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めんどくさいと思えるなら、まだまだ成長できる。

家から出ることがなくなって、いろんなことが面倒に感じます。

仕事はもちろん、ちょっとした外出すらも億劫です。

ただ、めんどくさいと言って、何もかも後回しにするのは、自分にとっては良くないです。

後でツケが回ってきますし、何も取り組めない自分を情けなくも思います。

そんな自分に出会うたびに、自己嫌悪に陥ってしまうので、「めんどくさい」と思うのは、とても辛いことでした。

しかし、そもそもなぜめんどくさいと感じるのか。

その原因を考えてみたら、意外と簡単な答えにたどり着きました。

それは、自分が未熟な分野に取り組んでいるからだと思います。

慣れきったことに対して、めんどくさいと感じることは少ないです。

ご飯を食べることも、お風呂に入ることも、歯磨きするのも、めんどくさいといえばそうですが、しないと気持ち悪く感じてしまうのも確かです。慣れきっているので、腰も重くありません。

ただ、いつもと少し違った仕事だったり、新しいことに取り組もうとするたびにめんどくさいことは、よくあります。

それは、「数」をこなせていないのと、「結果」を出せていないからこそ、めんどくさいと感じてしまうのです。

誰かにとっては、生きがいになる楽しい娯楽でも、僕にとってはめんどくさいことなんて、いくらでもあります。

例えば、僕は「飲み会」のことを、人生でトップクラスにめんどくさい行事だと思っています。

飲み会をよくやってるくせに「めんどくさい」と言う、カッコつけているタイプの人間ではなく、飲み会に誘わせない雰囲気を醸し出している、ガチのタイプの人間です。

どうしても行かなければならない「飲み会」があれば、その日程が決まった日から億劫で、夜も眠れないです(笑)。

お酒を飲まないとノリが悪いとか思われる、気を遣って注文しないといけない、お酒を注がないといけない、そんなに要らない食べ物を食べなきゃいけない、相手のつまらない話を聞かないといけない…。

考えるだけでしんどいです(笑)。

でもそれは、数をこなせていないのと、結果を出せていないのが原因です。

僕は大学も行ってないので、飲み会を頻繁に開く環境にいなかったですし、実際に行った飲み会が楽しかった記憶もありません。

つまり、飲み会に参加した「数」と、飲み会で楽しんだ「結果」の問題なんです。

たったそれだけの話なんです。

なので、新しい分野に取り組もうとして、なかなかやる気が出ないのは、自分がその分野を本当に好きじゃないのではなく、その分野に向いていないからなのではなく、単純に「数」と「結果」の関係かもしれません。

それならば、めんどくさいと思ったら、「成長できる機会」と置き換えて考えればいいのです。

僕が今、めんどくさがらずに毎日noteを更新しているように、初めはめんどくさいと感じていることも、いつかめんどくさくなくなる日が来るんです。

人間の「慣れる力」はすさまじいので、良くも悪くも上手く使えば、どこにだって行けるでしょう。なるべく、自分のためになるような、めんどくさいことをしていくべきです。

これからめんどくさいことが増えるたび、ワクワクしたいと思います(笑)。

面白いと感じてくれた方、よろしければサポートお願いします。純粋に僕が嬉しいだけでなく、もっと量が多く、もっと高品質な作家活動ができます。どうぞ、よろしくお願いします!