かつて女子高校生だった全ての大人のために ~韓国映画『子猫をお願い 4Kリマスター版』~ ただの雑記

女子高校生時代の親友関係は、大人になっても続くのか?

こう書き出してみて、韓国映画『子猫をお願い 4Kリマスター版』(チョン・ジェウン監督、2001年オリジナル版公開、2004年同日本公開。以下、本作)の内容とも、私の云いたかったこととも随分乖離があると思ったのだが、整理のつかない感情を考えるきっかけとして、とりあえずここから始めてみる。

日本映画『リンダリンダリンダ』(山下敦弘監督、2005年)は、4人の女子高校生がザ・ブルーハーツの即席コピーバンドを結成して文化祭に出る話だった。
そのバンドでボーカルを務めたのが韓国人留学生・ソンで、演じたのは、2022年に公開された話題作『ベイビー・ブローカー』(是枝裕和監督)に出演していた韓国人俳優ペ・ドゥナだった。
私は以前の拙稿で、この映画について「大人から見た過去へのノスタルジーではなく、同世代の若者をターゲットにしていて、文化祭は終わっていない」といったことを書いた。
しかし、Wikipediaには、出典が明記されていないため真偽は不明ながら、『演奏後、バンドの4人は親友関係になるというほどでもなく、ソンが帰国するときに見送りに行くのは(バンドでギターを弾いた)けいだけ』という後日談が用意されていたとの記述がある。

また、日本でもリメイクされた映画『サニー 永遠の仲間たち』(カン・チョンヒル監督、2011年。2018年公開の大根仁監督による日本リメイク版は『SUNNY 強い気持ち・強い愛』)も、かつて親友だった女子高生たちは大人になって疎遠になっていた。
と、ここまで書いて、前者は「即席バンド」だったし、後者は疎遠になる重大な出来事があったからということで、参考にならないなぁと気づいたが、まぁここまで書いてみたのだから、とりあえずこのまま続けてみることにする。

そもそも、何故ここまでツラツラと書いているのかというと、公開された2001年当時の物語なのに、そこに記録されている韓国が、韓流ドラマやK-POPが世界中を席巻している2023年現在からは絶対に想像がつかないからだ。
いや、これも正確ではない。
この20数年の落差に気を取られると、物語の本質をつかめない。
そう、それが言いたかったのだ。

この作品が20年経って「4Kリマスター版」として再上映されたのは、チョン監督の最新作映画『猫たちのアパートメント』の公開を記念してのことであって、決して、「20年で驚異的な成長・発展を遂げた韓国」を礼賛するためではない

本作が描いているのは、いつの時代であろうと、どこの国であろうと違いがない普遍的なことであり、それがつまり、冒頭に書いた一文だと私は思ったのだった。

20年後の再上映に際しチョン監督は、本作の意図をこう振り返っている。

私は高校を卒業した二十歳の女性たちがどうやって社会生活を始めるのか、また、そうしたことによる友人関係はどうやって変化していくのかを見せたかったのです。

公式サイトより

私がダラダラ書かなくても、ちゃんと書いてあった。

で、監督の想いは韓国の女性に伝わった。
Wikipediaでは、本作をこう紹介している。

本作は封切された当初、他の主流映画に押されて観客動員が伸びなかったため早々に打ち切られた。しかし数多くの映画評論家たちによる高評価が重なって再上映され、ついには2001年の韓国女性が選ぶ最高の韓国映画第1位に選ばれた。

『猫のアパートメント』に出演している女性たちも、『猫の~』のパンフレットでこうコメントしている。

『子猫をお願い』が韓国で公開された時は私も20歳だったので、ヒロインたちとまったく同じ世代です。(略)
(20年後の再上映時)私も劇場で改めて観ました。あれから20年が過ぎ、ちょうど40歳になった年にまた観たのですが、20歳の私と今の私は随分変わりましたけれども、変わらない部分も多く、登場人物の様々な悩みと願いが、今も私の中に流れていることに気づきました。「20歳」だけのストーリーではないと分かったんです。

イ・インギュさん

(同年代ですが公開当時は観ておらず)時が流れて放浪の人生が一段落した後に観ましたが、その中には自分の姿がありました。同じ悩みを抱えて放浪していたもう一人のテヒ、ヘジュ、ジヨンが。(略)
(20年後の再上映時)観る機会に恵まれましたが、昔観た時とはまた違った視点を発見して驚きました。当時は見えなかったものが、時間がたって見えてきたと言うか。

キム・ポドさん

普遍的だと伝えるためにこれだけの文章を必要としたが、それは2023年に初めて本作を観た私が50歳を超えたオヤジであることも大きく関係している。
それはともかく、やっと本作のあらすじへ移る。

ヘジュ(イ・ヨウォン)は証券会社で働きながら、出世を夢見ている。ジヨン(オク・チヨン)は芸術の才能があり、海外で勉強したいと夢見ている。いつも明るい双子ピリュとオンジョ(イ・ウンジュ&イ・ウンシル)。一方、テヒ(ペ・ドゥナ)はボランティアで知り合った脳性麻痺を患った詩人を好きになる。

公式サイトより

映画は冒頭、高校を卒業した5人が埠頭で記念写真を撮るところから始まる。全員が、卒業を迎えた嬉しさと、これから社会に出る期待と希望であふれてキラキラと輝いている。
物語は、そこから数か月後の彼女たちの姿から始まる。

物語は、先のキム・ポドさんのコメントにあったとおり、テヒ、ヘジュ、ジヨンの3人を中心に展開される。

それは、関係性を際立たせるために、3人をある種の「類型」として描いているからだ。

ヘジュは親のコネで証券会社に入ったが、高卒・コネ入社の彼女はキャリア入社組の仲間に入れてもらえず、お茶くみ・雑用の毎日を過ごしている。しかも両親は離婚し、一人暮らしを余儀なくされる。

ジヨンはテキスタイルの才能があり海外で勉強したいと努力しているが、両親を早くに亡くし、病気がちの祖父とお針子の内職をして家計を支える祖母と3人で、今にも崩れそうなバラック長屋に住んでいる。高校卒業後に就職するが、すぐに解雇され次の職も見つからない。祖母の内職の稼ぎだけで生活することを余儀なくされ、夢を叶える道が閉ざされている

テヒは就職せず家業を手伝っているが、儒教的家父長制度の強い家庭にあって、女(しかも子供)である彼女には発言権も自由もなく、父親と男兄弟(弟にも)に従わざるを得ないことに不満を持っている。「ここではないどこか」を夢見ている。

各々の境遇や環境の変化から、実情を隠して証券会社に勤める優秀な女を演じるヘジュの「上からの」言動に、貧しい生活の上に職を失ったというコンプレックスを持つジヨンが反発し、その間を取り持つために翻弄させられるテヒだけが二人の事情を知っているという風に、高校時代は一つにまとまっていた彼女たちの関係が(悪い方へ)変わっていく。

ここまで書いてもまだ、本作に女性が共感することについて私が上手く説明できないのは、当時(今も)の韓国の事情に疎いからではなく、男性とは違う社会的な認識を実感できないからだ。
しかし、それでも2001年に公開された本作が普遍的なのは、20年を経過した日本において「親ガチャ」なる言葉が流行したことからも明らかだし、高校卒業後の進路について(良くも悪くも)男性より選択肢が多いこともあるし、また、未だに「女性の権利向上」が叫ばれていることからも伺えるのだろうということは、ある程度わかる(だから「説明できない」のであって、「理解できない」わけではない、と思っている。さらに言えば、終盤におけるジヨンのような状況に追い込まれる人については、現在の方がより深刻なのかもしれない。それも、老若男女問わず、韓国でも日本でもどこでも……)

ところで、本作タイトルは、劇中でジヨンが拾った迷い猫を指すが、彼女たちの環境が変わることの暗喩として使われる。
ジヨンが子猫を拾ったのは会社を解雇された日、彼女から誕生日プレゼントとして子猫が贈られたヘジュは両親が離婚をして一人暮らしを余儀なくされ、飼えないからと子猫を戻されたジヨンも大きく環境が変化する。そのために子猫を預かったテヒは、ジヨンを巻き込んで、環境を変えるべく、ある重大な計画を実行に移す……

物語は、テヒとジヨンがその計画を実行に移そうとするところで終わる。
この決断を、当時の観客はどう受け止めたのだろう。
20年という人生を経験した今、どう受け止めたのだろう。
希望だろうか、逃避だろうか、それとも「ありえない話」として一笑に付しただろうか?
想いは20年で変わっただろうか、それとも変わっていなかっただろうか?

不安な書き出しからあれこれ書き継いで、ようやくここまでたどり着いたとき、最初に思った「私の云いたかったこととも随分乖離がある」のも、「整理のつかない感情」になるのも当然だと気づいた。
だから、作品自体やラストシーンについて私がどう考えたのかは書かない。

だって、本作は、「かつて女子高生だった全ての大人たちのために」捧げられた物語なのだから。


メモ

映画『子猫をお願い 4Kリマスター版』
2023年1月19日。@渋谷・ユーロスペース

ペ・ドゥナは本作において、韓国の38回百想芸術大賞最優秀女優賞を受賞し、女優として大きく飛躍するきっかけとなった。
日本映画では、是枝裕和監督との初タッグ作品『空気人形』(2009年)で、第33回日本アカデミー賞優秀主演女優賞を獲得している(ちなみに、彼女の日本映画初出演(主演)作は、上述のとおり『リンダリンダリンダ』である)。









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