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ありそうで少ない普遍的な物語~舞台『今度は愛妻家』~

ホン(脚本)が良い、というのはこういうことなんだ、と実感した。

と、舞台『VAMP SHOW』についての拙稿と同じ書き出しにしたのは、それと舞台『今度は愛妻家』(中谷まゆみ脚本、板垣恭一演出)が、何だか関連していそうに思えたからだ。
(以降、2022年版を今作、作品自体を本作と記す)

本作は、2002年初演、2014年再演、2022年再再演。
『VAMP SHOW』は1992年初演、2001年再演、2022年再再演。
つまり、初演から20年、30年という節目での再再演。
さらに、初演の演出は両作とも板垣氏で、共に池田成志氏が出演(本作は主演)し、両作とも登場人物は「当て書き」だったということも。

ずっとあたためていたテーマだったし、劇団の先輩である池田成志さんや長野里美さんへの当て書きだったこともあり、本自体はスラスラ書けました。

今作パンフレット 中谷まゆみ氏コメント

『劇団』というのは、本作初演時に「サードステージSHOW CASEシリーズ」と銘打っていたことからわかるように「第三舞台」であるが、それはそれとして……

「ホン(脚本)が良い」ために20年、30年経っても通用する、ある意味「普遍的」な作品であるのも共通しているが、作家の違いから、両作が「普遍的」である意味合いが異なっている。
三谷幸喜氏脚本の『VAMP SHOW』は、物語「構造」が普遍的(だから、設定も30年前の初演のまま)。
対して本作は、物語「自体」が普遍的であり、だから、設定を現在に置き換えても成立する(現在に置き換えるといっても、携帯電話がスマホになったり、「人参茶」を誰が薦めるか、という程度で、それ以外は初演のままで全く違和感がない)。

両作は「ストーリー自体がネタバレ」である点も共通していて、だから、私は今作の内容ではなく、上記のような「どーでもいい話」を延々と書いている。

とはいえ、「あらすじ」だけは紹介しておこうかと思うが、今作パンフレットはちょっと冗長だと思うので、再演版のパンフレットを紹介する(キャストは今作。今作の「あらすじ」は公式サイトで)。

あることをきっかけに、1年以上、仕事もせず、撮る気持ちにもならない、かつての売れっ子カメラマン・北見俊介(戸塚翔太(A.B.C-Z))。
しかし妻・さくら(三倉佳奈)は、何があろうともマイペース。
俊介は浮気癖があるにも関わらず、女優をめざす吉沢蘭子(黒沢ともよ)の誘いにも乗らないほど沈んでいる。
そんな彼のことを心配する助手・古田誠(浦陸斗(AmBitious/関西ジャニーズJr.))。
また、なじみのゲイバーのママ・文太(渡辺徹)も、彼を奮起させようと世話を焼いている。
そして、さくらは俊介にいろいろないたずらを仕掛けるのだが……

ちょっぴりダメだけど愛すべき人たちが織りなす、
カラッと笑えてホロっと泣ける、ちょっとシリアスなおはなし。

再演版パンフレット「あらすじ」

本作は上述したように「SHOW CASEシリーズ」として上演されたもので、『ビューティフル・サンディ』(00年初演)、『ペーパー・マリッジ』(01年初演)に続く3作目となる。
私は本作以外の初演を観ていないのだが、それもそのはず、2作がNHK-BS(だったか?)で放送されたのを見て本作に興味を持ったからだ。
で、当時32歳だった私は、少し年上の大人(今作パンフレットによると北見俊介は38歳とのこと)たちが織りなすライトビターな話に衝撃を受け、感動したのである。
再演時にもやっぱり感動して、その理由を考えていたのだが、今作パンフレットの板垣氏のコメントを読んで、結構腑に落ちた。

明確な理由が一つあって。それは、現代の日本を普通に描いたお芝居が少ないということだと思うんです。初演当時、雑誌「ぴあ」のライターの方が"スリッパ芝居"と名付けてくれたのですが、それくらい、意外と日本の一般家庭の部屋の中で起こるお芝居は少ないと思うんです。洋風の作品だと「女優さんにヒールを履いてもらいたいし、靴でやっちゃお」となるでしょ。でもこれはそうではない、みんながスリッパを履いている。そこが業界的にも珍しかったんじゃないかなと思う。初演当時も珍しかったけれど、20年経った今も意外と少ないんですよね。

今作パンフレット 板垣恭一氏コメント

前2作も同様だが、終盤まで、室内で『スリッパを履い』ている人たちが「一般家庭とはちょっと違うけれど、でも、どこかでは起こっていそうな日常生活」を送っているように見える。
観客も「結末は?」とか「伏線は?」といった「物語に対する身構え」を解くほどに物語世界の日常に馴染んでしまうが、終盤、唐突にそれが実は「驚くような非日常」だったことが明かされるという、「どんでん返し」というよりは「梯子を外された」的展開でクライマックスの「感動的な非日常」へ突入し、最後、主人公が事実を受け入れて「本当の日常」に戻っていくというカタルシスが、本作含めた「SHOW CASEシリーズ」が長く愛される理由なのではないか。

(本作は)間違いなく、僕にとってターニングポイントになった作品です。これと『ビューティフル・サンディ』という作品があるから、僕はこの業界で生きていけている(笑)。

(同上)

……と、以上が長い前置きで、以下に短く個人的な感想を書いておく。

葛山信吾さんと瀬奈じゅんさんによる2012年の『ビューティフル・サンディ』再演を観た後、同じコンビで再演された本作を観て、私は一つの完成形をみたと思った(両作とも物凄く出来が良かったし、きっと評判も良かったはずだ。それは、これも長く愛されるパルコ劇場定番の朗読劇『ラヴ・レターズ』において、2015年に2人がアンディーとメリッサのカップルとなったことが証明している。もちろん私は観ている)。

それを2022年に上演する(批判を承知で言えば「しかもジャニーズで?」)ということに、いささか不安もあった。
序盤、確かに違和感はあった。
個人的な思い入れを差し引いても、大人の話にしては重心が上にある気がした(声の高さと落ち着きのなさが、かなり影響していると思う)。
そんな中、渡辺徹演じる文太が登場した瞬間、重心が下がったのは驚いた。
過去作を観た時には、文太のキャラクター設定はフィクションとしての違和感を強調するためのもの、と思っていたのだが、実はアンカー(いかり)だったのだと気づいた私は、既に年齢的には文太の側だ。
時の流れを実感して改めて今作を観れば、もう文太は(社会の側からも)違和感ではない。

物語的には、中盤に衣装を替えたさくら一人が落ち着ついていくその変化が、相変わらずの俊介と対比されることによって、状況を暗示していたことになろうし、だからこそ、年(38歳)相応になった俊介というラストシーンが効果的に映る。

結果、このウェルメイドの物語は、全ての伏線が感動的に回収され、ある意味でのハッピーエンドとしてスッキリと終わる魅力に溢れているだけでなく、その中に、状況は違えど誰もが経験する普遍的なライトビターな後味がちょっぴり含まれているからこそ、いつの時代の観客にも刺さるのだ。

ホン(脚本)が良い、というのはこういうことなんだ。

メモ

舞台『今度は愛妻家』
2022年10月18日。@よみうり大手町ホール

思い返してみると、私が本作初演を観たのは、蘭子役の真木よう子さん目当てかもしれない。
ちなみに、今作観劇前に映画版(行定勲監督、2010年)を見返したのだが、蘭子役が水川あさみさんだったのに驚いた。驚いたのは、何度も見返しているはずなのに毎度驚く己の記憶力のなさ……にである。

"スリッパ芝居"。
個人的には、1990年代の「自転車キンクリーツカンパニー」の作品とか、サードステージ関連で言えばKOKAMI@network『恋愛戯曲』(01年初演)を思い出すのだが、いずれもドラマ性が強くて、本作のような「日常性」は感じられない。
そう考えれば、確かに、意外と少ないのかもしれない。

余談だが、本作と『VAMP SHOW』で最も共通しているのは、私自身が初演・再演・再再演をコンプリートしていることだ。まぁ、これが「年の功」というやつなのだろう。というわけで、自慢たらしく、本稿表紙は左から古い順に本作パンフレットを並べた写真にしてみた。


おまけ:人参茶のレシピ

初演のパンフレットに「北見夫妻が愛飲している人参茶レシピ」が載っていた。

1.人参の皮を電子レンジで約10分くらい、パリパリになるまで乾燥させる。
2.乾燥した皮を弱火でカラ煎りする。
3.細かくして、普通のお茶と同じようにお湯を入れて飲む。

味や香りが独特で、飲みにくいと思われる場合もございます。(略)
苦味や渋味が強いと感じた場合には、ハチミツやレモンで甘味や酸味をプラスしてみてください。
それでもとても飲めないと思われる場合は、殺菌作用があるのでうがい用に使うのが最適。また、お風呂に入れると、お肌にもやさしく健康的です。

↓2022年は、1990年代~2000年代前半初演の名作が多く再演されている


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