でマキナ関係者のオフ会だ。リアルでの再開は、何年先か。

「やあ、ユッフィーちゃん」
「銑十郎様、ごきげんよう」

マキナで知り合ったゲーム上の夫婦が、あいさつを交わす。まだ宿敵たちの襲撃は無いのか、1031シェルターの面々は至って平穏だ。

「今晩は、あの人が来てるからね」

銑十郎が指差す先には、謎のご隠居。PBW「偽神戦争マキナ」のプレイヤーたちに囲まれて、質問攻めにあっている。外からの来客は、初めてらしい。

「あんた、何者だ?」
「私は、越後のしがないちりめん問屋の隠居。隣のレックスシェルターから参りました」

そこへ、ご隠居担当のエルルちゃんが胸元から何か出そうとする。

「ええい、カロリーひかえい!ひかえおろう!!この紋…」
「エルルさん、まだその時ではありませんよ」

まさかのフライング。ネタを知ってるプレイヤーから、笑い声が漏れる。

「このモンブラン、うまいッ!」

スーパーのスイーツ売り場のケーキを指差し、ごまかすエルルちゃん。

「ここって、どこなんだ?」
「私も土地勘がなくてね。そこの勇者殿が詳しいのでは?」

ユッフィーに集まる、その場の視線。一部は胸元をガン見してる。

「うむ、おっぱいを崇めるが良いぞ」

胸元でふんぞり返る、しゃべる首飾りのオグマ。私はスルーして話題を切り替える。

「ここは千葉県の松戸市。わたくし新宿から『密です』で飛ばされてきたのですけど、向こうは自粛警察がいて入れそうにありませんの」
「何だよ、それ」
「これが都知事…!」

都民は逆に、夢の中で都内に閉じ込められる。文字通りのロックダウン。現実では、法律の関係で日本ではできないとされるもの。私の話にプレイヤーたちがざわつく。

ところで。ミリタリーパレード社のオフ会といえば、いつもはビッグ社長が注目を集めるものだが。今は彼と側近たちの姿も見当たらない。

「やはり、わたくしは招かれざる客。早く出ていけということでしょうか」

フィルターバブルにエコーチェンバーで、ガラパゴス。PBWの閉じたコミュニティで、私は長いこと爪弾き者だった。だから、距離を置いてたのに。

でも、あるとき書店で手にした占いの本にこんなことが書いてあった。
あなたは古巣に戻り、大事な忘れ物を見つけてくると。もしこの展開に重要な意味があるなら、嫌だからと言って逃げてばかりもいられない。


「『宿敵』を名乗る怪物どもの包囲を抜ければ、また姫ガチャ目当ての暴徒どもに襲われるぞ。今のおぬしでは、ちと頼りない」

オグマからの指摘は、私も承知していた。彼のサポートがあるとはいえ、首飾りの力は借り物に過ぎない。自分の実力と勘違いすれば、痛い目を見る。

「ユッフィーさぁん!」

そのとき、私のエルルちゃんと銑十郎担当のエルルちゃんがそろって入口の方から手を振った。私と銑十郎はご隠居に会釈して、そちらへ合流する。

遺跡船フリングホルニに迫る危機

「ユッフィーさん、お久しぶりです。そちらの方も、ヴェネローンで見かけましたね」

スーパーの屋根の上、宿敵の襲撃に備えた防御砲台の並ぶエリアで待ってたのは、眼鏡をかけた少年のホログラム。髪は緑で、乙女桔梗の花がまばらに咲いている。イングランドの紋章官みたいな、独特な衣装の子。

「どなたですの?」
「僕です。地球観測員のリーフ。ヴェネローン人はフリズスキャルヴのおかげで、起きたまま他人の夢を映像で観察できますから…今、僕も起きてます」

またか。相手はユッフィーを知ってて、私は知らないパターン。まるきりSFだなと思いつつも、私は作家としての推理力をはたらかせて。

「フリズスキャルヴが無い地球人は、夢を忘れてしまって仕方がないと?」
「ええ。ヴェネローン人も、本当は地球人と五十歩百歩なのです」

単なる技術の差。もし、地球人が目覚めたまま他人の夢を映像でモニタリングする技術を手に入れれば、両者の差はほとんどなくなるのか。

「僕もいたって…ホント?」

銑十郎が、状況がよく分からない様子で首をかしげる。

「それで、リーフよ。ヴェネローンでまた何か、起きたのか?」

ユッフィーの胸元の首飾りが光り、オグマの人格がリーフに問う。

「遺跡船フリングホルニに、危機が迫っています」
「エルルちゃんのぉ、おうちがぁ?」

エルルちゃんズふたりが、顔を見合わせて驚く。

「北欧神話に出てくる、世界一大きな船ですわね。確か、光の神バルドルがロキの奸計で殺されたとき、棺として海に流されたとか」

日本人はやたらと、北欧神話に詳しいと思う。ゲームに漫画にアニメに、本場の北欧の人が知ったら驚くくらい、登場頻度は高いかも。RPG好きの私が知識を披露すると、オグマが思いもよらぬことを付け加えた。

「それは偽装じゃ。来るべき災厄に備え、フリングホルニを隠すためのな」
「オグマ様はぁ、フリングホルニの開発者ですからぁ」

私のエルルちゃんが、私の驚きようを見て笑いながら補足する。釈迦に説法でしたか。

「おっきなバイキング船の甲板に大地が広がっててぇ、山や森や湖があって街もあるんですよぉ!」

エルルちゃんの語るフリングホルニのスケール感は、途方もない。まるでSFに出てくる、艦内に街がある超巨大移民船じゃないか。それで滅びゆく世界アスガルティアからの脱出を果たしたのか。

「わしの『本体』と連絡がつかぬと思ったら、ガーデナーの侵攻を受けていたか。おおかた、ビフロストを狙い地球への道を確保するためじゃろうな」

地球の状況を把握しており、船にも詳しいオグマの判断は早い。神話の通りなら、ビフロストは転移装置の類だろうか。

「はい。雪の街は勇者プリメラに占拠されましたが、ヴェネローン市民軍は地下迷宮『バルドルの玄室』に潜り抗戦を続けています。ですが…」

リーフの表情は暗い。オグマの想定以上の事態が起きたのかと、一同の注目が彼に集まる。

「ミキさん、オリヒメさん、さらにアリサ様までもが、ガーデナーの召喚儀式『姫ガチャ』によって地球へ連れ去られてしまったのです」

姫ガチャ。首飾りのせいで不正行為者扱いされたユッフィーにかけられた、賞金代わりの報酬。異世界の姫を召喚するとの話は、ホントだったのか。

「市民軍が指揮官を欠く事態になったか。しかし…アリサほどの者が、そうあっさりと捕まるかのぅ?」
「あやつのことじゃ、自分から罠に飛び込み踏み破るつもりじゃろう」

首飾りのオグマの発言に、どこからか同じ声で返事が聞こえた。

「オグマ様が、ふたりですの?」
「本体のほうじゃよ。久しいな、ユッフィーよ」

遅れて、私の目の前に浮かぶ褐色肌の少年。白い髪を除けば、背丈も含めてユッフィーの同族とすぐ理解できた。なお子供の姿なので、ドワーフの祖先という割にトレードマークのおヒゲはない。

「幻影でなければ、おっぱい枕を堪能させてもらうところを」

間違いない。首飾りに宿る、オグマの人格のオリジナルだ。

「フリングホルニに問題が起きておるなら、わしを手伝えるのはわしのみ」
「さよう、おぬしとの通信は最優先で回復させるぞ」

本人が、首飾りと感覚を共有しておっぱい枕を楽しむためにもか。私はそう理解した。フリズスキャルヴで映像を中継したリーフは、あきれてたけど。

「では、わたくしたちは姫ガチャについて調べてみましょう」
「さらわれたお姫様たちも、助けないとね」

ユッフィーと銑十郎が、顔を見合わせる。

姫君のバーゲンセール

「その姫ガチャですが、召喚の精度は高くないみたいですね」

どういうことかと、私がリーフ少年の話を聞いていると。

「ミキさぁんは、わたしぃの後輩でフィギュアスケートの『氷都の舞姫』。オリヒメさぁんは名前に『ヒメ』がついててぇ?」
「本当にお姫様なのは、トヨアシハラの姫将軍と呼ばれるアリサだけじゃ」

私のエルルちゃんとオグマ本人が、それぞれの人物について語ってくれた。

「氷都の舞姫って…!」
「わたくしの中の人が書いてた、小説のタイトルですわね」

銑十郎がユッフィーを見る。彼は、ユッフィーの中の人が夢の体験を書いた小説の数少ない読者。私は、夢を完全に忘れたわけではない…?

そのとき、シェルターのサイレンが鳴った。警報を聞いたプレイヤーたちが次々と開かない自動ドアをすり抜け、拠点防衛の配置につく。

「ユーフォリア姫はいるか!出てきてオレと勝負しろ!!」

声を上げたのは、ドリルの腕を持つ機械の巨人。先日、ここへ来るとき見かけた守衛ロボの改造型か。

「わたくしを呼んでますの」

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