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吉祥寺 源氏物語を読む会 #2「桐壺」現代語訳(命婦が桐壺更衣の母を訪問~藤壺入内、光源氏の思慕)

本記事は6月28日(日)に開催した「吉祥寺 源氏物語を読む会」にて発表した、吉田裕子作成の『源氏物語』「桐壺」巻の中盤部分(命婦が桐壺更衣の母を訪問~藤壺入内、光源氏の思慕)の現代語訳を掲載しております。

当日の講座映像・配付資料にもリンクしています。(当ページ最下部) 現代語訳作成の方針はこちらに記載しております。

第1回の講座(冒頭~桐壺更衣の葬儀、命婦の訪問の前半)は、こちらより購入・視聴していただくことが可能です(第1回、この第2回をはじめ、54帖ぶん全てを含むお得なパック形式の販売もあります)。

なお、以下の節番号は、小学館『新編 日本古典文学全集』の小見出しと対応しております。

ここまでのあらすじ

若き桐壺帝は弘徽殿女御らを差し置いて、桐壺更衣ばかりを愛する。恨みを買った彼女は嫌がらせを受けて衰弱し、とうとう、幼き一人息子(のちの光源氏)を遺して亡くなってしまう。数え三歳の光源氏は事態を理解していないが、桐壺帝、桐壺更衣の母は悲嘆に暮れる。遺児の様子も気になる桐壺帝は、更衣の母のもとに使者を遣わす。寂しく泣き暮らす老母は、娘を偲ぶよすがとなる使者の訪問に嘆きの言葉が止まらない。

桐壺8の2  老母の恨み言を聞き、帰り難い命婦

「子を思う親心の闇も堪えがたいものです。あなたとお話をさせていただくと、苦しみのほんの一端だけでも晴らすことができるように存じます。よろしければ、公の勅使としてではなく、ひっそりと個人的にお越しくださいませ。娘が宮中にお世話になったここ数年間、あなたのお越しは、嬉しく名誉なことがあるときでございました。ですのに、こうした悲しいご連絡でお目にかかることになろうとは、返す返すも、長生きのし甲斐のない我が人生でございます。思えば、亡き娘は生まれたときから、親が期待をかけた子でございました。この子の父親である大納言は、臨終のまさにそのときまで、ただ、『この人が宮仕えをするという宿願、必ず叶えてくれよ。私が死んだからといって、あきらめてはならない』と繰り返しておりました。私としては、しっかりとした後ろ盾もない宮仕えはかえってしない方がましだと思ったものの、とにかく亡き夫の遺言を裏切るまいとの思いで、宮仕えに出させたのでございます。分不相応なほど、大切にしていただきました。後宮では人並にも扱われないような身の上でしたが、ただただ畏れ多き帝のご愛情を頼みに頑張っておったようです。しかし、人様の妬みが積もり積もって、気苦労が多くなるにしたがって体調を崩し、とうとう普通ではない死に方をすることとなってしまいました。こうなってくると、ありがたくも尊い帝のご愛情が、かえって恨めしく思えてくるのでございます。これも、子を持つ親ゆえの盲目でございましょう……」
と、最後まで言い切ることもなく、涙に溺れていらっしゃるうちに、夜も更けてしまいました。
「帝も同じご様子です。『自分の心ではあるけれど、やたらと愛しく、皆を驚かせるまでに執着をしたものだ。それも今思えば、長く続かない仲だったからなのかもしれない。今となっては、切ない縁であった。私は帝として、人の心を虐げることはすまいと思っているのだが、ただこの桐壺更衣との仲ゆえに、帝にふさわしくない恨みをあまた買うこととなってしまった。挙句、このように独り取り残され、どうにも気持ちの収拾がつかない状況で、ますますみっともない愚か者と成り果てた。いったい我々はどのような前世の縁だったのか、知りたいものよ』と何度もおっしゃり、泣いてばかりでおいでです」
と命婦は語って、二人の会話はまだ尽きることを知りません。命婦は泣きながら、
「夜もすっかり更けてしまいましたので、そろそろお暇しなくては。今夜のうちに、お返事を帝にお届けしましょう」
と急いで戻ろうとします。
 月は沈みかけで、空全体が美しく澄みきっています。風はとても涼しくなって、虫が声々に鳴くのも、涙を誘うかのような風情なのも、実に立ち去りがたい草むらの家でございます。
鈴虫のように声の限りを尽くして泣いても、秋の夜長でも足りないほどに涙はこぼれ続けるのです
と詠む命婦は、なかなか牛車に乗り込む気持ちになれません。更衣のお母さまは、
夜露の中、虫がしきりに鳴いております。そんな草深い我が家に、さらに涙の露を付け加えなさる宮中のお人よ
と、つい愚痴も申し上げてしまいそうになります」
と、女房づてに伝えました。
 何か贈り物を思いますが、風情のあるものを贈る場面でもありませんので、ただ亡き更衣の形見として、こうして役立つこともあろうかと残しておいた御装束の一揃い、それに髪結いの道具などを添えてお渡しになりました。
 年若の女房たちは、桐壺更衣を喪った悲しみは当然のこととして、一方で、はなやかな宮中暮らしに馴染んでいますから、この実家の侘び住まいは物足りなく、帝のご様子なども懐かしく思い出します。それもあって、早く参内なさるよう、お勧め申し上げているのですが、お母さまはこのような不吉な身が若宮に付き添って宮中に行くのも世間体の上から憚られ、かといって、若宮だけを参内させて、お顔が見られなくなると思うと、それもとても心配に思えて、参内を決心するのは難しいのでした。

桐壺9  命婦の報告を受け、悲しみに浸る帝とそれを解さない弘徽殿女御

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