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SAVE DATA 第二十一話〈創作大賞2023 イラストストーリー部門〉
Chapter21「引退」
私と先輩の甘い時を過ごしたGWが明け、いよいよ総体の熱が本格化してきた。
私はあれから何度か先輩の家に通ったが、総体が近づくにつれその頻度は少なくなり、先輩は部活に一極集中するようになった。
先輩の熱気は凄まじく、その努力する姿に比例して生まれた記録も、今年こそインターハイに行けるんじゃないか、と誰もが期待に胸を抱くほどだった。
しかし、そんなある日、事件が起きた。
「先生ー!すぐ来てください!」
ひどく切迫した声がグラウンドに響いた。部室近くで水分補給をしていた私が声のした方を見ると、部員たちがトラックの上で輪になって誰かを囲んでいた。
「・・・倉石さんがッ!」
その言葉を聞いて私の脳内にイヤな想像が降り落ちてきた。慌てて駆けて、輪の方に行くと、そこには咲織先輩が倒れ込んでいた。
「・・・先輩ッ!?」
私は部員の輪をぬって、先輩の側で膝をつく。
「どうしたんですか!?」
「足、が・・・ッ!」
先輩は顔を歪めて足を押さえていた。足と聞いて悪寒が波のように襲ってくる。
「角塚さん、どいて!」
手を伸ばして私を横にどかしたのは顧問の高山先生だ。
先生は屈んで「倉石さん、大丈夫?起きれる?」と尋ね、手を貸して咲織先輩をゆっくりと起こさせた。
「保健室に行くわよ。私の肩に手を回して」
高山先生は咲織先輩を支えながら立ち上がる。その際、咲織先輩が少し顔を顰めた。
「みんなは練習を続けてて」
副部長にそう言い、みんなはやがて散り散りに持ち場へ戻っていった。私だけがその場で立ちすくみ、保健室に向かう咲織先輩の姿を見送った。
・・・
次の日、先輩は疲労骨折だと判明した。
ミーティング中、部内にはどんよりとした雰囲気が広かった。総体の手前での故障は、つまり、現役の引退を示していた。囁くような同情の声があちらこちらで聞こえてくる。
「こんな形で咲織先輩が引退なんて・・・」
あんなに頑張っていたのに。あんなに千晴先輩を追いかけていたのに。
その夢に挑むこともできずに、もう終わり?
ふと気づくと涙が流れていた。
咲織先輩に会いたかった。きっと先輩は今絶望の底で一人悲しみに包まれているに違いない。
会って、先輩を私の全てをかけて慰めたかった。
けど、これが適切な感情なのかはわからない。
それに私の力ではどうすることもできないことを私は知っていた。だから、今は先輩の気持ちを想って涙を流すことしかできなかった。それがとても惨めなことでも私には正しく感じた。
咲織先輩はそれから学校にもしばらく来なかったらしい。入院しているとも噂が流れたが、それが真実かはわからなかった。
先輩が学校にやって来たのは、7月に入ってからだった。インターハイと縁がなかったうちの学校では、総体の熱も冷め、迫ってきた夏休みの話題が多くなってきた。
他の引退した三年生同様、咲織先輩は部活に来なくなって、私との接点も少なくなった。
会いに行きたかった。実際、会いに行こうと思って三年生の教室の近くまで行ってみたが、他の先輩たちに絡まれて咲織先輩までたどり着くことはできなかった。
たまに校内で遠目にその姿を捉えることしかできなかった。もう松葉杖はついていなかったと思うが、顔に笑顔が張り付いていたかまではわからなかった。
そんなある日、咲織先輩から連絡が来た。
「この日曜日、あそぼーよ」
簡潔な文章だった。でもそれだけで私はとても嬉しかったし、救われた気持ちにもなった。良かった。先輩は元気そうだ。喜びと安堵がないまぜになった感情に私はそわそわした。
日曜日の午前中は、部活だった。私は到底部活に集中できるわけがなかった。午後から先輩と久しぶりに会えるんだ。それだけで浮き足だった。
しかし。
「亜理紗も今日行くでしょ?」
「え?」
尋ねて来たのは陸上部の同級生だった。
「ほら、倉石先輩たちとボウリング。亜理紗をトークルームに入れてってさっき先輩たちから言われたんだよ」
招待するね、と同級生は言った。
私はスマホを見るとそこには10人ほどのトークグループの通知が出ていた。その中には咲織先輩も入っていた。
「亜理紗?どうかした?」
「・・・え、いや。うん何もないよ」
「そう。じゃ部活終わりに一緒行こうよ」
「・・・あ、うん。おっけ」
じゃ、よろしくと言って同級生はグラウンドに戻っていった。
私はスマホを握ったまま、しばしそこに立ち尽くしてしまった。
・・・
部活後に私たちはボウリング場に集合した。
咲織先輩もすでに来ていて、先輩たちと楽しそうに話していた。私はその姿を端から眺めるだけだった。
一日中遊んで、私たちは解散した。帰る電車の方向が一緒だった私と、咲織先輩ともう一人の先輩が一緒に帰ることになった。
今日で咲織先輩に一番近づけたタイミングだったが、どうにももう一人の先輩が邪魔だった。
おまけにもう一人の先輩は電車の中でやたらと咲織先輩に話しかけるものだから、私と話をするタイミングがなかった。
先輩の最寄駅が、一駅また一駅と近づいてくる。
私は焦燥と寂しさにかられた。せめて何か一言だけでも話がしたかったのだ。
やがて。
「・・・あ、もうすぐ最寄だ」
先輩がそう言って、私はビクッとなった。
「亜理紗、家寄ってく?」
不意のその言葉に私は激しく動揺した。
「・・・え、あ・・・」
言葉に詰まる私の顔を咲織先輩が覗き込んだ。
「あ、ごめん。やめとく?」
言葉を失った私は、ぶんぶんと顔を振った。そんな私を見て、先輩は笑った。
「えー私も行っていい?」
もう一人の先輩がそう聞いて、私は強張った。
「ダメ。あんたは帰って」
咲織先輩は笑顔を浮かべたまま言った。
すると、もう一人の先輩は何故か機械的な口調で「はい」と言った。違和感を覚えるが、そんなことはすぐにどうでも良くなった。
先輩の家に着くないなや、私はすぐに咲織先輩と唇を重ねた。先輩は嫌がってはなかった。私は溜まってた想いを押し付けるように、何度も何度もキスした。
「せんぱい」
「ン・・・ん?」
「せんぱい」
呼びかけるだけの行為に意味を感じた。
だから何度も呼んだ。
それからひとしきりお互いの身体を確かめ合った後、私たちは下着姿のまま横に寝転んで、天井を見ていた。
「・・・せんぱい、怪我は大丈夫なんですか?」
「うん。一応」
「・・・そうですか」
「・・・亜理紗は優しいね」
「え?」
「何とか慰めようとしてくれてる」
先輩は笑った。
「・・・当たり前じゃないですか」
私の目尻から涙が伝った。次第に溢れて止まらなくなった。小さな嗚咽を吐く私を先輩は、優しく撫でてくれた。
「・・・ありがとう。もう大丈夫」
ずっと聞きたかったその言葉を、私は不思議と受け入れることが出来なかった。
多分、咲織先輩は本心で言っていない。
しかし、私は何も言わなかった。
ふと机に目線を向けると、写真立ては前と同じようにそこにあった。
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