「苦手だけどできる」と「苦手だからできない」の差は大きい。
生まれ変わるなら、「誘う人」ではなく、「誘われる人」になりたい。
これまでの人生で、何度そう思っただろうか。
僕は、人とスケジュールを合わせたり、誘うことに対して、ものすごく苦手意識があります。
正確にいえば、「苦手」というよりも、「ストレス」に感じてしまいます。
大人になればなるほど、こっちから誘うのに、かなりの勇気が必要になるし、楽しみに来てくれる人も少なくなります。
なんとか合間を縫って、普段の生活スタイルを崩して、しょうがなく時間を作って来ているという態度が見えた瞬間に、「あぁー、めんどくさい!」と叫びたくなります。
もちろん、そのめんどくさい気持ちを乗り越えていい気持ちで帰ってもらうために、誘った側の責任をこなすのですが、それを何度も続けていると、かなり気苦労してしまいます。
その結果、最近では「そろそろ、アイツを誘うか」と思っても、なかなか一歩踏み出せない自分がいます。
「そろそろ連絡入れたいんだけど、今の俺の精神状態で迷惑がられたら耐えられないな・・・」
「こういうのは、早く連絡した方が良いんだけど、言い方を考えないとな・・・」
「急に連絡来たら迷惑だろうし、断らせるのも手間だしな・・・」
こんなことを一度でも考えてしまうと、もうこれ以上は動けません。
ときどき、「向こうから連絡が来ればいいのに」なんて、他力本願なことを思ったりもしますが、僕のその願いが叶ったことは一度もなく、自分で何とかするしか選択肢はありませんでした。
ただ、思いもよらない人から連絡が来たり、意外な人から誘いが来たときには、ものすごく嬉しくなります。
自分が人を誘うことに対して苦手意識があるので、はじめの一歩を踏み出す勇気が相当なものだと分かるし、何度か誘ってくれる人に関しては、「この前、自分と会ったのが楽しかったんだな」と伝わります。
きっとこれは、僕が「誘われる人」だったら、こんなに嬉しくならなかったでしょう。
苦手なことをやり続けたから、本気で感謝することができるのです。
今は、苦手をやらないことが美徳とされていますが、僕はある程度はやり続ける必要があると思います。
特に、コミュニケーションに関しては、苦手なことをやってみることで、自分の身の振り方に大きな変化がでます。
これって簡単だと思ってたけど、こんなに大変なんだ。
コミュニケーションは、常にその連続です。
「苦手だけどなんとかできる」と「苦手だからできない」には、大きな差があります。
単純にできることが多い人の方が役に立つし、他人の気持ちを分かる人の方が周りを大切にできます。
やっぱり僕は、そんな人間になりたいので、特に若いうちは苦手なこともやりたいと思います。
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