映画『少女は卒業しない』

「山城さんが、答辞を読むから」

映画『少女は卒業しない』(中川駿監督、2023年。以下、本作)の中盤、「そのまま卒業できるのに、何故、前日になって自分を変えたいと思ったのか」と教師に問われて、そう答えた作田のセリフにハッとした。
後藤も、神田も、きっとそう思って、自分の気持ちにちゃんと決着をつけようと勇気を振り絞ったのだ。

本作は、『廃校が決まり、校舎の取り壊しを目前に控えたとある地方高校、“最後の卒業式”までの2日間』を主に4人の女子高生の視点で描いた物語だ。

物語の冒頭、まさに始業前の学校状態で、様々な男子・女子が雑多に入り混じってスクリーンに映る。
卒業式のリハーサル中も、みんなザワザワと落ち着かない。

「卒業生答辞。卒業生代表、山城まなみ」
そうアナウンスされた瞬間、体育館は水を打ったように静かになる。
ステージに向かう山城(河合優実)を追いながら、カメラは、後藤由貴(小野莉奈)、作田詩織(中井友望)、神田杏子(小宮山莉渚)の姿を捉えていく。
この先、本物語は山城とこの3人が担うことになる、と宣言しているシーンなのだが、何故、その3人なのかといえば、作田が言った通り、『山城さんが、答辞を読む』ことで、自分の勇気を奮い立たせたからだ。

本作は、朝井リョウ氏の同名小説(集英社文庫、2015年)を原作としているが、小説では7人の女子高校生のオムニバス短編集だったものを、4人に絞っている。
この理由について中川監督は、「小説すばる」(集英社) 2023年3月号に掲載された朝井氏との対談で、『卒業という絶対的な別れを前に、少女たちがそれをどう理解し、成長していくのかを描きたかった。(選ばなかった)3編は、パートナー役の成長をきっかけに成長するということで、ちょっと違うのかな』といった発言をしている。

私は、以前の拙稿で、本作についてこう書いた

「河合優実初主演作」と謳われる本作は、彼女が演じる山城まなみが抱えた喪失感を軸にしてはいるが、彼女だけによって物語が展開するわけではない。
彼女を含め4人に共通するのは「伝えたい、或いは伝えなければならない"想い"を抱えている」という点で、それが物語の推進力となる(山城まなみが主人公なのは、中川監督が言及したように「別の不条理」を抱えていることはもちろんだが、いなくなった人に"想い"を伝えるという点において、逆説的に、彼女だけが言葉を使わず"本当の想い"を伝えられたからではないか)。

公開初日に本作を観直して、『伝えたい、或いは伝えなければならない"想い"』はあるが、彼女たちは、その"想い"が「相手の為にならない」ことを知っていて、だから逡巡しているのだと気がついた。

その逡巡は具体的に後藤のセリフに表れているし、各々の心の揺れはカメラワークで表現されている。

たとえば、バスケ部の後藤が気まずいまま別れてしまいそうな寺田(宇佐卓真)との関係修復の「願掛けフリースロー」を放つ前の刹那、山城が調理実習室へ入って恐る恐る駿(窪塚愛流)の姿を探す刹那、神田が中学時代から好きだった森崎(佐藤緋美)と写真を撮る刹那、作田が憧れの図書担当教師(藤原季節)と本の交換をする刹那、ハンディカメラでの微妙に揺れる映像になる。この微妙な揺れが、彼女たちの心の揺れを表現している。
前述した、物語の主軸を4人に絞る手法といい、素晴らしい演出だと思う。

あのシーンがよかった、このセリフが切なかった(「駿に教えたい」というセリフは、危うく号泣しそうになった)……
書きたいことはいっぱいある。
だけど、やっぱり書かない。
言葉にした途端、「卒業式」という特別な時間に流れる不条理が、陳腐で説明可能な「何かわかり易い物」に変質したあげく、それで区切りが付けられ、心の中に納まってしまうからだ。

本作を観たのは2回目だが、今回観直して、彼女たち各々が抱えた"想い"の切実さと、相手が好きだからこそ逡巡してしまう気持ちがスクリーンからありありと伝わってきて、ものすごく切ない気持ちになってしまった。

メモ

映画『少女は卒業しない』
2023年2月23日。@渋谷・シネクイント(初日舞台挨拶付き)

カメラワークでいえば、神田が森崎の自転車の後ろに乗っているシーンで、自転車はスクリーン左から右へと進んでいる。カメラも常に自転車が中央に映るように、一緒に並行移動する。
そこで不意に、神田が「写真を撮ろう」と言って、自転車を止めさせる。
カメラはそこで止まらず、少し行き過ぎてしまい、自転車はスクリーンの左端に来てしまう。
もちろん演出だろうが、何だか、この一言を言うのに神田がどれだけ勇気を振り絞ったのかが見えた気がして、グッときてしまった。

4人の女子高生は素晴らしい。
そして各々の相手役となる男子(+教師)も素晴らしい。
とりわけ、何といっても森崎役の佐藤緋美だ。
彼は先日、映画『あつい胸さわぎ』(まつむらしんご監督、2023年)のラストで放った強烈な短い一言が印象深く、まつむら監督も彼を『天才』と評しているが、本作でもラストに強烈な印象を残す。
両作の彼は、まさに神田が言う「見直したか!」そのものである。


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?