「誰にも、何も、文句を言わせない自分」なんて、最低の自分だ。
気にしすぎな性格の人は、他人から文句を言われないように生きようとする癖があります。
「誰にも、何も、文句を言わせない自分」を手に入れたら、最高だと思い、時には、文句を言わせないために努力することがあります。
例えば、見た目について。
たまに帰省すると、久しぶりに会った親戚のおばさんに、「太ったね」と何度も連呼されたことがありました。
一応、身長に対しての体重は標準的なのですが、以前の僕は、異常なほどに瘦せていたので、以前の僕を知っている人なら、今の標準的な体重の僕は「太っている」という認識になることは仕方ありません。
ただ、僕は人の言葉を気にしすぎる性格なので、そこから三食の食事を二食にして、運動を繰り返し、瘦せたとわかる見た目になるまでダイエットしました。
実際、周りにも「痩せたね!」と言われるようになり、ちょっとした達成感に繋がりました。
これで、僕が望んでいた、「誰にも、何も、文句を言わせない自分」が手に入ると思っていました。
しかし、理想の体と引き換えに失うものが、実はありました。
それは、「幸せの共感」です。
僕は、誰が見ても分かるほどは太っていなかったので、大変な思いをしてダイエットしたわけではありません。
ただただ、食事の幸せを犠牲にしたのです。
しかし、世の中の9割以上の人が、食べ物の話題が大好きです。
周りがそんな話題で盛り上がっている中、僕には、最近食べた美味しい食べ物の話は、一つもありません。
ダイエットの話でも盛り上がらなければ、美味しい食べ物の話でも盛り上がらない。
周りからすれば、間違いなく、面白みのない人間です(笑)。
僕自身も、周りの声を聞いていると、だんだんとツッコミを入れたくなって、他人の会話を聞くのもストレスになります。
「俺、ついつい、揚げ物食べちゃうんだよねー(笑)」
何笑ってんだよ、そんな生活したら、一生醜い体だぞ!
「私、美味しいごはんがないと、生きていけないんです」
はぁ? 俺は今、美味しいごはん無しで生きていますけど?
「行列に2時間並んで食べたけど、マジで美味しかったー!」
2時間並んで、その感想しかないなら、元をとれてないね…。
「誰にも、何も、文句を言わせない自分」を手に入れたと思っている僕は、知らず知らずのうちに、「誰かに、何か、文句を言う自分」になっていきました。
こんなヤツと喋りたい人なんて、地球にいません(笑)。
つまり、「誰にも、何も、文句を言わせない自分」は、むしろ、「最低の自分」なのです。
特に、自分が幸せを我慢しているとき、周りの人が幸せをかみしめていると、自然と怒鳴りたくなってきます。
それで人格すら変わってしまうぐらいなら、最初から他人の「太ったね」という指摘なんて、聞かなくていいんです。
別に、標準体重だし、モデルでもないし、あんたより太ってないし…。
初めからこう言い返せば、自分をねじ曲げる必要はありませんでした(笑)。
吹っ切れた僕は、銀座にある木村屋のレストランの看板メニュー・ビーフシチューを食べに行くことに。
とろけるような肉と野菜、食べ放題のパンを13個も腹いっぱいに食べて、こんなことを思いました。
こんなに美味いもの食べれてるんだから、もう、誰に、何と、文句を言われても、全然いいや。
面白いと感じてくれた方、よろしければサポートお願いします。純粋に僕が嬉しいだけでなく、もっと量が多く、もっと高品質な作家活動ができます。どうぞ、よろしくお願いします!