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【思い出】中国人女性に庭の大根を盗まれた話

私が小学生の頃の話です。

私の家の近所に、一人の中国人女性が住んでいました。

私の住む離島は移住者が非常に少ない上に、外国人なんてほぼ見かけることはありませんでした。

学校にいる唯一の外国人教師は、慣れない環境のせいか、それともチンパンジーみたいな子どもに辟易しているせいか、顔はやつれていました。

そんな純日本人の原生地とも呼べる私たちの島に、その中国人女性はいました。

単刀直入に言うと、その女性の生き様はアグレッシブでした。

耳にするのは悪い噂ばかり。

不法侵入して「ワタシノイエダヨ!」と怒ったり、人の家からマヨネーズを盗んだりしました。

その女性のふくよかな体型のためか、私たちは「恐怖のシンボル」として脳裏にこびりついていました。

そんなある秋の日。

その日は休日で、私はずっと家にいました。

秋といえどまだまだ強い日差しが照りつけていましたが、心地の良い風が吹いていました。

その日の私は、額に汗をにじませながら庭で遊んでいました。

小学生にとっての「庭」というのは宝の倉庫です。

ミミズや虫などの小さな生き物から、大根などの植物たち。

目を凝らせばいろいろな「面白い」が見つかって、私はそれを見て、めいいっぱいに疾走しました。

意味もなく不必要な汗を掻き、とりあえず叫んで満足する子どもは、非常に安価に養育できました。

そんな私にとって、「庭」というのは最高の遊び場でした。

しかし、その日は何かが違いました。

私はめざとく、庭の「異変」を嗅ぎ取ったのです。

それはほんの小さな異変でした。

そう、庭にダイコンがないのです。

その代わりに引っこ抜かれた場所の土が裏返り、黒く湿った土が表出していました。

え? ダイコン引き抜かれてね?

こんなことは以前は一度もありませんでした。

幼心にも、私は目の前で起こった出来事を冷静に分析しました。

なんでダイコンが無いのか。

真っ先に思い立ったのは、「家族が引き抜いたんじゃないか?」ということです。

母や父が晩ご飯の食材にするために引き抜いたとすれば、全てのつじつまが合います。

しかし両親は家におらず、ダイコンを抜くはずがありません。

私は眉間にしわを寄せ、目をギュッと瞑りました。

あらゆるパターン、可能性、確率を必死に計算し続けました。

コナンくん顔負けの集中力で、私の思考は脈を打つように広がりました。

しかし、どのような予想を立てても、誰がダイコンを引き抜いたのか分かりませんでした。

私は溜息をつき、天を仰ぎました。

ダイコンくらい、もう無くていいや・・・。

諦めかけたそのとき、視界の端に何かが映りました。

道路の曲がり角から中国人女性が自転車に乗ってやってきたのです。

スローペースで自転車を漕いでいる人が彼女であると、私はすぐに分かりました。

彼女が前を通り過ぎようとしたとき、不意に目が合いました。

目が合うやいなや、彼女は音を立てて自転車のブレーキを握りました。

キキーッ! と、かん高い金属音を周辺に響かせ、彼女は突然停車しました。

そして言いました。

「ダイコン、モラッタヨー^^」

彼女がダイコンを持っていました。

淡くみずみずしい土のついた大根が、自転車のカゴに入っていました。


直後に父親が帰ってきたので、私はその話をしました。

父は「大変だ」と慌てふためき、ついには警察までやってきました。

父にとっては「少しくらいなら許してくれる家」だと認定されることを恐れたのでしょう。

警察、中国人女性、父。

その3人は思っていたよりも冷静に話をしていました。

最初、女性は強い意志で「トッテナイヨ!」と主張しました。

しかし、さすがに無理があると自分でも理解したのでしょう、一瞬で落ち着きを取り戻しました。

最終的には誰も不幸になることなく、和解することで幕を閉じました。

確かに彼女の行為は無茶苦茶なように見えますが、アジアの他の国においてはこういう出来事もあったりするのだろうなと思うと、文化を広く受け入れる気持ちも大切だなぁと考えたりします。

助け合いというのは、一歩間違えると信頼を傷つけてしまいかねないのだと改めて考えさせられる出来事でした。

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