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TM NETWORK『CAMP FANKS '89 at YOKOHAMA ARENA 2014 Edition』~EPICレコード創立45周年記念 毎木7ライヴ・フィルム・フェスティヴァル2023 Vol.1~

EPICレコード創立45周年記念として、毎週木曜日に1980~90年代のライヴ・フィルムを映画館で上映する企画がスタートした(2023年9月21日~同年11月2日まで全7作品を上映)。
その第1弾が、1989年8月30日に横浜アリーナで開催されたTM NETWORKの「CAROL Tour FINAL」である。
ちなみに、この横浜アリーナのライブは、まずVHSで「CAMP FANKS!! '89」として前日8月29日のライブのダイジェスト版が発売になった(後にDVD化)。その後、2004年に「CAROL the LIVE」として FINAL のほぼ全てが収録されたDVDが、木根尚登の原作本とセットで発売された。
DVDに封入されたリーフレットに記載された3人の署名入りコメントで、その経緯が紹介されている。

LDレーザーディスクは旧式電子計算機のように、VTRは十露盤そろばんのように思えていました。だから、映像版CDが市民権を持つ時代、具体的にはDVD時代が訪れる事を信じ、いくつものコンテンツを未発売のまま、見送る事にしたのです。その1つがCAROLでした。それが今やっと居心地の良い器に収まりました。絵画CARLがやっとふさわしい額縁を得たと言っていいでしょう。

今回の映画は、さらに2014年にリマスターされたもので、「CAROL the LIVE」と若干構成が変わっている。

このライブは「FINAL」と銘打っていることからもわかるとおり、1988年12月から翌年8月まで全を巡った「CAROL Tour」を締めくくるものだった。ツアーまで言及すると、とても書き終わらない気がするので、本稿は、この映画の「感想」に絞ることにする。
ということで、本稿は自ずと「CAROL」についての基礎知識があると思われる方を想定することになるはずで、そうでないという方は、まずはWikipaedia等で「CAROL」の基礎知識を得ておいた方が良いかと思う。

まず、FINALがそれまでのツアーと大きく異なる点が、「CAROL」と「CAMP FANKS!! '89」が分離した2部制になっていることだ。
ステージプランナーだった鬼塚玲二氏は、こう証言している。

"CAROL FINAL CAMP FANKS!! '89"という宿題を小室哲哉からもらったとき、ツアーと同じ流れで3部をどう変えようが、それはCAROLの追加公演にしかならないと思ったんです。だったら芝居から始めようと、その代わり後半は全く違うものにしようと。だから、緞帳どんちょうが開いたときにTMがいたらよくないと僕が判断しました。それはオーディエンスのためというよりも、ショウの形態を成立させるために必要だったんです。

幕が上がってもメンバーが出て来ず、いきなり「ライブ」ではなく"CAROL"という少女が主人公の「ショウ」が始まる。
観客は、それまで、そしてそれ以降もないであろう体験に誘われる。

この構成について、小室哲哉はこう語る。

(略)もう少しフィックスしたまま、最後までいくんじゃないって気がしていたからね。ただ、CAROL自体のコンセプトから、それほど大きく外れてしまうってことはなかったと思う。どこにでもいる女の子がベースだったわけだし、ストーリーも変わらなかった。だから、全国を回って、主役は君だ! じゃないけど、そこにきてくれた一人一人こそがCAROLだってところは、全うできたでしょう。

『そこにきてくれた一人一人こそがCAROLだってところ』の実感について、小室は語る。

ラスト・シーンでCAROLが一人で踊ったでしょ。みんな静かに見てくれた。あそこで身近になったんだ。ボクはステージの袖から見てたけど、すっかり主役が入れ替わってたね。観客側のほうが主役に見えてた。

音の世界を取り戻し自身も成長する、CAROLの物語に観客は自身を投影する。
音を失った国"ラ・パス・ル・パス"へ迷い込み、ジャイガンティカの生贄として、手下のライーダに追われ、捕らえられ、そこから逃れ…
そのCAROLの頭上から手を差し伸べるティコ(木根尚登)、そして最後はフラッシュ(宇都宮隆)がライーダに一撃を食らわせ(この時のウツの顔は、何度見ても素晴らしい……と言っても、個人的には"カッコイイ"という感じではなく、「ヒーローごっこ」でヒーローに成りきる少年のような表情に見える。それが素晴らしい)、CAROLは現実世界に戻る。

映画館の大スクリーンで観ると、この約60分の物語は、本当に迫力があって、まさに「ショウ」である。
この「ショウ」がしかし、間違いなく「ライブ」であるのは、CAROLのオーバーチュアである「A Day In The Girl's Life」のイントロが終わったところで、上手上段袖からキーボードセットとともにクラーク・マクスウェル(小室)が舞台上にスライドしてきた時や、フラッシュが歌いながら登場した時の歓声が証明している。

この「ショウ」を支えているのが、曲の構成、出演者のダンスを含めた演出、ステージセット、音響、ライティングなどであるが、映画館の大スクリーンで観ても、大掛かりな演劇や映画と遜色がない。

ステージセットの目玉としては、やはり「大きな一つ目の怪物」ジャイガンティカだろう。手、足、口が別々に動き(3人がかりで操作していたそう)、「大きな一つ目」には、当時日本に2台しかなかった「スターライト」が仕込まれていた(ちなみに、もう1台は中島みゆき氏が使用しており、私の記憶ではライブのMCで彼女は、独特のあの陽気な声で「はい、スターライト」と言って点灯させていた気がする)。
さらに特筆すべきはフライングで、それまでも身体に固定したベルトに取り付けられたワイヤーで吊られる形式のフライングはあったが(この「ショウ」でもティコはそうやって飛んでいた)、この「ショウ」では椅子に縛り付けられたCAROLが椅子ごと吊られるのだ。

5月1日、長崎公演の初日だった。シーンはジャイガンティカ出現の瞬間。捕らわれの身となったキャロルは椅子に縛られ、宙高く舞い上がる。ライーダたちの宴は最高潮に達する。「Gia Corm Fillippo Dia」が流れる。椅子は4m以上も吊り上げられるため、いつもはセーフティー・ベルトで彼女(註:キャロル役のPernilla Dahlstrand)の身体を固定する。しかし、その日は、コスチュームの下にかくれたセーフティー・ベルトが見つからない。彼女を椅子に固定する係のライーダは焦る。ショウは進む。もうこれ以上は待てない。彼女はOKの合図を出した。自分の腕の力だけでつかまり、空中4mで吊られたのである。スタッフにとっては、凍りつくような長い長い時間だった。「怖くはなかったわ。自分で大丈夫と判断して、ゴーサインを出したんだもの」

音響システムとしては、現在は当たり前となった「フライング・スピーカー」も当時としては画期的なものだった。さらに言えば、これは今でもあまり見かけないと思うが、「サラウンド・スピーカー・システム」まで採用されていた(もっと言えば、「CAROLショウ」のため、当時は当たり前だった「フットモニター(いわゆる「転がし」)」もなく、モニタースピーカーは見えない所に隠されていた)。

ジャイガンティカにたった一人で立ち向かい「Just One Victory」を得たキャロルは、現実の世界に戻り一人踊る(Choreographer=Serena Tocco)。
それが、観客たちの大きな共感を得たのは、先述した小室のコメントにあるとおりだ。

実際のライブではインターバルを置いて始まった(はずの)「CAMP FANKS!! '89」だが、映画ではCAROLの余韻冷めやらぬうちに続けて始まった。
DVDで発売された「CAROL the LIVE」と若干構成が違うのは先述したとおりだが、恐らく「ノーカット」なのではないか。
それは、「DON'T LET ME CRY」と「KISS YOU」の間に、ものまね芸人のコロッケ氏がゲスト出演した「PASSENGER」が追加されているだけでなく、曲間のブランクが残されていることから推測できる。

「CAMP FANKS!! '89」の魅力は何と言っても、宇都宮隆と4人(大石一、関川ハヤト、小林幸弘、石山博士。最終的にはPernillaを入れて5人になる)のバックダンサーによるダンスだろう(Choreographer=Oke Wambu)。
私はダンスには全く無知だが、当時(いや、今も)メジャーシーンでは珍しいタイプのダンスではなかったかと思う。というのも、Okeの故郷はアフリカのナイジェリアで、そこが『アフリカン・ポップスのビッグ・スターを多く輩出し、ジュジュ・ミュージックの拠点』であることが影響しているだろうからだ。ちなみに彼の起用は宇都宮の要請によるもの(Okeは「CAROLプロジェクト」のお披露目ともなった1988年・東京ドームでの"STAR CAMP TOKYO"でも振付を担当している)。
彼の振付について、ライターの藤井徹貫氏はこうレポートしている。

オキのコリオグラフには独特のノリがある。武道館で「KISS YOU」が始まったとたん、「Great!!」と叫び踊り出した黒人オーディエンスがいた。やはり黒人同士で通じ合えるノリがあるのだろう。

このライブが「ショウ」である証しは、ラストの曲「DIVE INTO YOUR BODY」の終盤に見て取れる。
宇都宮がPernillaを右手で抱く(もちろん振付として)のだが、それが解かれる瞬間、Pernillaは宇都宮の頬にキスをして離れてゆくのだ。
この時の観客の盛り上がりは、やはりこれが「ライブ・ショウ」であることを明確に物語っている。

そしてこの「CAROLプロジェクト」が、メンバーのみならずファン(FANKS)にとって、とても大切なものになったことは、デビュー30周年のライブ「QUIT 30 HUGE DATA」(2014年)における、「Still Love Her」(背後の映像では、現在のPernilla本人が!)のエンディングで流れたTM NETWORKのメッセージから明らかだ。

FANKSのアバターとその日々を描いた「CAROL」は
僕らの30年間を代表する作品になりました
時代を超えここに戻ってきてくれて ありがとう


約150分、すっかり堪能した。
この興奮を何とか伝えたいと思って「感想」に絞るつもりだったが、それにはある意味特殊なこのライブを説明する必要があり、説明していたら結局「サブテキスト"風"」な文章になってしまった。
これを書いている間ずっと、「CAROL the LIVE」を再生し続けていた。
私の興奮は、未だ収まってはいないのだった。

メモ

TM NETWORK『CAMP FANKS '89 at YOKOHAMA ARENA 2014 Edition』
(毎木7ライヴ・フィルム・フェスティヴァル2023)
2023年9月21日。@新宿・バルト9

ここまで書いて、ミュージシャンに触れていないことに気づいた。
ドラムは、これまでの山田亘(Fence Of Defense)から阿部薫に交代。

ワタルくんがそれまでずっとやってきたわけでしょ。その後、彼とは全く違うタイプのドラマーが入った時に、お客さんはどう感じるのか、と他人の目が気になったりはしてはいたんですけど、そんなものは、もういつの間にかフッと消えちゃいました

彼はその後、TMNを経て、2022年の「FANKS intelligence」ツアーでもドラムを叩いている。

そしてギターは松本孝弘。彼はこれまでもTM NETWORKのサポートギタリストだったが、この「CAROL」を最後に、自身のグループ(B'z)に専念することになる。
松本は、そのきっかけの一つとして、こう証言している。

武道館でね、(TMが)何日間も(ライブを)やったことがあるんですよ。その時に、宇都宮さんの後ろ姿を見て、「これはもう、自分自身のグループで勝負する時が来たのかなぁ」というふうに思ったんだと思いますね。

MASTER TAPE「TM NETWORK "CAROL"の秘密を探る」

その松本は、「CAROLツアー」時のインタビューにこう答えている。

(記者)木根さんのギター・ソロの時、松本さんは後ろで笑ってましたよね。
「最初のころは、ツインで弾いていたんだけど、途中でやめちゃったの。TMの場合はもう何年もツアーをやってるからね。(略)」

その十数年後の木根自身の「エアギター発言」を考えると、なかなか感慨深い(断っておくが、あれは誤解を招く発言であり、後に関係各所からかなり怒られたと彼自身が証言している。先の私の文章も、それを踏まえた上で書いているので、誤解無きよう)。

参考資料

『TM NETWORK CAROL GRAFFITI』(株式会社CBSソニー出版、1989年)
DVD『CAROL the LIVE』(EPICレコード、2004年)
DVD『CAMP FANKS!! '89』(EPICレコード、VHS版発売1989年)
DVD『QUIT 30 HUGE DATA』(avex trax、2015年)
NHK-BSP『MASTER TAPE「TM NETWORK "CAROL"の秘密を探る」』(2015年2月15日放送)


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