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祖父の代からの家業を引き継いだ私がやったこと、やめたこと 07 最終話

両親との話

私はM&Aを実行することを決心しました。 幸いなことに相手の会社の提示金額は私にとっては十分なものでした。また私が期限付きで会社に残ること、従業員、工場をそのまま引き継ぐことも条件に入っていました。

親子三代引き継いできた会社です。
父親は引退(退職)しているとはいうもののファミリービジネスを売却することをどう考えるのかは全く想像できませんでした。
株主でもある父と母が反対の意を唱える可能性もありました。

契約を進めていく中でどの時点で両親に今回のことを切り出すのかは大きな問題でした。 M&Aの仲介会社とも相談してある程度契約条件がまとまり、おおむねの売却金額が決まったところで両親に話を切り出すのが良いだろうという結論になり、それまでは粛々と手続きを進めることにしました。

M&Aを進めていることは、もちろん社員にも知られてはいけませんでした。デューデリジェンスという会社の査定にあたる作業や会社譲渡に必要な資料や書類の準備には細心の注意を払う必要がありました。幸い?、コロナ禍で社員がほとんど会社にいなかったことは私にとっては良い方向に働いたかもしれません。
会社の財務状況や労務関係、法規の順守など様々な点で調査が入ります。相手が上場会社ということもあり、細かな要求もあったようですが仲介会社の協力も得ながら必要な対応を行なっていきました。

両親に切り出す当日がやってきました。
依然としてコロナ禍の時期でした。高齢である両親とは直接会って話すことはまだできない状況でした。私はまず概略をメールで送りました。聞かれそうなことは全て書き出しておきました。
会えないながらも実家の前まで行きました。こじれるようなことがあれば直接話すしかないと思ったからでした。家の前から電話をかけました。
「実は会社を買いたいと言っているところがある」と切り出して、相手の情報、条件、具体的な金額、今後どうなるのかなどを改めて口頭で伝えました。

二人の答えは「いいんじゃないか」の一言でした。
逆に「今後どうするつもりだったのか心配していた」と言われました。
拍子抜けしてしまいました。同時に胸のつかえが取れた気分になりました。
ここ何週間も悩んでいたことは杞憂となりました。考えてみれば、両親は両親で会社の今後を心配していたことは当たり前のことでした。4代目の後継は娘たちですし、まだ学生である娘たちに引き継げるのはだいぶ時間がかかります。
思えば、父が私に事業継承の話をしてきたのは父が55歳の時でした。私が55歳で引き継ぎをしようと考えていたのと同じ年齢でした。

その後、話はとんとん拍子で進み、結果的に約半年で全ての手続きが完了しました。 M&Aが実施され、私の会社は先方のグループ会社にはいることになりました。

グループ入り後も私はしばらく会社に残る契約としていました。引き継ぎが必要と考えていたからです。
私自身がマネージャーであると共に最大のプレイヤーでもありました。ゆえに私が抜けるとなれば、社内外にそれなりの影響があると思いました。 ずっと会社に残る選択肢ももちろん可能だったと思いますが、雇われ社長や役員を務めるつもりはありませんでした。私が良いと考えていることは最大限伝えておこう、あとは次の経営者に任せるしかない。心にそう決めていました。

会社売却とともに次の会社も立ち上げました。業界は全く別ですが、勉強していた不動産の知識を活かしていくことはできそうです。また念願の自分の名前がついた会社でもあります。
今後はプレイヤーの度合いを下げてもいいかとも思います。フルタイムで働くよりも家族や自分の時間を重視したいと考えています。 二人の娘もいます。彼女達が自分達で起業を行ってくれるのが私の勝手な夢ではあるけれど、そうした下地を作っておくことが今の私の役目という気もしています。

父は私を会社に引き入れ、経営と帝王学を教えてくれました。感謝しています。それを娘達に引き継ごうと思います。そして自分の人生をコントロールできる自由な生き方をしてもらいたいと思います。

経営は苦しいけれど、楽しい。

全7回、お付き合いいただきありがとうございました。
M&Aに関する私の話は一旦これでおしまいです。


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