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通訳者は「通訳」するだけ?

第五章【大量解雇・さようなら】

大人同士では普段「さようなら」と言わないのは、日本語を習っている外国人の方の間でもなぜかあまり知られていません。
幼稚園では、「先生さようなら、皆さんさようなら。」と挨拶していましたが、仕事が終わって帰る時には「おつかれさまです。お先に失礼いたします。」友達との別れ際には「バイバーイ、またね。」など。

☆ ☆ ☆

2009年と聞いて一番に連想するものはなんでしょう?

私はリーマンショックです。
2008年9月の破綻、その影響を身近に感じたと思ったら一気に多くの会社の倒産・失業者の増加。

コロナ禍における経済活動の低迷はリーマンショックのそれに並ぶもの、いやそれ以上と報道されていますが。その実感は今はまだありません。
工場が稼働していること、経済が回っていること、職を失った人が身近にいないことが理由です。

・GDPの統計ではなく失業者数(就業者数)増減の統計データ参照
Source: STATISTIKA&MY Magazin Ceskeho statistickeho uradu

日立家電でお仕事をさせていただくようになって一年が経過・・・、工場は閉鎖されました。
いえ、正しくは、工場閉鎖および全従業員解雇の裏方役を担わせていただきました。
当時26歳。

勤めていた会社が倒産した経験をお持ちの方のお話は時々伺いますが、その反対側にいた方の話はあまり伺いません。

あれから10年経ちましたが、記憶の全容公開は控えましょう。
端的に纏めると以下の通り:

・全関係機関(チェコ官公庁)への通知、面談、PR関係者への対応
・約800人程の全従業員の解雇(スケジュールを組み段階的に実施)
・職安との連携、周辺企業などへの斡旋
・製造設備の売却・他拠点への移動
・投資助成金の返還
・資産・消耗品の売却・譲渡・処分
・契約解約手続き
・駐在員の帰国(駐在員の帰任先確保)
・書類のアーカイブ
・その後の計画

工場勤務はサービス業の勤務とは大きく異なります。
人員が欠けるとラインが回らない、部品がないと物が作れない、不具合が出るとラインを止めなければならない(その後ソーティング)。採用に予算に監査。
工場立ち上げから少なくとも三年はほっと一息つく暇はありません。
しかし、忙しくてもしんどくても何かが少しずつ出来上がるという喜びは得られます。

工場閉鎖というミッションに喜びはありません。

上記の業務以外にも、組合を含め従業員の方々と対話を積極的に行われたマネジメントの通訳に日々努めました。
その他の業務は夜間に。
通訳を行う以外にも、個人としてたくさんの方と話をし皆がどういう気持ちかをマメに伝えるようにしていました。
コミュニケーションは多ければ多い方が良いと考えました。

様々な困難を乗り越え、無事スケジュール通りに工場は閉鎖されました。
最後の日本人駐在員の方を空港にお見送りした際、「さようなら」と言った気がします。
声に出さなくても心の中で・・・。

その後車に戻り、「業務完了」と自分に伝え大泣きしました。
緊張の糸が切れ声を出して泣きました。

入り混じった感情
しんどかった
がんばった
全うした
別れが悲しい
自分の居場所を失った・・・

☆ ☆ ☆
その後も次なる業務をいただいていたのですが、二、三日はもぬけの殻でした。
そして初めて発生した業務ミス。

駐在員帰国後には、一週間以内に所管の労働局に帰任届の提出が必要。
なんだかもたもたしていて、郵便局の動きも悪く帰任届は8日目に労働局に届きました。

その後、罰金支払い通知が届きました。
ビジネスの世界、当然私が支払いました。

☆ ☆ ☆
「阪本さんならこういう時どうする/どう思う?」

様々なシチュエーションにて様々なクライアントに質問されます。

・工場建設地の選択
・従業員の採用
・メーカーとの交渉 などなど

あくまでも参考意見として。

工場閉鎖が決まった時にも尋ねられました。
「もしもの話だけど、この工場を閉鎖しなきゃいけないって言ったらどう思う?」

失礼にならないようにもう少しオブラートに答えましたが、私の回答は「資本主義社会、ビジネス取れないなら閉めるしかないですね。」

「阪本さんって冷たいよね。じゃ、よろしくね!」

手紙は時々日本の親戚・知人、小学校5、6年生の担任の先生に出していましたが、お世話になったその方にも後日お送りしました。
(その後も毎日業務メールのやりとりがあったので、郵送は大袈裟だなと思いPDFにしてお送りしました。)

「信頼して業務を任せていただいてありがとうございました」という内容のもの。
ついでになぜか日本語とチェコ語の諺の比較表を作成。

「私、いつも冷たいねと言われていましたね。感情的にならず冷たく(冷静に)仕事ができたのは、〇〇さんがとても暖かくて他人思いの方だからですよ!」(といった感じです。手紙データはもうアーカイブに送りました。)

いつも従業員のことを考えて仕事をしていた方。
こんなに優しくしていたら悪用されるんじゃないかな、時間がいくらあっても足りないのでは?と他人事なのに心配になりました。

じゃあ私は嫌われ者になってもいいので、私というフィルターで解決してみよう。(笑顔は忘れずに!)

「こいつ冷たいな、感情に訴えかけて丸め込めないな。またロジックだの資料出せだのうるさいな。面倒くさ、試すのやめとこ。」

通訳者の枠から一歩外に出た私の最初のストラテジーは陰陽でした。
陽を立てたい、様々なことが順調に進むようお膳立てしたい。そのためには悪役(陰)でも・・・しょうがないな。

つづく

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