グレープフルーツ記念日
記念日にどうしても欲しいものがあった。
おじさんになってもキラキラ光るそれを肌身離さずつけているのは、なんだかカッコいい。昔から結婚への憧れと同じくらいそれを身につけることに憧れを抱いていた。
結婚から時を経てつけなくなる人も身近にたくさんいる。いつか私にもそんな日が来るのだろうかと思っていたが、そんなことは全然なかった。
毎日それを身につけてなお、それへの執着はBBQで炎上する豚トロの如く燃え上がっていった。
そんなこんなで結婚してから、節目の記念日でさらにもう1本仲間が増え、お互いの指には現在2本のそれがある。
年を重ねると着るものなんかもありのままでいいか。と自身に対する色んなモノへの執着が少しずつ薄れていく。だからより普遍的に変わらないモノへ執着を抱くようになるのかもしれない。
しかし、いつからか奥さんのそれは普遍的な価値を失っていた。5人の子を育てた激しい家事と私なんて簡単に握りつぶせる(なにをだ)ほどの握力で、彼女のそれは『ちびまる子ちゃん』の永沢くんの頭みたいに変形していた。
こんな形。妻にプレゼントしようかね。
プラチナの上にちょこんと小ぶりのダイヤが乗っているからシルエットまでそっくり。ずっと大切につけてくれているのは嬉しい。でもこれからまた長きに渡り大切にしてもらえるものを贈りたかった。
迎えた結婚記念日。
9歳三女にお願いをする。
「今日、ママにそれをプレゼントしたいから夕方、お店付きあってくれない?お昼にくら寿司連れていってあげる!お願い!」
満面の笑み。くら寿司強し。奥さん、9歳三女、2歳次男の4人でくら寿司へ。ビっくらポンを3回やって1回当たり、三女はとても喜んでいた。
5皿に1回、景品が当たるチャンスがあるビっくらポン。これやりたいから追加でしれっと寿司頼んでる時あるからビっくらポン!1回当たったおかげで何とかスケジュール通りに店を出ることができた。
「じゃあこれから頼むね!」三女にこっそり目配せしてお願いすると「…?」な表情。
「くら寿司でスイーツ我慢したからアイス食べに行こうよ~」
なんて言うから、ほんとビっくらポン!あらためて今後の作戦を伝えるとやっと思い出してくれて、ちょっと赤面していて可愛かった。
サプライズに奥さんはとても喜んでくれた。それとなく奥さんにデザインなど確認してネットを開くと、もうそれしか出てこない仕様になってしまうほど下調べをした。
子どもたちを連れていく事も考慮して、できるだけ短い時間で済むよう“ 道 “という名のそれを準備してもらっていた。
ところが実際手にとって見みるとなんか思っていたのと違う……。パソコン上で見ると重厚なイメージであったそれはとても繊細で華奢に見えた。
(店入ってすぐ、頼んでたそれでお願いします!と自信満々に伝えたのに……奥さんの握力でこりゃイチコロや……)
「これが私の選んだ” 道 ”ですか?」
「はい、これがお客さまの選んだ" 道 "でございます」
二回りぐらい年下であろう若い店員の姉さんに我が道を示してもらったにも関わらず、お願いして他のものも見せてもらうことに。
存在感のあるゴールドのそれを次々と2人で選んでいく。しかし値段を見ると完全に予算オーバー。
でもお高いやつは、エッジが絶妙に優しくて本当につけ心地がいいんだな。指に密着してフィットするし、スッと入りスッと抜ける。
比較的予算に近いものをいくつか用意してくれたけど、一度味わったあの感覚が二人とも忘れられない。
これもいい、それもいい。とモチャモチャしていると、ここまでいい子にしていた子どもたちがついに暴れだす。
9歳三女が私たちがボツにしたそれらを次々と自分の指につけている!
「見てヴィランズよ!」
「きみはとても美しい!」けどやめようなっ
2歳次男はお姉さんに与えてもらったアンパンマンのおもちゃを投げつけ、姉と同じくそれに興味を持ちだした。
「コロコロ〜」コラァッー投げるな!
10万やでベイビー!
お姉さんの顔がかすかに引き攣り、子どもたちも限界に達した為、もう決めちゃおう!と最後に残ったものが2つ。
” マカロン "と" グレープフルーツ "
やっぱり私たちは食べ物ね。なんて言いながらこの2つをつけたり、外したり、光にかざしたりして何度も見比べた。
正統派でまん丸としたフォルムが可愛いマカロン。
果実のようなフォルムが個性的なグレープフルーツ。
一生つけるなら多分マカロンだったが、私たちはグレープフルーツを選んだ。奥さんの一言が決め手となった。
「グレープフルーツは酸っぱい、甘い、苦み、全てあるね」
全部ある。私たちみたい。
それを選ぶのに、最後名前で決めるなんて思ってもみなかったけど迷いは一切なかった。
それぐらい私たちにピッタリのフレーズだったのだろう。永沢くんもきっと「そうだ、そうだ!」と喜んでくれていたはずだ。
会計時に、高級なクリミアチョコソフトクリームをプレゼントしてもらった。口の周りをまっ茶にする子どもたちを横目に見ながら、高級グレープフルーツの決済を行う私。
時間が経って溶け出した息子のクリミアソフトを奥さんがお尻から吸いながら、息子の手や口についたソフトクリームを一生懸命拭きとっている。
「あいす」と書かれた鮮やかなブルーのコミカルなイラストタオルがまっ茶に染まっていた。
グレープフルーツのような瑞々しさはもうないけれど、過去を振り返りお互いに感謝したり、これからの未来に想いを馳せたり、忘れられない記念日になった。
そんな私たちのグループフルーツ記念日。