41-3.「発達障害の過剰適応」問題を知っていますか?
発達障害支援「事例検討」研修会
ご案内中の注目新刊本「著者」研修会
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1. iCommunityが目指すこと
iCommunityが正式オープンしてもうすぐ1ヶ月となります。参加者の方も増え、それぞれのコミュニティ内で活発な情報共有や意見交換が始まっています。まずは、皆様のご協力に御礼を申し上げます。
さて、今回は、改めて私たち臨床心理iNEXTが、どのようなことを目指してiCommunityを立ち上げたのかをお伝えしたいと思います。私たちがiCommunityを創設した理由は、心理職ワールド内に、少しでも良いので心理職が「心理的安全性」を感じる場を創りたいと願ったからです。
今、心理職ワールドは、大きな変革を経験しています。医療や行政の主導で公認心理師制度の導入が進み、活動モデルや価値観が変わりつつあります。その変化の中で職能集団や学会の分裂などの混乱が起きています。それに伴って心理職の間でも分断が起きて安心して仲間で語り合う場が失われつつあります。そのような分断や混乱の中で心理職は、新たな制度に順応することを求められ、急かされて落ち着かない日々を送っています。
だからこそ、心理職が自分の意見や気持ちを安心して表現できる「心理的安全性」を確保する場としてiCommunityを創設しました。
2.今、なぜ「心理的安全性」なのか?
さらに、私たちは、ポストコロナの時代の中で、AIに代表される、社会の急激なICT化による変化の嵐に巻き込まれています。そのような社会変化の中で、本号でも紹介する「過剰適応」や「ゲーム依存」などの新たな心理的問題が生じてきています。また、ウクライナや中東の戦争による社会不安も増大しています。高齢化や社会格差による心理的問題も広がっています。心理職は、そのような現代社会の問題に対応していくことが求められます。
心理職ワールドの分断や混乱が進む一方で、このように社会からの心理支援へのニーズが高まっています。だからこそ、臨床心理iNEXTは、「対人関係においてリスクある行動をとったとしても、チーム内が安全であるという気持ちがメンバー内で共有された状態である」と定義される心理的安全性を重視したいと考えました。
心理職が「心理的安全性」を感じることができる場となることが、iCommunityのミッションなのです。「心理的安全性」が高いと、意見の対立があってもチーム内で安心して仕事に専念できるからです。
3.公認心理師制度への少しばかりの懸念
心理職の国家資格化、つまり公認心理師制度は、心理支援を社会サービスとして発展させていくために導入されました。それは、深刻なメンタルヘルス問題を抱える多くの国民のニーズに応えるためでした。心理職にとっては、活動の場が広がるということでもあります。その点では、望ましい動向です。
ただし、少しばかり懸念もあります。その導入が医療と行政の主導で進んでいるからです。公認心理師制度の普及を進める動きの中で心理職自身は、受け身になっています。政策立案において心理職がどれだけ関与しているのでしょうか。むしろ、心理職は、医療関係者や行政官の主導で決定された政策を実行する役割を担っているだけのように見えます。実際に公認心理師制度として進められている施策には、心理職の主体性と、本来の意味での専門性が反映しているようには思えません。
医療関係者や行政官の主導による政策決定の問題は、心理職の主体性と専門性が蔑ろにされているだけではありません。むしろ、本質的に深刻な問題は、公認心理師制度の背景に旧式の医学管理モデルや行政管理モデルがあることです。その結果、心理職は、公認心理制度に組み込まれることで医療や行政に管理され、自由で柔軟な活動が難しくなる危険性があります。
なぜ、それが危険かというと、現代の日本社会において起きている心理的問題に対応するためには、心理職の自由で柔軟な対応が必要となるからです。
4.「発達障害の過剰適応」問題を知っていますか?
「発達障害の過剰適応」は、日本特有の問題として深刻な事態となっています。通常、ASDや ADHDのような発達障害は、社会適応が難しいと言われています。それに対して、同調圧力や「空気を読む」など、適応志向が非常に強い日本社会では、発達障害を早期に発見し、SSTなどを用いて適応教育を実施することが多くなっています。
医療における「発達障害の過剰診断」や学校における「発達障害の拡大適用」などがあり、保護者は過剰なほどに“発達障害”に敏感になっています。そこに株式会社も参入し、幼児教育や受験教育と関連して発達障害特性を持つ子どもへの早期指導が進んでいます。
発達障害特性を持つ子どもは、自己の意識や自他の区別が脆弱であるために、適応指導教育に抵抗できずに、むしろ過剰にそこに適応してしまう傾向があります。しかし、発達特性による限界があり、ある時期になると適応が困難になります。
5.日本文化特有の同調圧力が「過剰適応」を作る
「過剰適応」とは、外的適応を優先させることで内的適応がないがしろになることです。内的適応がおろそかになることで、結果的に精神的健康が損なわれます。現代の日本社会の発達障害支援においては、過剰な適応を求める日本文化の適応志向性が問題の悪化要因になっています。
しかし、心理職や精神科医、特別支援教育関係者の間でも、発達障害の「過剰適応」問題の意識が薄く、発達障害であれば適応指導をすれば良いと安易に考えて、逆に問題悪化に関与してしまっていることが少なくありません。
発達障害の「過剰適応」は、適応できる「理想自己」と、実際にはそれができない「恥ずべき自己」(「現実自己」)という自己の二極化を起こし、自尊心の傷つきをもたらします。外傷体験が累積され、否定的な自己概念(「恥ずべき自己」)が形成され、それが否定的な方向に歪むほど、代償的に極端な「理想自己」が必要とされます。「恥ずべき自己」を強く意識するほど、「理想自己」の「理想」は、現実離れした「高い理想」(到達すべき人生の目標)として設定されます。
「理想自己」の「理想」は、「障害」という制約のために到達不可能な目標になります。決して到達しえない「理想」と、変えることが困難な「現実」との間で揺れ動き、「恥ずべき自己」を克服するための努力が、「過剰適応」と相俟って、決して終わることのない自己との闘いとなり、次第に燃え尽きていきます。
6.「恥ずべき自己」と「理想自己」の乖離に対処する
青年期や成人期において問題が発現する発達障害やその特性を持つクライエントの背景には、このような日本社会の特徴があるのです。そこで冒頭に示した「発達障害『過剰適応と自尊心の傷つき』の理解と事例検討」研修会を開催することとしました。
「過剰適応」の問題は、単純にカウンセリングをして共感的に傾聴すれば良いというわけでもないし、認知行動療法や精神分析を適用すれば良いというわけでもないのです。研修会では、副題に『「恥ずべき自己」と「理想自己」の分裂を巡って』とあるように、「恥と自己愛の精神分析」(岩崎学術出版社)といった著作も参考にして問題の理解と支援法を柔軟に探っていきます。
まず発達障害のアセスメントと心理支援を専門とする糸井岳史が「過剰適応」における発達特性と自己の問題を解説します。次に、認知行動療法を専門とする下山晴彦が関連事例を発表し、精神分析を専門とする岡野憲一郎が「自己の分裂と恥」や「解離性障害」の観点からコメントをします。最後に、実践的観点から糸井も交えて発達障害の「過剰適応」問題の理解と支援についての議論を深めます。
7.至る所で起きているゲーム依存に対処できますか?
現代の心理支援を実践する上では、社会文化的な特徴を考慮するだけでは十分ではありません。時代の変化に対応することも必須となります。10年前と現在では、本質的な変化が起きています。特にICT(情報通信技術)の変化によって生活のあり方そのものが変質しています。コロナ禍もあり、オンライン教育やテレワークが日常となり、学校や会社の在り方を本質的に変えました。
特にネットゲームは、オンラインで他者とも繋がり、深刻な「ゲーム依存」を引き起こしています。ゲーム依存は、問題の原因だけでなく、他の問題の維持要因ともなります。また、昼夜逆転や引きこもりと関連し、家族関係や社会生活に深刻な問題を引き起こします。そのため、ゲーム依存への対応では、個人への介入とともに家族や学校との連携が必要となります。
ゲーム依存のような新種の問題に対しては、時代の変化に対応できる最新情報と、それに基づく心理支援技法の開発が求められます。そのためには、現場での経験に基づいて柔軟に対応できる心理職の主体性が必要となります。そこで、臨床心理iNEXTでは、冒頭で紹介した『ゲーム依存に対するスクールカウンセラーの総合力を養う』研修会を開催しました。
そこでは、「ゲームの最新事情」「ゲームにハマる複合要因」「ゲーム依存対応の動機づけ面接」「ゲーム依存対応のチーム形成」「関係者の役割分担」「認知行動療法による代替行動形成」など、最新の知識と技法を解説します。オンデマンド配信は、12月5日(火)まで受け付けておりますので、ぜひご視聴ください。
8.だからこそ必要なケース・フォーミュレーション
「発達障害の過剰適応」や「ゲーム依存」のような問題は、日本文化に即して、そして時代の変化に即して、柔軟に対応をしていくことが必要となります。既存の診断分類や薬物治療では対応できないだけでなく、既存の心理療法でも対応できません。むしろ、従来の診断や治療法に拘ることが問題の悪化につながることもあります。
したがって、現場の心理支援の経験から、対象となる問題の成り立ちを検討し、適切な介入法を開発していく主体性が必要となります。そこで重要となるのがケース・フォーミュレーションです。臨床心理iNEXTでは、ケース・フォーミュレーションを心理職の中核技能と位置付けて、冒頭に示した『ケース・フォーミュレーションの作り方と使い方を学ぶ』研修会を企画しました。下記がプログラムです。
9.公認心理師制度の光と影
日本では、社会や文化の特徴と関連し、さらには時代の急激な変化にともなって次々に新たな心理的問題が生じてきています。心理職は、そのような新種の問題に柔軟に対応していくことが求められています。ところで、公認心理師制度に組み込まれつつある心理職は、そのような柔軟な対応は可能なのでしょう?
第42条第2項「当該支援に係る主治の医師があるときは、その指示を受けなければならない」との規定に象徴的に示されているように、そこには旧式の医学中心の管理モデルがあります。日本の精神医療には、そのような医師中心の管理モデルが根強く残っています。それは、日本の精神医療が、世界のメンタルヘルスの動向から大きく立ち遅れ、深刻な問題を改善できていない要因となっています。
※)https://mjpsw-jinken.com/free/genkai-higai
また、日本の行政システムも、旧式の管理モデルから脱することができていません。心理支援サービスは、生活機能の援助モデルに基づき、多職種の協働チームにおいて行われるものです。そこでは、医師や行政官も、他の専門職、さらにはユーザーと平等に連携し、支援を形成していきます。諸外国では、そのようなチーム支援が定着しています。
しかし、日本においては、それができていません。行政は管理モデルから脱していません。例えば、子どもの支援において非常に重要な役割を担う児童相談所が適切に機能しないのは、そこに行政の管理モデルが深く影を落としており、組織変革ができないことも一因と考えられます。
もちろん公認心理師制度には、心理支援を公共サービスにしていくという重要な目標があります。そのために多くの人々が力を合わせて制度作りを進めています。それに協力することは心理職として必要なことです。しかし、公認心理師制度は、希望の光に満ちた側面だけではありません。影の側面も見ておく必要があるでしょう。
10.改めてiCommunityが目指すこと
現代社会では、高度情報社会が急激な勢いで発展しています。「過剰適応」や「ゲーム依存」といった新たな問題が次々に生まれてきています。そこでは、自由で柔軟な発想で問題を理解し、適切なケース・フォーミュレーションを形成して介入していく心理職の主体性と専門性の発展が必要となります。
ところが、心理職が公認心理師制度に組み込まれていくことは、医学モデルや行政モデルに従って管理的役割を担うことにもつながります。現在、日本が直面している問題は、既存の方法では解決できなくなっているものばかりです。医学モデルや行政モデルが既に役立たなくなっていることは、我が国において目を覆いたくなるほどのメンタルヘルスの問題が起きていることからも明白です。
このように公認心理制度に組み込まれることの危険性は、利用者である国民のニーズに柔軟に即応できなくなることです。むしろ、旧式の医学モデルや行政モデルの管理に従うことで、問題の維持や悪化に加担することにもなりかねません。これが、公認心理制度の影の部分です。
そのような危険性があるからこそ、ささやかなものであっても良いので、心理職の主体性と専門性を守り、育むコミュニティの存在がとても大切になります。心理職が管理から自由になって自分たちの経験や気づいたことを共有できる場があればよいと思います。現場でわからなかったことや疑問に思ったことを共有し、一緒に考える場があれば良いと思います。自由に問題を共有できる安心な場があることが、柔軟な発想を生み、心理支援のイノベーションを起こします。
臨床心理iNEXTのiCommunityは、そのような願いから生まれました。
■記事校正 by 田嶋志保(臨床心理iNEXT 研究員)
■デザイン by 原田優(公認心理師&臨床心理士)
〈iNEXTは,臨床心理支援にたずさわるすべての人を応援しています〉
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