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SAVE DATA 第二十二話〈創作大賞2023 イラストストーリー部門〉
SAVE DATA 22「欲求」
私と咲織先輩は季節が変わっても、家で何度も交わった。しかし、それ以外は何も生まれない時間だった。
そんな怠惰な関係をしているうちに、私は不安になった。
「・・・せんぱい、受験勉強大丈夫ですか?私邪魔じゃないです?」
「邪魔じゃないよ」
「・・・本当ですか?」
「うん、本当」
その声音は、どうやら嘘を言っているようではなかった。私は少し安堵して、質問を続けた。
「先輩、ひとつ聞いていいですか?」
「ん?なに?」
「卒業したらどうするつもりなんですか?」
「ん、卒業したら?」
先輩は、それから少し黙った。
「答えたくなかったらいいんです」
「んーん。仕方ないなぁ。亜理紗には教えてあげるよ」
先輩は照れたように、少し笑っていった。
「私、教師になりたいんだ」
「え・・・初めて知りました。先輩、先生になりたかったんですね」
「うん、いつかはね。何だかあらためて言うと恥ずかしいから周りには内緒にしてて。妹と亜理紗にしか言ったことないんだよ」
「わかりました。内緒にします」
「うん、ありがと。まあそんなわけだからさ、卒業したら関西の国立大学の教育学部に行くつもり」
私はまだ高校一年生だ。大学受験がどんなものなのかも想像がつかない。だけど、卒業した後の願望はある。たった今生まれた願望だけれど。
「じゃあ、私も先輩と同じ大学に行きます」
そういうと先輩は笑った。
もう一度、キスをして私たちはまた笑い合った。
・・・
やがて季節は冬を迎え、年も明けた。学校で三年生の姿を見ると、笑顔を浮かべている人も少なく、皆平然と過ごしているような素振りだが、常に受験が気にかかっている剣呑な表情も垣間見せた。
しかし、咲織先輩は相変わらず明るかった。
6月に怪我をした時はその明るさが逆に不安になったが、今では逆のベクトルで私たちを不安にさせた。
恐らく私と接する時だけではなかったと思う。ほぼ常にそんな様子だ。しかし、私はそんな先輩に不安を感じながらも、自分の欲求に忠実に、先輩を求めた。私は幸せだった。先輩と過ごす甘い時間が私に幸福をもたらし、それ以外のことをどうでもいいと思わせた。まるで溺れるように、その時間を堪能していたのだ。
やがて卒業式が訪れた。
卒業式で先輩の姿を探したが、しかし晴れ晴れとした卒業生たちの中に咲織先輩はいなかった。
おかしいな、と思って保健室を覗きにいくが、そこにもいなかった。
私は先輩の下駄箱を確認しに行くと、靴がないことに気づいた。
病欠したのかもしれない。何となくその推測は間違っているような気もしていたけど、私はその推測を信じた。
それから間もなく先輩と連絡がつかなくなった。
私は家に何度も赴いたが、どの時間でも先輩は留守だった。
先輩がいないという絶望が、容易に私を包んだ。恐らく考えうる限り、一番耐え難い絶望だったと思う。
・・・
激情に身をもまれる私を余所に、時は冷静に進み、やがて新学期が始まった。
始業式・入学式の後、新年度初めての部活が始まった。私はそこで目を見張った。
「おはよう、亜理紗!」
そこには、卒業したはずの咲織先輩がいた。
「・・・!?」
言葉を失った。
そんな私を見て、咲織先輩は笑った。
「どうしたの亜理紗?そんな顔して」
「だって、何で、咲織先輩が!?」
真っ先に留年という言葉が思い浮かんだが、口には出来なかった。
「私、やり残したことがあったのよ。千晴先輩に勝つまでは、この青春を終わらせることはできないわ」
咲織先輩は真剣な表情だった。
私は言葉の意味を理解しようとしても、通常な思考ができなかった。
「咲織、ちょっといいかな?」
不意に咲織先輩に話しかけてきたのは、今年新三年生になる部長だった。
「新入生の基礎メニュー作ってみたんだけど、こんな感じでどうかな?」
「うん、なかなかいいけど、後半ちょっとハード過ぎかな。人によってはキツイと思うから、クールダウンの時間をもっと伸ばして調整したほうがいいかも」
「なるほどねえ。ありがと咲織。もうちょっと練ってみるね」
その会話はいたって自然だった。去年まで3年生だった先輩なのに、なぜ平然と受け入れてるのか私には分からなかった。
「ごめん亜理紗、あなたを混乱させるつもりはなかったんだよ」
そう言って先輩は部長を指差した。
「あの子に限らず、みんな操って認識をズラしてる。私がここにいてもおかしくないようにね。でも亜理紗にはしなかった。だって亜理紗はそのままでも受け入れてくれると思ったからさ」
「・・・一体何が起きてるんですか?・・・私、夢でも見てるんですか?」
「んーん。夢じゃないよ現実だよ。でも夢のような時間にいるのは間違いない」
先輩はあはははと快活に笑った。
「さあ、今日も部活頑張ろう!目指せインターハイ出場だ!」
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