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インドなのに東南アジアの風景?北東インドの旅

こんにちは!
畑中です。

今回は、一人で北東インドを旅してきましたので、その様子を書いていきます。
インドと言えば、デリーやコルカタ、バラナシなどの 、"これぞインド!" という風景を思い浮べる方が多いと思いますが、北東インドは、まるで東南アジアのような風景が広がっています。


北東インドの列車に乗車

北東インドのアッサム州グワハティ駅からナガランド州行きの夜行列車には、多くのモンゴロイド系(日本人や中国人、タイ人のような人々)の顔立ちの人々が乗車していました。
彼らはモンゴロイド系の顔立ちですが、もちろんインド人です。

いつも通り、SLクラス

私は、普段からインド国内の移動で列車を使うことが多いのですが、普段の乗客の顔立ちは、皆さんが想像するようなインド人の顔立ち。

しかし、今回の列車は、目の前のおっちゃんも、自分の下の段の乗客たちも全員モンゴロイド系。
同じインドの列車なのに、乗客の顔立ちがモンゴロイド系なのは何だか不思議な感覚に陥りました。

夜が明け、朝の車窓からの風景は、美しい茶畑や田んぼが広がっていました。

列車の車窓から

モンタウンを目指して

ボジョ駅で列車を下車した後は、リキシャでソナリという小さな町へ移動します。(20分ほど)
ソナリからモンタウン行きの乗り合いバン(通称:スーモ)が出ています。

リキシャでソナリの町まで移動

ボジョ駅からソナリまで向かう道中で写真を撮影し、インスタのストーリーに投稿すると、タイ人の友人から「タイにいるの?」と返信がありました (笑)

実際にインスタのストーリーにあげた写真。確かにタイの田舎そっくり

ソナリは、特に特筆することもない小さな町でしたが、ゆったりとした時間が流れていたのが印象的でした。
町の住民は、インド系の顔立ちがいれば、モンゴロイド系の顔立ちの人もいる感じです。

ソナリ中心部。まだ ”インドっぽさ” が残っている

ソナリから出発したモンタウン行きの乗り合いバン(通称:スーモ)は、私を含め3人の乗客と運転手のおっちゃん。
彼らは、モンタウン出身のコニャック族の人々。
彼らの会話に耳を傾けると、まるで東南アジアのような言語。
ちなみに、私は以前タイで働いていたことから、タイ語を話すことができ、その顔立ちと東南アジアのような言語から思わず、何度もタイ語で話しそうになりました。

途中でパンクしたスーモ。運転手のおっちゃんと乗客。

ネットでは、「北東インドでは英語が通じる!」と書かれているのが多いです。
確かに今回旅したナガランド州のケースでは、若い人は英語が通じることは多いです。
ただし、ほとんどの人(特に年配の人)が、自分の民族の言語+ナガミーズ(ナガランド州の公用語)+ヒンディー語少しで、英語はほんの少しでした。
私が乗客と運転手のおっちゃんと、どのようにコミュニケーションをとったかというと、ヒンディー語です。
私の拙いヒンディー語を「うんうん」と優しい笑顔で聞いてくれ、私にも分かるように簡単なヒンディー語で返してくれたのは本当に嬉しかったです。

モンタウンに向かう途中の、ずっと横に広がるアッサムティーの美しい茶畑は一生忘れない光景になりました。

スーモの車窓からは、アッサムティーの茶畑がずっと続く

※風景はとても美しいですが、途中舗装されていないガタガタ道を走るので、乗車前は何も食べないことをお勧めします!

モンタウン

ソナリからスーモに乗ること5時間。
ようやくモンタウンに到着しました。
本来はもう少し早く着く予定が、途中でタイヤがパンクしたので夕方の到着。
とりあえず、ホテルを探さねばということで、リキシャのおっちゃんたちにホテルを尋ねて何とかホテルを確保しました。

写真では伝わらないが、実際に見ると結構な勾配
モンタウンの町のはずれ

モンタウンを一言で表現するならば、”坂道の町”です。
山に住宅を建てたかんじで、どこに行くにも坂道を上り下りをしなければなりません。
日常の「歩く」ことでさえ、かなりの運動となります。
実際にモンタウンにいる間、太っている人を一人も見ませんでした。

人口一万人ほどの ある程度大きな町ですが、レストランや売店が夜の7時から8時には完全に閉店するのは衝撃でした!

夕食は、ホテルに頼んで作ってもらうのが正解です。

モンビレッジ

モンタウン近くのモンビレッジにも山を登り、歩いて行きました。

モンビレッジを目指して山道を歩いて登る。奥の山に点在する住宅はモンタウン

山道を2時間近く歩いて登り、モンビレッジに着いたは良いものの、村は霧に包まれており真っ白。
ほとんど何も見えず。。。
さらに豪雨に見舞われ、村の教会に急いで避難しました。

ここまで踏んだり蹴ったりですが、ここで奇跡が!
教会の横の食堂のような場所で、村人たちが昼食をとっており、
「一緒に食事どう?」とお誘いを受けました。

村人からいただいた昼食。ビーフ

さらにモンビレッジのキング(王様)とも仲良くなり写真を撮りました。

モンビレッジのキングと記念撮影

村人とキングの優しさに触れ、感謝の言葉を伝えモンビレッジをあとにしました。

ロンワ村

モンタウンからさらにスーモで2時間移動してロンワ村に到着。
ぐにゃぐにゃ&でこぼこの山道をひたすら走ります。
この道のりも車酔いをしやすい人は、乗車前に絶対に食べないことをお勧めします。
実際に私の隣に座っていた、現地のコニャック族のおばちゃんですら嘔吐していたレベルです。

ロンワ村は、半分インド領で半分ミャンマー領です。
ここがインドの最果てですね。

ロンワ村の風景
霧のロンワ村。鶏はインドで家はミャンマー

この上の、霧のロンワ村の写真の解説をすると、鶏が歩いている道はインド領で、家とその敷地はミャンマー領です。
しかし、村の住民は同じコニャック族の人々なので、言語が違うとかそういう問題は一切ありません。

この村には確かに国境がありますが、どこに国境があるのかは村人に聞くと教えてくれます。逆に言えば、どこに国境があるのかは聞かねば分かりません。
ロンワ村では、観光客も自由に国境を越えれるのも面白いところです。

村の丘の上にあるミャンマー国境の碑。ミャンマー語が書かれている。

コニャック族の人々はインドとミャンマーにまたがって住んでいるので、国境をパスポートなしで移動できます。
コニャック族のおっちゃんの話によると、コニャック族は国境地域のみならず、インド全土とミャンマー全土をパスポートなしで移動できるとの事!
本当に?と思ってしまいましたが、コニャック族のおっちゃんがそう言うのであれば、きっとそうなのでしょう!

この写真の、山も雲も全てミャンマー

ロンワ村ではゲストハウスに宿泊しましたが、水道は使えず、
夕食の途中で停電になり、翌日のチェックアウトまで電気が復旧することはありませんでした。
さらにネット環境も時々完全に圏外になり、1~2時間たつと何とか繋がるという不安定なものでした。
停電=スマホやパソコンの充電ができないということなので、ネットから離れた生活を送ることができます。

ちなみに、ゲストハウスのコニャック族のスタッフのお兄さんも、毎日暇つぶしに、ミャンマー側のコニャック族の村まで散歩すると言っておられました。

まとめ

今回の北東インドの旅で、心から感動するような美しい景色に出会えました。
民族が違えば、言語、文化、宗教が違う。
インドという国は本当に広大で、地域ごとに全く違う顔を見せてくれます。

モンタウン

どこの風景を切り取っても、自分が知らなかった もう一つのインド。

ロンワ村からインド側を撮影。北東インドの山々が連なる

ナガランド州にいる間、インドにいるという感覚が完全になくなっていました。
少し違ったインドを体験したい人に、おすすめです!

畑中

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