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恋愛システム

朝の学校。涼しい風が吹いた快適な教室に、誰よりも早く入った。

誰もいないせいか、教室のすべての窓を開けると、吹き抜ける風が気持ちよかった。スカートがめくれても気にしなくていい。一応、中にスパッツを履いているので心配はないが、大胆にスカートがめくれているのは恥ずかしい。さらに言えば、大きく両手を広げていることも恥ずかしいことだ。しかし、こんな快適空間でこれをやらずにはいられない。

「おい、どうした?」

いきなり後ろから声をかけられた。

「えっ! 見てたの?」

恥ずかしくなった私は、慌ててスカート、髪の跳ね具合を自分なりの定位置に戻した。

「まぁ、何してるのかわからなかったから、2分くらいは見守ってたけど」
横矢君は、少し微笑んで自分のカバンをロッカーに突っ込む。

「ねぇ、さっきの恥ずかしいから他の人に言わないでね」

いつもたくさんの男子生徒が周りにいる横矢君に、くぎを刺しておかないと、後から大夢君にこのことを聞かれてしまうと考えるだけで、すごく恥ずかしくなった。横矢君なら何気なく言いそうだし。

「はいはい。別に大夢にこれ言ったって、そんなに嫌がらないとは思うよ」

横矢君は自分の席に着くなり、その名前をサラッと発した。

「えっ? 何で知ってるの? 誰から聞いたの?」

私は焦りと戸惑いで、余計に声が大きくなった。

「いや、桜井見てたら、大体わかると思うんだけど」

「そうなのかぁ。このことも、絶対言わないでね」

私はまた、横矢君に自分の秘密を託した。

「あ、そういえばさ、横矢君って好きな人とかいないの?」

この話を広げるのは、私にとって不利になる。ならば、いっそ話を変えるしかない。

「あぁー。俺は誰でも」

横矢君は、自分のカバンを探りながら適当に話した。

「誰でもってことはないでしょう」

恋をしている私からすれば、こういう答えを出す人は、あんまり恋に興味がないと思った。まぁ、他の生徒より大人っぽい横矢君なら、しょうがなかった。多分、私たちの誰にも興味がないのだろう。周りが部活ばっかりしている中、学校で唯一バイトをしている。青春という概念が全くない人だ。

「まぁ、みんなほど青春の輪に入れてないからわからないんだけど、みんな、大夢の何がいいの?」

横矢君は、何にも考えていない風に見えたが、まさかの攻撃的な姿勢で私に向かってくる。

「何って、まぁ、よくわからないんだけど、部活で活躍しててさ、身長も高くてさ、かっこいいじゃん?」

かなり恥ずかしいけど、大夢のことを否定されたくなかったから、少し抵抗してみた。

「それなんだよなぁー」

横矢君は、どこか残念そうにしながら、カバンから取り出したケータイを右手に持って、窓の外を眺めた。

「それって何?」

私には横矢君の言っている意味が、さっぱり分からなかった。

「だからさ、人が人を好きになるって、ある程度システム化されててさ、この学校の女子は部活をしている人が好き。部活で成果を上げている人がカッコいい。汗を流して、仲間がいて、その実績がまずは第一で、それで減点するところが他になければ、カッコいいんだよな。好きになるんだよな」

「もういい」

横矢君の言葉をさえぎるように、私はねじ伏せた。言葉にするのは難しいが、とても嫌だった。私はまだしも、他の女子の悪口までは聞いてられなかった。横矢君はこの学校で恋愛する気はないからいいけど、見下すのは違うと思う。

 あれから、横矢君とは喋らなかった。高校卒業してから、ずっと今まで。

でも私は今、横矢君を待っている。これで8年ぶりに横矢君と話すきっかけができる。高校の同級生から連絡先を教えてもらい、会う約束まではこぎ着けた。

私は大学に進んで、就職もしたけど、誰一人として、他に思い出に残った人はいない。横矢君と同じように、私を傷つけた人はいなかった。好きな人なんて、大体はろくでもなかった。ほとんどの人は、他の女の子からも人気で、引く手あまたな状態。だからこそ調子に乗っていて、お前なんていつ捨ててもいいって感じで、私に興味のある人なんていなかった。

傷つくたびに横矢君の言葉が浮かんだ。横矢君が話していたシステムって、こういうことなんだ。そして、横矢君に会いたくなった。あの時のことを謝りたいし、もう一度横矢君と話してみたい。

「あっ、桜井?」

茶髪でパーマをかけた青年がやってきた。筋肉質で日焼けして、それでもってオシャレな香水を微かに匂わせている。

「ん、違う」

私は咄嗟にそう言った。横矢君の印象が違うだけじゃなくて、私の心の声が総合的に違うと断定した。横矢君、私はそういう男にひどい目に遭わされてきたんだ。ただの財布だと思われたり、体だけの関係と突き放されたり。横矢君が言ってたモテる男に、なんで横矢君が近づいているの。

「あぁー。俺の印象、違うよね。実を言うとさ、高1のときに桜井が好きだった大夢みたいになろうと思って、外見だけ少し真似してみたんだ。アイツ今、こんな感じなんだよな。まぁ、パーマまではかけてないけど」

横矢君は、髪を触りながら恥ずかしそうに言った。

「横矢君、ごめん。もう、今の横矢君には興味ない」

私は横矢君の目をはっきりと見た。あの時のように、今度は私が横矢君を傷つけた。

「そっか。あの時桜井に言われてから、大夢みたいなヤツになろうと、必死だったのにな。まぁ、今そんなこと言っても駄目だよな」

横矢君の発言から分かるのは、8年間ずっと私を想ってくれてたということだ。

「ねぇ、昔の横矢君に戻れない?」

私はこれから。新たな恋をはじめようとしている。システム化されていない、自分にしかできない恋を、横矢君としたかったから。

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