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吉祥寺 源氏物語を読む会 #1「桐壺」現代語訳(冒頭~命婦が亡き桐壺更衣の母を訪問する)+講座動画・原文抜粋

本記事は6月7日(日)に開催した「吉祥寺 源氏物語を読む会」で発表した、吉田裕子作成の『源氏物語』「桐壺」巻の途中までの現代語訳を掲載しております。

当日の講座映像・配付資料にもリンクしています。(当ページ最下部) 現代語訳作成の方針はこちらに記載しております。番号は、小学館『新編 日本古典文学全集』の小見出しと対応しております。


桐壺1 物語の幕開け、愛され過ぎた桐壺更衣

 あれは――何天皇の頃でしたか……。女御や更衣が何人も帝のお側仕えをしている中に、大変尊い身分というわけではないお方で、特に愛されている女性がいたのです。お部屋の関係から「桐壺更衣」と呼ばれたお方でした。
 桐壺更衣が帝のもとにお見えになったその日から、「わたくしこそが帝に愛されるべきだ」と自負していたお妃たちは、彼女を目障りな存在として蔑むと同時に、めらめらと嫉妬心を燃やしました。桐壺更衣と同じような身分、あるいは、それよりも低い身分の者たちは、なおのこと憎らしく思っております。
 朝な夕な宮仕えをするにつけても、周囲の心をざわつかせ、恨みを買っていったからでしょうか、桐壺更衣は徐々に具合が悪くなり、実家に下がりがちになりました。何とも心細そうなありさまです。しかし、そういう状態になってこそ、帝はますます「そばにいたい」とお考えになるのです。桐壺更衣よ、なんとかわいそうで、愛おしくて……あぁ、もっと一緒にいたい――と。こうなると、世間が悪い評判を立てていようと、気にする余裕さえなくなってしまうのです。都の誰もが二人の噂をするのも時間の問題でした。上達部や殿上人の皆さまも、「呆れたことだ」と横目に見たり目を背けたり。もう見ていられないほどのご贔屓ぶりでした。
 「中国でも、こういうことがきっかけで政情が不安定になったものだ」と、だんだん世の中全体でも憂慮の対象となり、玄宗皇帝を狂わせた楊貴妃の例が持ち出されそうな状態になってきます。桐壺更衣ご本人も大変いたたまれないのですが、畏れ多き帝のご愛情だけを頼りに、何とか宮中生活を続けるのでした。
 彼女のお父上は大納言でしたが、既に亡くなっています。お母上は由緒正しい旧家のお方で、娘の宮中生活をできる限り支えていました。桐壺更衣と競っているのは、両親がきちんと揃い、勢いのある女性たちです。彼女らに見劣りしないよう、お母上はあれこれ手を尽くしていたのですが、やはり、後ろ盾に欠ける桐壺更衣は、あらたまった席で頼れる人もおりませんで、心細く過ごしていました。

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