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インドに着任したらどうするか 『着任の手引き(仕事編-②)』

(今回のNoteは、前回の投稿、インド『着任の手引き(仕事編)』の続きです。全体で7つある項目の内、②~④を今回の投稿で説明しています。



② MVVと戦略骨子の策定:秩序無き世界にルールを導入
前段で説明した①「止血」と並行して行うべきは、組織やチームのビジョンと戦略骨子の設定である。現地法人や関係会社の場合、M:ミッション、V:ビジョン、V:バリュー、所謂MVVというものが疎かにされている場合がある。何もしなくてもトラブルの方から舞い込んでくるインドにおいては、まさに「止血」のようなトラブルシューティング的な対応と、成長する経済に置いて行かれないように日銭を稼ぐことだけに目線が向かい、マネジメントとして事業全体の方向性を見失いがちだ。そこにインド民の短期・個人利益追求的なマインドが合わさると、会社の中の誰もMVVや全体戦略を意識することなく事業が運営されてしまう。しかし、すべての個別事業や組織が日本や世界に展開するグループの活動の一部である以上は、そこがインドであろうともグループのビジョンや事業計画から独立して存在する現地業務など存在しない。だからこそ現地のMVVと戦略骨子は本社や地域本部が策定した事業計画・攻め筋とアラインしていなければならない。現地においてこれらが全く落とし込まれておらず、単にインドの荒波に揉まれて無秩序になっているのであれば、着任者はその再設定と打ち出しが必要である。書き物で組織の方向性を示すことで、新しい着任者が何を部下に求めているのか、会社や組織がどこに進んでいるのかを明確にすることができるため、それだけでも社員の信頼性が上昇する。

インドにおける組織統治手法として、MVVにはとても便利な側面がある。それは、インド民は御触書のようなものについては、非常に権威を感じる傾向があるからだ。識字率の問題もあり、普段彼らは口頭ベースのコミュニケーションを得意としている。一方で書き物を通じたコミニュケーションは苦手である。そのような文化背景において文章で何かを作成することは、「労力のいる作業」で、「わざわざ行う一仕事」である。だからこそ、何かが明文化されていれば、その御達しは特別な存在として目を引くことになる。しかもそれがグループ本社という大きな権限者に依拠して作成されたものであればさらに効果は大きい。これだけ自己中、言い訳大国と言われているが、その本質は、「過密」が意生み出す超競争社会と、生き残るための「保身」であり、権力・階層構造に対する服従の精神は強い。仕事への心構えや働き方などの答えのない問題に方向性を与える時、MVVは駐在員を助けてくれる説得材料になる。MVVに反している行動は管理者個人の価値判断ではなく「会社としてダメだ」ということを強く言えるからである。
作業イメージを具体化するため、策定方法を以下に記載しておく。

  • 本社が策定している既存の社訓やMVVを確認する。(意外に駐在員自身も理解していない)

  • 本社や地域本部の事業計画を熟読し、特にインド戦略・期待のエッセンスをピックアップする。

  • 自らが管理する会社、部署の事業内容及び課題と、MVV及び戦略のエッセンスを組み合わせ、自組織のMVVと戦略骨子を自分の言葉で策定する。

  • MVVと戦略骨子はPPT二枚以内で簡潔に纏め、関係者全体に口頭説明し、各自机にハードコピーを張らせる。

MVVと戦略骨子の策定において、インドで気をつけなければいけない点は、基本的にはトップダウンで作成すること。不用意に多数の部下とのすり合わせを行わないことである。ただし、完全に独りよがりにならないように日本人の上司・部下や後述のように1オン1で見つけた信頼できる右腕の現地スタッフとだけ相談する。インドでは、組織の方向性はトップが決めるものであり、ボトムアップのやり方にインド民も慣れていない。下手に相談すると、優柔不断・無能と思われるだけでなく、自分の個人的な要望を織り込むチャンスだと思う従業員もいる。彼らにとって、個人の利益追求はなんら恥じるものではないので、常に「あわよくば精神」を持って行動している。もちろんフェアな意見を提供する者もいるが、着任当初インド民の性質や業務理解が足りない状況において、真実を見抜くことは難しい。自己保身的なバイアスのある補足情報よりも、着任当初のあなたの新鮮な目のほうがより問題の本質に近い。策定した後は、部下に対して説明する機会を設け、各自の机にハードコピーを張らせる。これは建設現場に掲げてある標語の意図及び効果と同じだ。常に見える位置に張っておくことで、本人の意識の高さに限らず毎日強制的に目にするようになるし、管理側もReferしやすい。

MVVと戦略骨子の策定は、本社や地域本部の上司またはレポーティングラインにあなたの取り組みを説明する資料にもなる。とにかく「インド」というだけで彼らの目は厳しい。ほとんどの日本企業にとってインドのエクスポジャーは他の海外拠点と比べて非常に少なく、進出してからも日が浅い。このような状況において、遠く離れた土地の上司とのアラインメントは駐在員にとって極めて重要な課題である。これができていないと、何をやっても評価されないという非常に悲しいことが起こる。そのため、策定したMVVと戦略骨子は、必ず上司に共有して、「うちはこの方針でやらせてもらいます。」というアラインメントをとっておく必要がある。もちろんインド側の上司に対しても説明を行う。これも非常に歓迎される。対処療法的かつ短期目線の仕事や、抽象的すぎる大きな目標を掲げるだけの人々を見慣れているため、下部組織が構造的なMVVと戦略を持って行動するのは安心感がある。現地の上司がインド人だった場合、彼ら自身が新しいフレームワークを学ぶ機会にもなる。



③ 1オン1の実施:信用できるインド民部下の発見
従業員との1オン1は重要なコミニュケーションツールだ。まず、伝統的なインド企業のインド民上司のマネジメントスタイルは、この国に元々「下請け文化」が根付いていることもあり、上から下の非常に一方的なものである。部下の話を傾聴する時間を上司がわざわざ取るのは、彼らの職場文化からすればかなり異質だ。そうであるがゆえに1オン1はインド民の従業員にとって、とてもありがたい時間と感謝される。1オン1の内容も重要だが、その内容によらず実施することそのものが部下との相互理解や信頼を得ることに繋がる。

着任当初の1オン1の目的の一つは、誰の言葉であれば信用できそうかを感じ取ることだ。この先何年駐在してもインド民を通した情報はいつまでたってもあなたにとって不明瞭のままと思ったほうがいいし、その不明瞭さを活用した彼らの保身と利益誘導の傾向は完全にはなくならない。その中でも、「彼の説明ならば真実味が高い」と信用できる部下を1オン1の中で探っていく必要がある。実際は組織のナンバー2や3ですら信用できない場合もあるので、真っ当な人物を1オン1の中で見つけることの重要性は高い。残念ながらそのような者が存在しないことが分かった場合も早期に採用活用をスタートすることができる。
もう一つの1オン1の目的は、事業や組織のミクロレベルの問題把握である。インド民も、多くの人が集まった会議の中ではなかなか真実を話さないことがある。日本人も「本音を言わない」という点は同じだが、日本人の場合人前では「他人への批判」がなかなか出ないのに対して、インド民は人前では「自己批判」がなかなか出てこない。本当は自分に問題があると思っていても、自己保身を優先して謝罪を避け、尚且つそれを卑しい行為とは自覚していない。
例えば、

会議の中で、Aさんが「ある問題がおきているが、これは隣のチームのBさんに原因がある。」と説明しつつ、実際に根本原因を探ると発言者であるAさん本人にあるようなケースだ。

このようなことは日常茶飯事なので、対象者本人に内在するネガティブな情報を正直に聞き出す機会を作り、諸問題のミクロな部分を正確に理解するために1オン1が活用できる。着任時点では、まだ各従業員の実力や会社の問題を把握しきれていない段階であるので、全ての発言に対して感情的な意味では話半分の共感で聞いておくことが必要だ。全く本質的でないことを述べることで自身に利益誘導したり、時には泣いたり怒ったりして揺さぶりをかけてくる。個人的な借金の依頼などのびっくりするような要求も飛び出す。不自然要求だと思ったら冷静に一旦Rejectすることが大切である。尚、1オン1の時間を使って家族構成と住んでいる地域を聞いて記録しておく。直系の家族だけでなく近所に住んでいる親族の構成も確認しておく。一見すると家族のことも気にかけてくれるよい上司に映るので素直に質問すればよい。本来目的は、何人もの親族を死んだふりや病気のふりにして休んだりする牽制のためだ。もちろん子供の有無は一番重要な情報である。この国では部下との関係もすべては交渉と駆け引きなのである。


④ 部下の個人目標の再設定:人事評価という最大のテコ
各従業員個人には期首目標が設定されているはずだ。これは自身の着任前から既に設定されているが、MVVや戦略骨子策定、1オン1が進んだ後の段階、つまり着任一か月後くらいのタイミングでそれらに踏まえて改訂を行ってもらう。大部分の伝統的な日本企業は人事評価はもはや雰囲気で行われ、厳密に行われたとしても給与への反映もダイナミックなものではないので、人事評価自体が仕事のモチベーションに直結していない会社が多い。しかし、インドに限らずひとたび国外に出れば人事評価は昇進・給与に明確にリンクしており、期首目標設定はその基礎である。つまり、個人目標の設定をMVVや戦略骨子に紐付く形で効果的に行えば、それは個人のモチベーションと組織目標の直接的な結節点となり、個人をモチベートしながら組織目標を追求するテコになる。インド民の一般的な性質として、会社へのロイヤリティやお客様からの感謝というような抽象的なものはあまりモチベーションの源泉にはならず、短期・現物の利益を何よりも最優先する性質が強いので、昇進・給与に直接的に結びついている目標は、「これを達成すれ昇進・昇給にプラスに働く」というニンジンをはっきりとぶら下げることができる。これは彼らのマインドの中で走っている損得勘定の計算式にとてもアクセスしやすいツールである。

策定にあたっては、なるべく具体的で、判定可能な項目を並べさせる。抽象的で、そこに言い訳の余地が残っているのであれば、実際の努力よりもどうにか言い訳をして達成の事実を作るほうがコスパがよい。実際の業務を頑張るよりも言い訳を頑張るのは本末転倒だ。各人の個人目標設定終わったら、個別の従業員を束ねる各リーダーや係長も自分たちの部下の個人目標を確認する。この一連の動きを通じて、中間管理職である彼らにも部下を動かすためのツールを提供することができる。
纏めると個人目標設定のポイントは次の通りである。

  • 目標設定は戦略骨子との一貫性を持たせる。

  • 具体的で事実確認可能、言い訳不可能な項目で構成する。

  • 関係者への共有、四半期や半年などの定期的なレビューや面談の機会を設ける。

(次回は、一連のテーマの最後の投稿として、7つある『着任の手引き』の⑤~⑦を説明する記事を書きたいと思います。)


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