見出し画像

強い日本ファンをつくる方法 − ストーリーと長期視点の重要性

コロナウイルスによりインバウンド観光が大きな影響を受けている今、課題を共有するメンバーが集まるFacebookグループ「今だからこそできるインバウンド観光対策」では、定期的にトークセッションを開催している。

5/27には「世界の人は、日本にどんな魅力を感じているのか?」と題して、駐ブラジル日本国大使の山田氏、国際オタクイベント協会の佐藤氏によるトークセッションが開催された。このnoteでは、その模様をご紹介したい。

山田 彰 氏:駐ブラジル日本国大使
佐藤 一毅 氏 :国際オタクイベント協会 代表

インバウンド観光の意義は、日本の友達を増やすこと

トークセッションは、地球の裏側、ブラジルから参加した山田氏によるプレゼンテーションから始まった。

山田氏は外務省に39年勤務し、ブラジルやメキシコ、スペインなどに駐在。その中で、外国の人々が日本のどこに魅力を感じているのかを目の当たりにしてきた。

世界には「日本が大好き」「日本に行ってみたい」という人々が、日本人が想像する以上にたくさんいる。世界のほとんどの国は親日的であり、実際に日本を訪れた人々は、その安全・清潔・親切さに感激するのだという。

しかし、日本人が考える日本の魅力と、外国人が考える魅力は異なっている。そこに気づき、しっかりとアプローチを行っていくことが重要なのだが、外国人が日本の何を魅力と捉えているのかを知ることはとても難しい(簡単にできることとしては、日本にいる在日外国人の方々の声を聞くということが挙げられる)。

例えば、世界中に日本のポップカルチャー(マンガやアニメ)のファンがいることは、日本国内では長年知られていなかった。山田氏は、長年の海外の方々と接してきた経験から、こうしたポップカルチャーのファンは、海外の日本好きの中で最も熱いクラスターであるという。日本に行きたい、日本語を勉強したい、という強い熱意を持つ人々だが、日本が彼ら・彼女らに向けてインバウンド観光のアプローチを行ったのは2010年代に入ってからの話である。

インバウンド観光の意義が語られる際、往々にして経済面がピックアップされがちであるが、世界の人々が日本を好きになり、「日本の友達」を増やす大きなきっかけにもなっているという側面を忘れてはいけない。

訪日外国人に体験してほしい日本の魅力は?

日本を訪れる外国人が体験すべき、日本の魅力とはなんだろうか。山田氏は、自身が考える5つのポイントを挙げた。これは、メキシコやブラジルにて、日本に興味を持つ現地の人々に向けて話している点だそうだ。

1.伝統と近代の共存
日本には、歴史ある文化や建物がある一方で、最先端の技術が日常の中で共存している。そのコントラストは、世界的に見てもユニークであると言えるのではないか。

2.日本食
ユネスコ世界遺産でもある日本食。世界的にもブームとなっているが、必ずしも色々な種類の日本食が知られているわけではない。寿司や天ぷらなどは有名だが、外国人には「普段着」の日本食、例えば伝統的ファーストフードであり安価に楽しめる麺類(そば、うどん、ラーメン)をぜひ食べてほしい。

3.温泉
温泉は、日本人の国民的娯楽であろう。世界にも温泉はあるが、日本のような形のものはほとんど見られない。そんな温泉に、日本人と一緒に浸かって楽しむ体験は、他国では得られないものである。

4.お祭り
お祭りはどこの国においても特別なものだ。日本のお祭りを探して見に行くことも、外国人にとっては貴重な体験になるのではないか。

5.清潔な街・時間に正確な動き
日本人にとっては当たり前だが、日本を訪れた人々が誰もが感銘を受けることとして、街の清潔さと時間の正確さがある。新幹線が5分おきに定刻で発車することなどは、外国人にとって大きな魅力であり不思議なのである。

日本の魅力をどう伝えればよいか

では、日本を訪れた人々に対して、どのようにそれらの魅力を伝えていけば良いのだろうか。山田氏は、外国人観光客を呼びたい海外の地域が陥っている失敗例を紹介しつつ、同じようなことが日本の観光地にも当てはまると話した。

具体的には、例えば観光パンフレットやウェブサイトに、必要な情報が掲載されていない場合が多いこと。その地域の風景や食、体験については載っていても、「そのスポットまでどうやって行くのか」、「いつやっているのか」、「いくらかかるのか」などの情報が不足していることがある。

また、地図が掲載されていない場合もある。特に地方都市の場合、大都市との位置関係が明記されていなかったりする。日本で言えば、東京都の位置関係がどうなっているのかという情報だ。地図は旅情を誘う最強のツールだと語る山田氏は、魅力的な地図づくりの重要性を説いた。

ウェブサイトに関しては、TOPページだけでも色々な国の言葉に翻訳すべきだという。海外旅行をする際、まず人々の目に入るのは、自分の国の言葉で書かれた情報である。仮に現地の言葉を読めたとしても、母国語でない情報を読み込むのは労力がかかるものだ。近年は自動翻訳ツールのレベルも上がってきたので、それらを活用するのも良いだろう。

以上のように、その地域のことを知らない外から来る人の目線で、情報を発信していくことが大切である。さらに、山田氏が重要だと語るのが「ストーリー」の存在だ。

多くの人は旅にストーリーを期待する。歴史や小説、映画やアニメ、特産品を通じて、訪れる人にストーリーを提供して、それを体験してもらう。そのような魅力の伝え方があるのではないか。

具体的には、映画などの舞台を巡る「聖地巡礼」は、ファンにとって最も魅力あふれるストーリーだ。しかし、そうしたストーリーを提供するうえでは、現地でそれに則したグッズなどが売っていたりしないと、ファンにとっては物足りないものとなってしまう。

例えば、世界中にファンのいるエヴァンゲリオンだが、舞台となる箱根にはゆかりのものはほとんどない。聖地巡礼に訪れるファンに提供するものがあれば、それだけで大きな魅力になるという。

訪日外国人が魅力に感じることを見極め、ストーリーに乗せて発信していくことが求められているのである。

最後に山田氏は、世界の在外公館の中で最多のフォロワーを持つ在ブラジル大使館のFacebookにて、日本の魅力、とくに有名観光地ではない地方の魅力を発信していきたいとして、良質で著作権に問題のない動画・写真コンテンツの提供を呼びかけた。

時間をかけて根強い日本ファンを作るオタクイベント

続いては、国際オタクイベント協会(IOEA)代表の佐藤氏がプレゼンテーションを行った。

2015年に設立されたIOEAは、世界中のオタクイベントが集まった国連のような団体である。かつてコミックマーケットの仕事をしていた佐藤氏が、世界中にたくさんいるオタクと、商売ではないフラットな関係を作りたいという想いで設立をした。現在は約50ヶ国の150近いオタクイベントが参加しているという。

具体的な活動としては、『OTAKU EVENT CATALOG』と『TOKYO POP GUIDE』の制作がある。前者は、世界でどんなイベントが行われているかの情報や、有識者との対談などを掲載し、日本国内に向けて世界のオタクイベントについて知らせるカタログだ。後者は、英語で制作する海外のオタク向けインバウンドフリーペーパーで、年間8万部を発行し、20カ国で配布をしている。また、2021年には、オリンピック公認文化プログラムとして「OTAKU SUMMIT」の開催を企画しているそうだ。

そうした活動を通して世界中のオタクと接する佐藤氏は、アニメイベントには日本の価値観としての文化を理解する人々が集まっていると語る。彼ら・彼女らは、アニメやマンガが大好きでずっと見ている中で、日本を理解し、日本を非常にポジティブに捉えるようになっていくのだという。アニメやマンガなどのコンテンツには、そのような「きっかけ」としての役割がある。

海外のアニメイベントの参加者は10代〜20代の若者がメインだが、昔イベントに参加していた人々も、時間が経っても変わらずオタクであるという点がポイントなのだと佐藤氏は言う。そういった人々が子どもを連れて日本に来る、インバウンドに回帰するのである。そうしたきっかけとなっているのは、10年20年前の古いアニメだったりするわけだ。

世界中のオタクの人々が持つ日本に対する価値観は、子供の頃からアニメを見てきて、何百時間何千時間と訓練された結果身についたものなのである。そうした「ストーリー」をいかに観光につなげるかが大事になると佐藤氏は言う。

インバウンド観光において、東京や京都はまだしも、日本の地方都市は世界の大都市と比較された際、どうしても分が悪くなってしまう状況はあるだろう。しかし、ストーリーがついた「聖地巡礼」ならオンリーワンの存在になれるのだ。その地域を積極的に選ぶ理由になり得るのである。

ただ、ストーリーの蓄積には時間がかかる点は留意が必要だ。時間をかけて、「もっと色々な日本を知りたい」というマインドになってもらうことで、世界の人々を日本のヘビーリピーターにしていくことができる。

よくあるインバウンド振興策のような、今年実行して来年結果が出るものとは違う、時間はかかるが根強い日本ファンを作るのが、アニメやマンガであり、オタクイベントなのだと佐藤氏は語った。

インバウンドには長期的な視点が必要

プレゼンテーションの内容を踏まえて、参加者からは、「どうすれば、日本のコンテンツに興味のある人が、日本に来てくれるのだろうか?」という問いが出た。

山田氏は、そうした人々はお金と時間さえあれば日本を訪れるのではないだろうか、と答えた。自身が体験したエピソードとして、かつてマドリードのオタクイベントにて、自分で日本の聖地を網羅したガイドブックをつくっているファンと出会った。日本に行ったことはないにもかかわらず、そこまでの思いを持っているのだ。オタクの人々は、行けるのであればいつでも日本に行きたいと思ってくれている。

視聴者として参加していた元在カナダ日本国大使の門司氏も返答し、すでに日本が好きだという下地があるので、そこにきっかけを与えればいいのではないかと語った。コロナウイルスにより今日本に行きたくても行けないこの時期に、積極的に良いストーリーを発信することで、状況が改善したときに人々が訪れてくれる可能性はあるだろう。

MATCHAのカオ氏は、インバウンドにおいては観光振興が注目されがちだが、日本を訪れている外国人の多くは、まず日本のポップカルチャーに興味を持ち、そこから日本自体に興味を持った結果、日本を訪れているのではないかと言う。日本が魅力的だから日本に来ている、という認識はズレている可能性もあると指摘した。

佐藤氏は、肌感覚として、近年のインバウンドの伸びについては、以前から日本を認識していたが言語などの障壁があった人々が、スマホやクレジットカードの普及により一気に日本を訪れるようになった結果ではないかと言う。ただ、その背景にある日本への関心のポテンシャルについては、20〜30年かけて育ってきたものだろうと考えているそうだ。今のインバウンド対策においては、その背景を踏まえずに、すぐに回収できる効果のあるものを求めすぎているのではないかと指摘する。20年スパンで種まきをするような、長期的な視点が必要だとした。

門司氏もまた、インバウンドの伸びは、日本に来やすくなったことが大きく影響しているとする。安く旅行でき、英語もそこそこ通じるということが知られてきたことが要因だと言う。しかし、その事実がまだあまり知られていないのも現状だ。日本に行きたいけれど、お金がかかるんだろう、言葉が通じないんだろうと思っている層に対して、正しい情報を発信していくことで、さらにインバウンドは伸びるはずだとした。

心を惹かれるストーリーの重要性

プレゼンテーションでも度々登場した「ストーリー」というキーワード。山田氏は、ストーリーというのは、なにもアニメやマンガだけの話ではないと言う。地域の特産品や伝統文化も同様である。例として、盆栽は世界でファンが多い。しかし、さいたまの盆栽村がその聖地になっていることは、日本人にはほとんど知られていない。世界には色々なカテゴリーの日本ファンがいて、それぞれに聖地があるのである。それに気づき、それらをストーリーとして楽しめるような工夫をすれば、世界の人々はさらに日本を楽しめるようになる。

視聴者として参加していた寿司職人の方は、自らの店がインバウンド向けに行っている取り組みとして、英語で解説をしながら寿司を提供する「体験握り」を紹介した。寿司を通して、日本の良さや文化、職人や道具について伝える。例えば、なぜ生ものを食べるのか、ということを歴史や文化背景を含めて伝えることで、寿司の味は何倍にも変わってくると言う。一貫のお寿司の裏側にあるストーリーに興味を持つ外国の方は多いのだそうだ。

山田氏は、ある程度の知識を持っている人が、現地にてそれを追体験できるストーリーこそ、心を惹かれるストーリーであると言う。具体的には、自分の好きなアニメや小説の舞台、自分の好きな特産品がどう作られているのかを見るための旅行が挙げられるだろう。

先ほどの寿司の話に触れ、お寿司はすでに世界中で食べられているが、日本を訪れて、職人の技を見たり、どんな文化背景があり、本場の人がどういう思いを持って食べるのかということを知ること、つまり知的好奇心を満たすことが、旅行の大きな目的になるわけだ。そうした体験を提供できるかが、非常に重要になってくると語った。

コロナウイルスによるこの状況下でも、そうしたストーリーを途切れさせず、長期的な視点でいかに日本の魅力を発信していくかが、今の日本のインバウンド観光には求められているのかもしれない。

■ Facebookグループ「今だからこそできるインバウンド観光対策」

▼ こちらの記事もおすすめ

▼ 株式会社MATCHA(グループ運営)


この記事が参加している募集

イベントレポ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?