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カッコ悪いプレゼント

「ラジオネーム、モモンガ太郎君」

えっ、読まれた。しかも、初投稿で。僕はラジオのボリュームを上げ、イヤホンを鼓膜に近づける。

「僕は、県外の大学に進学するので、あと1週間で生まれ育った家を出ます。そこで、女手一つで育ててくれた母に、感謝の気持ちを込めて、何かプレゼントをあげたいと考えています。母は来月再婚するので、結婚祝いも兼ねた豪華なプレゼントにしたいです。しかし、何をあげたらいいかが分かりません。どうした方がいいと思いますか?」

僕の投稿を読んだダバディさんは、すぐには言葉を返さなかった。放送事故かと思うぐらい、沈黙の時間が流れている。

「この子、番号書いてるね。電話だな」

机の上に置いていたスマホが揺れ、慌てて電話に出る。

「はい、もしもし」

「ラジオネーム・モモンガ太郎君かな?」

「はい。そうです」

毎週、電話を繋ぐかもしれないとは言っていたが、これまでに繋いでいるのを聴いたことがなかったため、僕は貴重な機会に恵まれたことに興奮していた。

「メッセージ、ありがとう。実はさ、この番組って基本的に誰からもメール来ないんだよね。実は番組3年目にして初の電話なんだよね。だから、嬉しいよ。ハハハハハ」

「あっ、そうなんですね」

「それでプレゼントについて、悩んでいるんだね?」


僕の興奮した熱は一気に下がってしまったが、一応本題に入ることにした。

「そうなんです。何をあげるべきだと思います?」

「もし君が、高価なプレゼントを考えているなら、再婚相手の方に協力してもらうってのもアリだね」
ダバディさんは意気揚々と言葉を返す。声色から喜んでいるのが分かる。

「でも、再婚相手には頼りたくないんですよ。僕は2つ上に、仲の悪い兄がいて、再婚相手はそっちの派閥というか・・・」


「なるほど」

僕の事情を知ったダバディさんは、また時が止まったかのように沈黙モードに入ってしまった。

「すいません、難しいですよね。またいつかの機会にした方が・・・」

「ちょっと待て」


ダバディさんは、僕の言葉に覆いかぶさるように言った。

「諦めてしまったら、これまでの感謝の気持ちを伝えずに、お母さんと離れることになってしまう。そんなのはダメだ。いつかやると思っていても、そのいつかは永遠に来ないと思え」

ダバディさんの声色が低くなった。まるで別人のように、迫力が増していた。

「でも、安いプレゼントじゃ嫌なんです。母の満足のいくプレゼントが良いんです」

ダバディさんは、僕の言葉一つ一つに、相槌を打ちながら聞いていた。

「なるほど。ここで普通のラジオDJなら、プレゼントはお金ではなく、気持ちだからとか言って、君に安いプレゼントをあげるように勧めるだろうね。でも俺は違う」

「じゃあ、どうしたらいいと思います?」

僕が間髪入れずに聞くと、ダバディさんは、沈黙の3秒間を設ける。

「料理を作るんだ」

「えっ。料理、全然やったことないんですけど。どうして料理なんですか?」


ダバディさんの答えは意外過ぎて、やや乱暴に答えているとしか思えなかった。

「ご飯はお母さんが毎日作ってるよな?」

「はい。そうです」

「つまりお母さんは、手料理を誰かからプレゼントされることは、ほぼないはずだ」

「そうですね」

「だから、お母さんを休ませてあげるんだ。男ってのは、何でも簡単に済ませようとする。適当に花買って、ブランド物のバッグ買ったりして。でもそんなの、見栄っ張りなだけだ。相手に感謝の気持ちを伝えたいなら、自分の見栄は要らない。本当のプレゼントってのは、相手の立場を考えて、手間暇かけるってことなんだ」

ダバディさんの言葉は、僕の心に刺さった。さっきまで僕の考えは、確かに見栄っ張りで簡単だ。しかし、料理なんてかえって迷惑がられるかもしれない。

「でも、下手くそな料理でも喜んでくれますかね?」

「何言ってるんだ。下手くそな料理にならないように、練習するんだよ。たとえ、お母さんが作る料理ほど美味しくなくても、君が上達するために必死になったことぐらい、一口食べたらすぐにわかるさ」

「まぁ、そうかもしれませんが、まずかったら最悪じゃないですか?」

「だから、練習を頑張れ。じゃあ、そろそろ番組終わるから、来週のこの時間に結果を聞かせてくれ。じゃあ、一緒にグッバイコールするぞ」

「えっ? まだやると決めたわけじゃないですよ?」

「いや、俺の話に納得できたなら、やるしかないはずだ。それでは、ダバディ川村・夜のジャックナイフ、今夜はここでお別れです。グッバイダバディ!」

「グッバイダバ・・・」


一方的に電話を切られてしまった。僕の初めてのグッバイコールは僕にしか届かなかった。

 母が好きな食べ物はカルボナーラだ。普段立ち止まることのない、書店の料理本コーナーでレシピ本を買い、材料、分量、手順を頭に叩き込んだ。

スーパーで食材を買って、家族がいない時にカルボナーラを作った。牛乳、粉チーズ、クランデールを、本に書かれていた分量通りに入れていく。余った材料は、冷蔵庫に入れておくとバレてしまうので、胃の中に強引に押し込める。

そして最大の問題点は、家には計量スプーンがないことだ。母はいつも目分量でやっている。一度は目分量でできるかと思ったが、うまくできない。計量スプーンがないときは、ペットボトルのキャップで代用できると、テレビで聞いたことがあるのでやってみたが、それでも何か足りない気がする。

キャップ内の牛乳の量に微調整を加えて再チャレンジする。何度も研究し尽くすことで、だんだんと上達はしてきた。1日ごとに、味のクオリティも上がってきた。相手の立場になって手間暇かけるのは、とても大変なことだ。一晩中、やるかどうか迷ったが、母の喜ぶ顔を思い浮かべれば、大した苦労にならなかった。


 当日、家族みんなで外食することを昭仁さんには提案されたが、荷造りがあると言い訳して、家でご飯を食べることになった。いつも通りなら、母が19時頃に帰ってきて、その1時間後ぐらいに昭仁さんと洋輔が帰ってくる。

一応、母の負担を減らすために、あいつらの分も用意しなければならない。僕は台所に材料を用意して、母の帰りを待つ。

「ただいまー。あんたが好きなケーキ買ってきたよ。それと、一応最後の晩餐だから、あんたが好きな肉じゃが作ろうと思って」

母は、自分の買ってきたものを見せながら、僕の手元を不思議そうに見る。

「ん? なんか作るの?」

「おう。今日は料理は俺がやるから。肉じゃがは明日の夕飯にでも使って」

「えっ? 大丈夫? あんた料理できるの?」

母は僕の言葉を信じられないようで、心配そうに見つめている。

「大丈夫。みんながいない間に練習していたからさ。母の日でも誕生日でもないけどさ、最後に何か残しておきたくて。ちなみに、カルボナーラを、作る予定だよ」

母はその言葉を聞くと、一気に表情が緩んだ。まるで少女に戻ったように、その場で飛び跳ねていた。どうしても照れくさくて、感謝の気持ちだとは言えない。それでもいい。とにかく喜んでほしかったんだ。

「えーっ! 嬉しい。じゃあお母さん、料理できるの待ってるね」

「うん。サラダも用意してるから。まずは前菜から出していくよ」


もともとはパスタだけのつもりだったが、それではお腹いっぱいにならないだろうと、レタス、グリーンリーフ、トレビスをカットしたサラダを、あらかじめ用意していた。

「帰ったぞー」


玄関から昭仁さんの声が聞こえた。洋輔は子分のようにその後を歩いている。

「帰ってきたのかよ」

思わず漏れてしまった僕の声は、誰にも届いていなかった。奇跡的にこのまま帰ってこないことを祈っていたのに。

「ん? お前がご飯作ってるのか?」

台所にいる僕を見て、洋輔は鼻で笑いながら言った。

「あら、早かったのね。そうなのよ。カルボナーラも作ってくれるんだって」


母は嬉しそうに言うが、昭仁さんと洋輔は、馬鹿にする準備をしたかのように、顔を見合わせた。

「へぇー。じゃあ、お前の実力、見せてもらおうかな」

「悠太の料理、俺も食べてみたいなぁ」


洋輔と昭仁さんは、僕の手元を見て、不敵な笑みを浮かべている。

「あぁ。一応、人数分あるよ」

またこんな感じか。僕が何かをすると、この二人はからかってくる。正直僕は、こいつらには何も作りたくないが、母の仕事の負担を減らすためだと自分に言い聞かせ、自分の怒りを抑えつけた。沸騰している鍋に、人数分の麺を入れ、あらかじめ用意していたサラダをそれぞれの目の前に出す。

「これは、もともとミックスして売られてたやつを買ったの?」

昭仁さんは、自分の期待する回答を僕に求めるように、汚い笑みを浮かべている。

「違いますよ。自分で切りました」

僕は雰囲気を悪くしないように、作り笑顔を昭仁さんに向けた。

「あっ、カルボナーラ、そろそろできるので、少々お待ちください」

まるで、ウェイターになりきったように、口角を最低限上げて微笑み、台所へ戻る。誰かになりきっていないと、こいつらに対しての憎たらしい感情が爆発しそうだ。僕は練習した通り、茹で上がった麺をフライパンで温めた特製ソースに絡める。器を4つ用意して、トングを使ってなるべく綺麗にパスタを盛り、トレイにのせてテーブルに移動する。

「はい、できました。食べてみてください」

それぞれの座っている席にカルボナーラを置く。母は嬉しそうに写真を撮っていて、昭仁さんと洋輔は、欠点を探しているかのように、あらゆる角度からカルボナーラを眺めている。

「じゃあ、いただこうよ。いただきます」

「いただきます」

母の号令に僕一人が答え、それぞれが僕の作ったカルボナーラの麺を口に運んだ。

「ん? なんか味薄くない?」

一言目は洋輔だった。眉間にしわを寄せ、昭仁さんに同意を求めるように話しかけた。

「そうだな。なんか足りない感じがする」

鼻で笑いながら、口を尖らせる。洋輔は昭仁さんの言葉に背中を押されたようで、生き生きとした表情に変わる。

「お前さ、こんなもので料理って言えると思うか? もう食えねぇわ。一応言っておくけど、激マズだぜ。なぁお母さん、ウスターソースとかない?」

自分だって料理もできやしないくせに、文句を言うことに関しては、昔から一人前だ。しかし、そういう判断をされてしまったのは、僕の実力不足としか言いようがない。僕はそれに頷くしかできなかった。

「ウスターソース、多分向こうの棚にあったはず。とってきたら?」

「おう。分かった」

洋輔は台所の棚に向かって歩きながらも、僕の料理に対する不満を言いながら移動する。

「悠太、もうちょっと味付け濃くしてもいいのかもな? こんなんじゃ、恋人ができても胃袋掴めないぞ。あっ、悠太は男だから胃袋掴まれる側か。ハハハハハ」

僕に向かってのダメ出しが気持ちいいのか、昭仁さんのその言葉は、洋輔以上にバカにしている気がした。

「そっか。まぁ、なかなか料理は難しいね。俺、今日聴きたいラジオあったから、それ聴いてくるわ。捨てたければ、捨ててもいいから、流しにおいといて。俺が後で洗っとく」

僕の作った料理がまずいことは確かだ。自分でも一口食べてみたが、やはり母が作ってくれる料理とは雲泥の差だ。母は何も言わなかったが、僕は自分がしたことをこんなに否定されることが耐えられなかった。そうなる可能性も分かりきってやったことなのに、この場から逃げることしか思いつかなかった。

「あれ? なんでお前泣いてるの?」

鬼の首を取ったかのように、洋輔が僕に注目を集めさせた。

「あぁ、ごめんごめん。そんなつもりなかったんだよ。っていうか、これだけで泣いちゃダメだよ」

昭仁さんも説教くさく、僕に言葉で襲いかかる。

「ううん。別に」

僕はその言葉を口にして、部屋に逃げ込んだ。机の上に目をやると、スマホが揺れだし、僕は慌てて電話に出る。

「はい、もしもし」

「あっ、もしもし? モモンガ君、どうだった? ってか、今ラジオ聴いてた?」

電話口はダバディさんだった。

「あっ、聴いてませんでした。すみません」

ダバディさんの声を聞くと、不思議と涙が溢れてきてしまって、言葉のところどころが綺麗に発音できない。

「どうしたんだ? ひょっとして、失敗したのか?」

「・・・はい。母の好きなカルボナーラを作ったんですけど、再婚相手と兄にバカにされちゃって、母も美味しいとは言ってませんでした」

僕はどうにか笑いながら、自分の情けない姿を回想した。

「そうか。失敗か」

ダバディさんは残念そうにため息をついた。

「そうです。ダバディさんのせいですよ。番組ステッカー、送ってくださいね」

泣いていることがバレていないうちに、早く会話を終わらせたい。明るい自分のままで、電話を切ろうとした。

「モモンガ太郎君。君は今、痛くてダサくてカッコ悪い。だって、自分の計画が失敗して、それをバカにされて泣いているからな」

ダバディさんは、僕が一番触れてほしくないことに、さらっと触れてきた。

「ですよね。まぁ、こんだけで泣いてるやつなんて、マジできついですよね。もう、何にもできない気がしてきましたよ」

図星だった僕は、開き直るしかなかった。もう、消えてなくなりたくなった。自分の今までが恥ずかしい。誰も味方がいないことが辛い。自分の出来の悪さに呆れている。体内で沸き上がる感情は複雑に僕を縛りつけた。

「でもな、モモンガ太郎君。痛くてダサくてカッコ悪いことができないヤツは、人を喜ばせることはできない」

「えっ?」


僕は、肯定されてるのか、否定されているのか分からないその言葉に、戸惑いを隠せなかった。

「料理の味がどうであれ、お母さんは喜んでいるはずだ。料理なんてしたことのない君が、必死になったことぐらいわかっている」

「そうですかね?」

僕をフォローしてくれるのはありがたいが、その言葉を素直に受け取れなかった。

「自分のために作ってくれた料理って、まずくても美味いんだ。例えば、5歳ぐらいの子がお母さんの絵を描くと、下手だけどお母さんたちは喜ぶだろ?」

「まぁ、それは赤ちゃんですから」

「君だって、料理においては赤ちゃんだ」


「そうですね」

僕はその理屈に納得しているが、それでも情けないと思っている。

「自分のために、痛くてダサくてカッコ悪いことをしたという事実が、お母さんにとっては一番のプレゼントなんだよ」

「僕はこれでよかったんですか?」

「多分、大成功だ。再婚相手と兄貴のことは、どうでもいい。そいつらのために、君は何かをしたわけではないだろ?」

「はい」

「じゃあ、お母さんと話してこい。しかも、明日からは離れ離れなんだろ?」

「そうです。ダバディさんと話してる場合じゃなかったですね」

「何言ってんだ。こっちだって他のリスナーと電話繋がないといけないんだよ。はい、グッバイダバディ」

電話は一方的に切られてしまった。他のリスナーなんていないくせに、僕のために切ってくれた。僕は自然と笑ってた。ダバディさんの言葉で、心が軽くなった。痛くてダサくてカッコ悪いことは、誰かを幸せにする可能性だってあるのだ。

「悠太、入っていい?」

母がドアをノックする。ちょうどいいタイミングだ。

「うん、良いよ」

ドアを開けた母は、僕を見て申し訳なさそうに頭を下げた。

「悠太、ありがとうね。本当に嬉しかった」

「カルボナーラ、まずかったよね?」

「ううん。私は美味しかった。悠太の料理に感動しちゃって、食べてるときは何も言えなかったんだ。ごめんね」

「なんで美味しいのに何も言えないんだよ」

「あぁ。悠太は記憶ないかもしれないけど、あんたのお父さんも、同じようなことしてたんだよ。でも昭仁さんの前でその話をするわけにもいかないしさ」

「えっ? お父さんもお母さんに料理作ったってこと?」


実の父の話は、あまり聞いたことがなかった。母が自ら口に出すのは初めてだ。

「うん。悠太のは味が薄めってだけで、全然美味しく食べられるんだけど、お父さんのは薄くて苦かったんだよね。でも、あの時嬉しかったんだよね」

母は頬を赤らめながら、父のことを脳内に描いているようだった。なぜ、カルボナーラが苦くなるのかはわからないが、それよりも父と同じことをしていた自分が、なんとなく嬉しく思った。

「へぇー。お父さんってそんな人だったんだ。もう、最後だから聞いちゃうけど、なんで離婚したの? ずっと気になってたんだ」

僕は勇気を持って核心をついた。父への興味が湧いた今、どうしても聞きたくなった。

「あぁ。あの人が一方的にふったのよ。元々は市役所に勤めてたんだけどね、いきなり音楽やるとか言い始めて、養えないから別れたいって言われちゃったの」

「えーっ! お父さん歌手だったんだ。何て名前でやってるの?」
父の意外な姿に、僕は腰を抜かしてしまった。ますます、父に興味が湧いた。

「確か、ダバディ川村だったかな。全然売れてないんだけどね」


僕の体全身に衝撃が走った。さっきまで話していたおじさんは父だった。不思議な感覚だが、それが事実なんだ。

「えっ? へぇー。知らなかったぁ」

僕はさっきまでのことを話したいが、再婚する母に気を遣い、何も知らないふりをした。

ダバディさんは、ラジオネーム:モモンガ太郎が僕だと知ってたのかはわからないが、とにかく今、僕が言えることは一つだけだ。

お父さん、ありがとう。


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