見出し画像

インドに着任したらどうするか 『着任の手引き(仕事編-①)』

インドに着任して何から手を付けて行こうか。
着任前はこのように考えるかもしれない。しかし、インド駐在においてそのような悩みは一旦忘れていい。ほとんどの新着任者にとって、まず初めにやらなければならないことは事業の「止血」である。我々日本人の目線から見て、美しくオペレーションが回っている会社や様々な計画が予定通りに進んでいる事業などは、まずありえないと思っておいたほうがよい。これまでのインド駐在経験の中で数えきれないほどの日本企業の駐在員と交流しているが、エクセレントカンパニーと誇れるような事業運営ができている会社は本当に一社もなく、駐在員は日々インドに頭を悩まし、驚きとフラストレーションを感じながら事業を行っている。そればかりか、インド事業では、日本人の目線では想像できないような致命的な問題が発生している場合も多く散見される。着任後まずは何よりも先に、その「止血」から入らねばならない。
 
今回は、特に部下や組織を持つ管理職の立場でインドに着任する場合を念頭において、「止血」をはじめとした、インド着任後、一、二か月で着任者が行うべき項目をまとめた。

インド民の部下や取引先は、彼らが元来持っている強い防衛本能から、とても注意深く新任者を観察している。特に管理直下のインド民部下は、生殺与奪を握る自分の上司がどの程度あたまが切れる人間か、どの程度の要求水準なのかを観察し、自分の業務にどのような影響が出るのかを見ている。致命的な問題が起きているにも関わらず、それを着任初期に解決しなければ、彼らはその問題をそのまま放置する。だからこそ、まず「止血」に取り組みつつ、次に並べる自身の会社運営、組織運営のための地盤固めのアクションを実行する必要がある。
 
①  「止血」:インドの事業には必ず致命的欠陥がある
②  MVVと戦略骨子の策定:秩序無き世界にポリシーを導入
③  1オン1の実施:信用できるインド民部下の発見
④  部下の個人目標の再設定:人事評価という最大のテコ
⑤  人員計画の見直し:「人」こそインド事業最大のリスク
⑥  重要取引先への挨拶:特殊な関係性と適切な距離感
⑦  遅刻者をしばき倒す:「時間」の意識を植え付ける
 
以下ではそれぞれの項目を具体的に説明していく。今回の投稿では、最も重要な①「止血」に紙面を割き、第二回、三回の投稿で②~⑦の詳細を説明する。
 
   ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


①  「止血」:インドの事業には必ず致命的欠陥がある
「止血」を行うためには、まず出血箇所を探さねばならない。しかし、日本で事業を行ってきた目でインドの事業や人、オペレーションを見れば出血箇所は一瞬で特定できるはずなので、問題の発見は意外に容易だ。品質・スケジュール管理、業務プロセスを見渡すと、「なぜ、こんなことが起きているのか」、という事態がすぐに目につくだろう。インドの現場の状況を見た時に、「これがインド流なのかもしれない」、という気持ちも一瞬芽生えるが、冷静に考えてみれば同じビジネスモデルやオペレーションを行っているにも関わらず、先進国で無数の人間が頭を悩ませて考えたやり方を超えて、インド独自の特別なやり方などいうものが“偶発的”に編み出されているはずもなく、違和感のほとんどが単なる怠惰と不備で発生していると考えたほうが現実に則している。インドに長く身を置くほど、「インドだから仕方ない」というように、どうしても駐在員自身の目が曇ってくるため、インドに着任した一番初めの問題認識の感覚が最も正しくその感覚を大事にして忘れないようにしておきたい。その目線で見れば、インド事業はどこを見てもままならないものであり、その中でも「止血」が必要な致命的な個所を見つけるのは簡単である。

致命的な問題とは具体的にはどのような問題だろうか。
例えば、サプライヤーやベンダーへの支払い遅延である。時には銀行に対する返済遅延を起こしても、1日2日程度何食わぬ顔をして過ごすほどインド民の神経は図太く、時間というものに対する考え方が我々とまるで異なる。しかしながら、これらは商売の基本としてあってはならないことだ。このルーズさは自社の売掛金の回収遅延を容認するような事態にも繋がり、「モノやサービスを売って代金を回収する」というビジネスの基本ができていない致命的な問題の一つである。
他の例として、食品を扱うビジネスであれば、衛生基準を満たさない工場環境や食中毒の発生など、日本なら一発で廃業に追い込まれるような問題の種が放置されている場合もある。さらに製造業の生産現場の安全管理に目を移すと、経済的な意味で人間の命の価値が非常に安いインドでは製造現場や建設現場での安全管理が疎かになっており、サンダルで現場に向かう下請け作業員もいる。このようなことを放置して死傷者が出たら、最悪の場合操業停止や、現地で取締役や管理職を務めている日本人駐在員が刑事罰を食う可能性もある。

致命的な問題の「止血」を行わないとどうなるか。もちろん、お客様に迷惑が掛かり、会社の利益を棄損したり事業が停止したりするのだが、実は経済が順調に発展している現在のインドでは、このような経済上の問題に即座にインパクトすることなく、大量出血をしてもなかなか事業が死なない。しかし、「止血」がままならず、本社からすれば信じられないよう事件がインド側で頻発していた場合、本社はインドの会社に対する信頼と、駐在員であるあなたに対する信頼を失う。その結果、本社からの十分なサポートを受けられなくなる。大半の日本人はインドに行ったこともなく生活したこともないので、インドはどちらかといえばマイナスの色眼鏡で見られている国だ。その上塗りとして、「やっぱりインドは信用できない」、という印象を本社側に与えてしまうと、駐在員やインド法人が日本の本社から「尊重されない、舐められる」ということが起きる。そして駐在員は本社や地域拠点からのサポートを受けられなくなり、必要な稟議も通り難くなり、十分なリソース配分や配慮をされることなく孤立してしまう。異国の地で周囲に味方もおらず、本社からも孤立した場合、その時点で仕事も生活も非常に苦しくなる。
 
では、どのようにすれば止血作業を実行できるだろうか。これも実はさほど難しくない。致命的な問題というのは、それが致命的であるが故に、解決策もはっきりしている。つまりやるべき答えは既にそこにある。先に挙げた例に取ると、見かけ上は次のような簡単な対応といえる。
 
・代金支払い遅延を起こしている⇒支払い事務プロセスの見直し、運転資金の増額、または現在の資金に合わせた一部取引の縮小。
・安全装備を付けない・靴を履いていない作業員がいる⇒安全装備や最低限の服装の会社費用での一括購入、不備者の工場への立入禁止。 
・逆ザヤ契約が赤字を垂れ流している⇒取引先に価格改定を申し出る、出来なければ思い切って取引を止める。

 
管理職として、問題の対処を実行するコツは、とにかく命令・論破・強制するということである。異文化理解としては意外かもしれないが、ここで語っていることは、「致命傷につながるような問題の止血」である。このまま放置すると死を迎えうるような問題についてコンセンサスや配慮を行っている場合ではない。問題発見や解決策も明確なはずなのに、インド事業の「止血」に失敗する間違いはここにある。自分に権限のある範囲であれば、それを使って即座に必要な解決策を実行しなければならない。日本では、このような致命傷を引き起こすような問題が現在進行形で発生しているケースは少ない。しかし、インドの会社では「これは内規違反ではないか、法律違反ではないか」というレベルの問題まで起きている。このような問題については、現地のインド民の言い訳などをいちいち聞いている必要なはい。即時対応をする。これは、リーダーシップを示すうえでも非常に有効だ。今まで適当な言い訳でしのいできたインド民の部下や取引先に対して、今回の駐在員はインド式の言い訳は通用しないということを見せつける。インドの会社でも、組織の中には問題を放置していることが気になっていた目線の高い社員もいる。「止血」を断行することは、彼らからの信頼も勝ち得ることになり、この先の事業運営において心強い仲間になってくれる。
 
ここで一つ疑問を持つだろう。「なぜ、インドではそんな簡単な問題解決ができずに前任の時代から放置されているのだろうか。」
インドの事業と駐在員の実態を観察すると、その理由は大きく以下のように分類できる。
 
①    過去にもっと大きな問題が発生・対応していた。
②   単純に無能あるいは怠慢だった。
③   インド民の言い訳に屈し、コンセンサスに配慮しすぎた。

 
インドの事業において、致命傷は一つではない場合がある。いくつもの傷があり、前任者がそれを順番に対応していたものの、日本のレベルで見ればすぐに対処をしなければならない問題がまだ放置されている場合が①のケースである。
②のケースは、前任者の怠慢で問題が放置されている場合だが、これは長年に渡りインドに派遣されてきた日本人の人材プールの質とインドの過酷な生活環境が背景にあると予想される。一部の企業を除いてコロナと中国の景気減速の前は、インドというマーケットはさほど重視されておらず、結果的に日本企業の限られた国際人材の中でインドに配属されるような人間はピカピカのエースではない場合が多かった。しかも、インドの医療体制や物資調達などの生活環境は現在と比べても過酷であったから、エースにインド駐在をお願いしても厳しい環境を理由に断られることは自然な流れであり、会社もそれを容認してきた。ようやく駐在できる別の社員を見つけても、当人が「インドにいることが仕事」のような感覚に陥り、腰掛的にインド事業を取り扱っていた場合もあった。
③も大きなカテゴリーとしては②に近いが、どちらかというとインドの社会文化に端を発する問題である。インドの社会は下請け文化とサプライチェーンの冗長性、文書化や記録を苦手としているがゆえにとにかく事実関係が把握しにくい。さらに、何かを変革しようとしても、個人利益を優先した言い訳を展開するインド民に対して日本式コンセンサスを重視してしまうが故に、問題にうまく対応できずに、解決の道筋を立てられなかったケースである。
インド民はインドの常識の中で生きているので、その問題がどのくらい深刻なのかという尺度が全く違う。インドの従業員からすれば、広大なインドの中のたかだか一社の問題であり、日本本社やそれに連なる多数のグループ会社の存在は見えていない。世界に展開されているサプライチェーンや、先進国のレベルのコンプライアンスの感覚を掴むことは至難の業だ。そしてこのように現地社員の認識スケールと日本企業のそれとの間に差異があるからこそ致命的な問題が放置されてしまう。これは仕方のないことでもある。このような構造的な問題があるからこそ、異文化尊重・現地の声というものを重視してしまうと、「止血」は思うように進まず結局皆が不幸になる結末となる。よって、プロフェッショナルとしての譲れない一線と自分の感覚を信じて、命令・論破・強制を通じて必要な対応を断行することが「止血」を実行するためのポイントとなる。

(お付き合いいただきありがとうございました。次回以降の投稿では、第二回と三回に分けて、上記のリストの②以降を記載していきます。)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?