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SAVE DATA 第三十話〈創作大賞2023 イラストストーリー部門〉

Chapter30「卒業式」


朝起きて、雪井さんに『おはよう。今日はよろしくね』とスマホのチャット機能で簡単な挨拶を送ると、彼女は朝から喧しい派手なスタンプを何個か返信してきた。
雪井さんには今日、ちょっとした助手をお願いしているので、卒業式に来てもらうことになっている。去年の6月から長い期間、彼女には色々とお世話になってきたものだとしみじみ思う。
今日は卒業式なので、身支度はいつもより長めに、化粧も少し時間をかけて丁寧に行った。
その間も、今日の式辞のことで頭がいっぱいだった。
角塚はちゃんと来てくれるのか、私はちゃんと言えるのか、彼女にちゃんと伝わるのか、不安の種は尽きないが、それでも私は前に進むしかないのだ。

かなり余裕を持って出勤したが、職員室にはもうすでにたくさんの先生が出勤していた。

「・・・ん?」

しかし。いつもと雰囲気が違う。
卒業式らしい雰囲気ではなく、何か混乱と混沌が渦巻いているような感覚ーーートラブルの気配だ。

「ああ、明日崎先生!」

山城先生が私を認めると、慌てた様子で手招きした。一体なんだというんだろう。先生たちは私の机の付近を取り囲んでいるような気がする。おまけにそこに近づくと変なにおいが漂ってき、私は思わず眉を顰めた。

「これを見てください!」

山城先生が私の机の近くを指差す。
そこには大きなドラム缶があった。

「・・・なにこれ?」

変なにおいはドラム缶からだ。そしてそれが何かが焼けた臭いであることもわかった。
私が覗き込むと、そこにあるものに目を丸くした。

「・・・うっそ!ぴ、PC!?ひょっとしてこれ私の?」

誰かが答える間も無く、私は自席のPCを確認したが、やはりそこにはなかった。

「な、何で」

「朝からこんなものがあってびっくりしましたよ。火はもうなかったですが、焦げたにおいが立ち込めてて・・・。イタズラでしょうか」

「・・・イタズラをされるような理由が思い浮かばないですが」

そこで、「ん?」と気づく燃えたPCの横に何やら他の物も入っている。よく目を凝らすと、紙の束のようなものにも見える。
何だか見覚えがあるな、と思った時その正体に気づいた。

「・・・メモ帳?」

私は急いで机の引き出しに入れておいたメモ帳を探した、がそこにはメモ帳はなかった。

「まさか・・・」

嫌な想像が頭をよぎって、机の中を慌てて漁るが目当てのものがない。

「無い、無い、無い、無い・・・・!」

昨日確かに引き出しに入れておいたアレがない。

「・・・今日の原稿が、無いッ!」

メモ帳も、原稿も、机の引き出しの中に、施錠して入れて置いたはずだ。なのに無いなんて絶対おかしい。原稿はスペアがない。なぜなら書き起こしはPCで行ったからだ。いつでもデータで残っている。必要に応じて印刷ができる。そう思っていたのに甘かった。

「警察を呼びましょう」

白岩先生が言うが、私は「ダメです」と制した。

「・・・今日は卒業式だし、騒ぎを起こしたくないです。それに」

それに、こんなことをするのは一人しか考えられない。

「それに、何です?」

「何でもないです。とりあえずこの件は全部後にしましょう」

体育科の先生たちがひとまずドラム缶を屋外へ移動させてくれた。

・・・
やがて雪井さんも遅れてやってきた。事のあらましを話すとかなり驚いた様子で私より慌てていた。

「ど、どうするんですか?今日の式辞!」

「落ち着いて。完璧じゃないけど、大体は頭の中に入ってるから何とかはなると思う」

けど、拙くなるのは目に見えている。しかし、今更全て書き起こす時間はない。せめてと思い、私は白紙に要点だけメモ書きした。

・・・
体育館には在校生、教員、保護者が一堂に会し、厳かな空気に包まれており、卒業生達が入場してくると、拍手が起こった。
私も拍手をしながら、卒業生を一人ひとり眺めるが、角塚の姿はなかった。
だが、ここまでは想定内だ。
私は焦ることなく、その時を待った。
卒業式は次第に沿って順調に進む。
校歌を歌い、卒業証書が授与される。その後、校長と理事長が長々と話し終え、ようやく私の番となる。

「実務教員代表式辞」

「はい」

ちょっと驚いている卒業生となんだか不安そうな先生達に一礼し、演台に登ると、保護者席が少しざわついた。ああ、そうだ、髪をくくっているけど私金髪だった。おまけに、だいぶ黒髪が伸びている分、後ろの保護者席からは余計に変な髪色に見えたのかも知れない。
そんなことはどうでもいい。
ここから先は勝負どころだ。演台につき、一礼してマイクを調節して、口を開く。

「卒業生の皆さん、この度はご卒業おめでとうございます」

話した瞬間、校舎のあちらこちらから私の声が響いた。
先生方は変だなと首を傾げたり、きょろきょろと辺りを見回している。

「今日という良き日を迎えられた皆さんを心よりりお祝い申し上げます」

また私の声が遠くからも響く。
そう、私は、このマイクを校舎中に放送しているのだ。たとえ角塚が参加しなくても、もし学校に来ているのなら、私の声が嫌でも耳に入るはずだ。セッティングは元放送部の雪井さんにお願いした。彼女にかかれば簡単なことらしかった。

「私が皆さんと過ごした一年間を振り返ると、あなた達はいつでも素敵な笑顔に溢れていました。高校生という、学生時代で最も忙しなく、最も心が動く期間をあなた方は笑顔で乗り切りました。時には苦悩し、時には挫折しかけたことがいくつもあるでしょう。けれど、あなた方は誰一人欠けることなく、駆け抜けた」

流石にあれだけ悩んだ分、原稿の内容はすらすらと出てきたし、足りない部分はアドリブで補完する。
あとは角塚に届いてるかどうかだけだ。

「きっと人知れず傷ついたり、時に一人で深く悩みながら、この三年間を乗り切ったことでしょう。それは一筋縄でいかない道だったかもしれませんが、教師として、私から見るあなたたちはいつも誰かと一緒に眩しい笑顔を浮かべながら過ごしていました。色んな後悔や心残りもあるでしょうが、あなたたちが歩んできた道には間違いなく、笑顔で過ごした時がある。私はそれが誤った時間だとは思えませんし、私たち大人では取り返しのつかない何より美しい時間なんだと思います。私はそんな皆さんの青春の中にいられて本当に幸せでした。心よりありがとうと言わせてください。ありがとうございます」

私は深々と礼をした。
その時、チラと裏手を見ると雪井さんがうんうんと頷いていた。私はニコッと笑った。
顔を上げ、続けた。

「さて、これからあなた達に待ち受ける未来には、学生時代に過ごしたと・・・」

その時――――。

ガクンと何か切断されたような音が鳴り、突如私の声が響かなくなった。
それまで耳を傾けてくれていた体育館にいる全員が、何事だとざわつき始める。

「・・・マイクが切れた?」

雪井さんが慌てて舞台袖から飛び出してマイクを確認した。しかし。


「変ですよ。どこも異常ないです!」

「もしかして・・・」

・・・いる。

あの子が学校に来てる!

私は居ても立っても居られなくなり、走り出した。

「明日崎先生!?」

体育館中が騒ぎ始め、先生たちが困惑している横を駆け抜ける。
体育館を飛び出し、今度は廊下を駆ける。

「ハァッ・・・ハァッ、角塚さん!どこにいるの!?」

教室、図書室、相談室、視聴覚室、その何処にもいない。

「角塚さん!返事して!ハァッ・・・ハァッ・・・っ!」

息を切らしながら、走る。
見惚れるような笑顔のあの子を探して、足を動かす。

「ハァッ、ハァッ・・・!」

廊下を走り抜けようとして、私はふと足を止めた。

「屋上が開いてる・・・」

普段使われていない階段の先から光が漏れていることに気づき、階段を二段飛ばしで駆け上がる。電気もついていない暗い階段だ。あやうく踏み外しそうになりながらも、頭上の光を目指す。
屋上に着くと、眩しい光が広がった。
白いコンクリートの床の、その先には美しい女生徒がこちらに背を向けて、手すりにもたれかかって眼前に広がる景色を眺めていた。背中の羽の生えたバッグに見覚えがあった。

あれは間違いなく―――角塚亜理紗だ。


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