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魔法使いはいらない

 五年生になった時から担任の先生がキラいでキラいで、いっつも顔怒ってるから誰怒っとるんや思うてよう見たら僕を怒ってるらしい。
 先生の名前は大江信一。歴代担任最速で覚えた。
 他のクラスの担任の先生はアイドルみたいなかっこいい先生やのに、うちの大江先生は時代劇で切られる専門みたいな顔をしてる。
 まあ、僕も怒られたくらいでしょげるのがイヤなのでわりと反発をした。
 反発をしたら何回も職員室に呼び出された。あくじゅんかん、や。
 お母さんからついでに、じょーしゅーはん、いう言葉も教えてもろた。

「おいケン!休み時間に窓際で戦隊ごっこあかん言うたやろ。わし日本語で言うてんねんや。女の子の戦隊まで揃えてどんだけ盛大にやりたいねん!」
 タバコくさい先生やった。
 先生を見てタバコを思い出すならわかるけど、タバコを見て大江先生思い出すくらいやからこれは重症や。
 こないだお母さんにそない言うたら、腹抱えて笑てた。
 大丈夫か、今の大人。

 さて大江先生、ほんまにおまえさんは!言うてから、
 お決まりのように、尻をパ~ンと叩いた。
 周りの若い先生が「ああ、大丈夫か」という様子で息をひそめてる。
 先生からお尻叩かれたことない人は知らんやろ、音ほど痛ないわ!て精いっぱい心んなかで言うたった。
 それと、あの人たちの「ああ、大丈夫か」は僕のことを心配してるんやない。僕らのお母さんたちから怒られるのを気にしてる情けない大人たちなんや。
 うちの担任ほんま大丈夫か!のびのびやってるけど。こっちが心配するわ。
 まあ、しかし僕とにかくよう怒られてる。大江先生ん家の子どもより怒られてるんと違うかいな。

 お母さんと先生だけの保護者面談はキラいやないけど三者面談は気絶するほどキラいや。
 大江先生とお母さんが僕のことを僕の前で話し合う。とんでもない!
 こういうの、ごーもん、て言うんやろ。
 しかも、大江先生はお母さんにまあすっきり全部話す。
「ケンくん、あんまり算数が好きと違いますなあ」
 なんか他に言い方ないんか、算数とは親友にはなれませんなあ、とか。
「はい。。」
「私は算数苦手なこと自体はあんまり問題やと思うてません。算数苦手な人は世の中たんまりおります。そのうちの一人は私です」
お母さんが表情に困る。
「しかし、できない、の中にこそ人それぞれの問題があります。やってできへんのか、やらんでできへんのか、あきらめてやらへんのか、他のことに夢中になってできへんのか」
「はい」
「ケンくんはじっくり落ち着いて目の前のことをやるというのが、、」
 僕の顔をいつもより優しい目で見て、
「、、ちょっと苦手かもわからんなあ」

 帰り道お母さんに訊いた。
「お母さん、あの先生どう思う?」
「ええ先生や。口悪いけど本気や」
 意外やった。大人ってわからない。
 自分の子どもを一度も褒めてもらったことがないのに、ええ先生?

 また大江先生から職員室に呼び出された。
「これケンのプリントやろ!ユミちゃんが拾うて届けてくれた。あとでお礼言うとき。で、問題はこの落書きや。これは復習プリントやで。しっかり間違えたとこ自分で見直して、次は絶対に間違えへん言う戒めのために溜めて置いとくもんやろ!なんやこんなへんてこりんなおっさんの顔書いて、、これわしと違うんか、、おまけに無くすとは!」
 ほっぺたを少しつままれた。こんなすべすべもっちりしたほっぺた一回百円とるで。
 パ~ン。またお尻たたかれた。

 国語の時間に魔法使いの物語を勉強した。
 国語は好きやないけど(国語以外も好きやないけど)魔法使い、いうのに興味が湧いた。
 そんな便利な人がいるんやったらぜひ僕を手伝ってもらいたい。
 忙しいで。僕の用事だけで日が暮れるで。

 勉強の全科目頭に詰めこんでもうて。
 プロレス技も詰め込んでもうて。
 テストの点ちょっとサービスしてもうて。
 いじめられっこを助けて。
 サユリちゃんに好いてもうて。
 お母さんが間違えておやついっぱい買ってきて。
 お母さんが間違えておこづかいいっぱいくれて。
(ああ、そうそう大江先生や。。)
 大江先生が職員室に僕を呼び出さんようにして。
 大江先生が学校に来んようにどっか閉じ込めて。

 魔法使いってほんまにおるんやろか。
 もう五年生になったんやから実際におらへんの知っとる。
 そやけど、あんだけ何回も授業で魔法使い魔法使い言われたら、おりそうな気がしてくるやんか。学校てなんやねん。
 家に帰って、お母さんに訊いた。
 魔法使いってなに?
 いる?って聞くの恥ずかしかったから、なに?、て訊いた。
「なんや、その質問は」
 お母さんは笑ってから、
「私がケンの専属の魔法使いや。ご飯も、おやつも、散髪も、なんでもして欲しいこと叶えてやってるやろ」
 こら、話にならんわ。
 部屋に入ってまた遊びに出るまえに窓から空を見た。とんぼがけっこう飛んでた。

 自分でなんでもせないかんのわかるけど、時々は頭ぐちゃぐちゃになって魔法使いに手伝ってもらいたいときがある。
 それをヤマちゃんに言うたら、普通は自分が魔法を使えるようになりたいて言うんちゃうんか、と言う。
 それは面白ないわ。なんでもできたらもうすることなくなるやん。
 そりゃまあ、五分だけ使えたら、サユリちゃんと仲良しになって、大江先生を学校に来んようにして、と有効活用するけどな。
 全部はいらん。なんかこわい。魔法が使えるのって。
 で、頭ぐちゃぐちゃの話。こないだお父さんに言うたら、ほなら一日交代してみよか、て笑た。
 大人が大変なの解る。
 でも、僕らもなんや子どもの面倒くさいこともありながら、少しずつ大人の面倒くさいことも解ってきて、イヤになることがある。
 そこは小学生や言うてもチビさんとは違うのよ。
 ちょっとしたいたずらも子どもの頃の最後のイベントや。固いこと言わんで欲しいのに。

 国語の魔法使いの物語は今日で終わった。結局国語は解らんかったけど魔法使いのことは詳しくなった。学校もたまには楽しい。
 魔法使いどっかから飛んでこんかなぁ。
 社会の授業中、ずっと窓から空眺めてた。

 大江先生が最近休んでる。
 魔法使い見つからんのに魔法が効いたんか?え、まさか僕が魔法使い?
 大江先生のいない職員室を覗いた。すると、おう、久しぶり!と言われた。大丈夫か僕。
「なんで、大江先生休んでんの?」
 隣の席の先生が、うん、とはっきり答えてくれへん。
 後ろから、音楽の先生が、
「また、すぐ出てきたらうるっさいでぇ!」
と言う。
 出てきてもエエけどうるさいのはあかん。

 なんや噂では大江先生病気らしい。
 副担任の若い男の先生が臨時の担任の先生になった。名前忘れた。
 大江先生とおんなじ種類の生物と思われへんほどすっきりしてええけど、  なんかシャカリキすぎる感じがする。
 若いからかなあ。子どもが言うのも変やけど。
 叱られてばっかりの人間が急に叱られへんようになったら、なんか物足りん感じがする。
 新しい先生はなんと僕のこと誉めてくれることもあるけど、きれいな言葉はあんまり信用できへん。だってきれいな言葉の方が言うの楽やんか。
 子どもやのに汚れてしもたんかなあ。
 大江先生学校に出てきて責任とってくれ。
 職員室通るとき思わず方向転換して入りそうになる。周りの友達はそんなことないよという。エラいもんやなあ習慣て。
 案外、職員室キラいやなかったりして。
 魔法使いになんでも簡単に頼まんかってよかった。
 今日も職員室に入ったら、ケンどこ行っとったんや、言うて、僕先生と違うで。生徒やで。
 そんな冗談も言いたかったけど大江先生のいない机みたら、なんやそんなことも頑張って言わんでもええわいう気になる。
 不思議なやあ、人間て、その時の雰囲気で行動が変わるんや。
 初めてわかった。

 大江先生死んだって。
 人間てそんなに簡単に死ぬもんか。
 家で泣こう思たけど、クラスのみんなにつられて僕も机で泣いてしもた。
 お尻叩かれんのはイヤやけど。大江先生の手の大きさお尻で覚えてしもた。
 恥ずかしいから誰にも言えんけど。これって大人になっても覚えてんの?

 家に帰ったら、お母さんが泣いてた。
 お母さん自分の親が死んでも泣かんかったのにな。それて、きじょー、て言うんやろ。
 お母さんは僕に気がついて、
「今日はお母さんちょっと元気がないから、おやつは昨日の蒸しイモ食べといて」
 こら、話にならんわ。

 部屋に入ってまた遊びに出るまえに窓から空を見た。いつの間にかとんぼが増えてた。

 魔法使いはいらん。
 魔法使いは便利でええなあ、て言いながら、やっぱりちょっとだけ面倒くさい生活するんがええ。
 びくびくしながらやっぱり職員室に呼び出されて大江先生にお尻ペンペンされてお尻が大江先生覚えてるほうがよっぽどええ。
 サユリちゃんが他の男の子と仲良くしてても、おこづかいが山ほど増えんでもええ。
 テストの点数は自分で増やした方がかっこええ。

 もし、魔法使いがおるんやったら。

 もし、魔法使いがおるんやったら。

 大江先生の病気治してもらいたかった。

 また泣きそうになったから、サッカーボールつかんで飛んで出た。