舞台『室温~夜の音楽~』

2022年、”記録的"な短さで梅雨が明け、”記録的"な気温の日が"記録的"に続く……そのせいもあって、供給電力量がひっ迫し、電気の使用まで"自粛要請"される有り様……
エアコンを切った室内で、人々は「暑いな……」と繰り返し呟く。

舞台『室温~夜の音楽~』(ケラリーノ・サンドロヴィッチ(ケラ)作、河原雅彦演出。以降、今作)は『ホラー・コメディ』と謳っているが、その『ホラー』は「あからさまな恐怖」ではない。

初演は2001年で、今はなき青山円形劇場で観客が舞台を取り囲む中、時々現れる「たま」の演奏が象徴するように、「不気味」なテイストだった。対面に見える観客たちの顔は「恐怖」ではなく、明らかに「不安」だったし、きっと自分自身もそんな表情をしていたことだろうと思う。
その「不安」には、もちろん「この先どうなるんだろう」という気持ちも含まれていたが、それ以上に「得体が知れない」居心地の悪さがあったのだと思う。

その「得体が知れない」居心地の悪さを作り出していたのが、「たま」の独特の風貌と音楽だった。だからこそ、「たま」が解散して以降、『室温』は絶対再演されない「幻の作品」だと言われてきた。
現に、ケラは今作パンフレットで、「もともと自分は外部上演の許可を出さない方」と前置きした上で『とくに『室温』は絶対お断りだった。(略)「たま」の三人が不在の『室温』なぞ考えられなかったからだ』と書いている。

それが、ここ数年の「KERA CROSS」(ケラの過去作を別の演出家で上演する企画)を経て彼の考え方が変わったのと、「在日ファンク」の音楽を得たことにより、「幻」ではなく「うつつ」の作品として戻って来た。

『室温』において音楽の影響は大きく、初演は「たま」のメンバーのキャラクターも含め「得体が知れない」「不気味」な作品だったが、今作は「在日ファンク」の音楽により「条理に落とせない(条理が見出せない)」「不快」な作品になっている。

その「不快」とは気分を害するという意味ではなく、ちょうど『”記録的"な短さで梅雨が明け、”記録的"な気温の日が"記録的"に続く』上演時期の高湿度のジットリまとわりつくような「不快」であり、その「気持ち悪さ」である。

今作を観に行かない(行けない)人でも、今作の「気持ち悪さ」を体感する方法がある(とは言え、観られるなら絶対に観た方が良い!)。

それは、本作について「ネタバレ」を謳うネット投稿を片っ端から読み漁ることだ(エアコンを切った部屋でなら、更に効果が出る)。
たぶん、誰一人として同じストーリー説明をしたり、同じ解釈を書いたりしていないだろう。
同じ作品についての「ネタバレ」のはずなのに、今作の内容を理解するどころかますます混乱を来たしてしまう……それは、「ネタバレ」記事(=作品)に通底するはずの「条理」が見出せないからだ。
「条理」をわかりやすく言えば、つまり「動機」で、ここで言う「動機」はニュース等で耳にする「犯罪を犯した理由」といった大袈裟なものではなく、単純にその言動に依拠する「理由・根拠」のことである。
特に演劇・映画は作られたものであるが故に、劇中のセリフや行動には作者や演出家・監督が意図した「動機=理由・根拠」があると思い、それがフィクションを観る際の「保障」となっている。
しかし、『室温』ではそれが説明されないどころか、「そもそも動機なんか無い」とも思われ、従って、観客はフィクションに対する「保障」という拠り所がないことに気持ち悪さを感じ、それが恐怖となる。

「供給側が意図する動機」といった拠り所がない「ネタバレ」は、結果的に書き手個人の感想・印象にのみ依拠することになる。
だから、「ネタバレ」を読み漁った読者は、フィクションに通底するはずの「条理」が見出せず、「気持ち悪さ」を感じるのである。

異様とも言える"記録的"な異常気象の不安に怯えながら、国からの「節電」という不条理な「要請」に従ってエアコンを切り『室温』が上がる部屋で、「ネタバレ」記事を読み漁りながら、人々は呟く。

「暑いな……」

そう呟く海老沢を観ている我々は、もしかしたら人ではなく、国に殺されるのかもしれない……


メモ

舞台『室温~夜の音楽~』
2022年7月2日マチネ。@世田谷パブリックシアター

初演については、とにかく「不気味」だったことしか覚えていない。
青山円形劇場で舞台を取り囲むように観ていた観客は一様に不安そうな表情を浮かべていた。
芝居がちょっとでも振り切ったら、自分を保つために隣の知らない観客どうしが手を繋ぎ合ってしまっていたかもしれない。
それを振り切らせず、ギリギリのラインに踏みとどまることにより、観客の「不安感」を一層煽る脚本と演出、芝居と音楽……
「幻の作品」たる所以は、単に「たま」が解散して上演の可能性が絶たれたからではなく、その素晴らしい作品性によるものだ。


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