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ちょっと変な結婚式

「それでは、新婦の入場です!」

啓太の声でドアノブのついた扉が開き、私は啓太の元へゆっくりと歩いた。

「新婦の薫さん、すごくきれいですね。見れば見るほどうっとりしてしまう、そんな美貌を持ち合わせています」

啓太は扉のすぐ近くで私を迎え、会場を盛り上げるための言葉を連発している。自分の恋人に向かってそう言われるのはとても恥ずかしい。いや、この人が自分の旦那だと思うと、すごく嬉しくなった。

「さぁ、夫婦そろったところで、僕らの結婚式を始めたいと思います。この結婚式は、僕が企画、演出、司会までも担当して、全てのプログラムを進めて参ります。皆さんには負担のないように、余興なし、友人代表挨拶なし、両家代表挨拶なしでお送りいたします。どうぞ、気軽な気持ちで観ていってください」

啓太は、記録用に回されたカメラに向かって、声高らかに言いきり、深くお辞儀をした。私もそれに続いてお辞儀をする。これから始まる結婚式が、どんなものになるか、不安と期待でいっぱいになった。

啓太は昔から、自分のアイデアで何かをするのが好きだとは言ってたが、ここまで私のために骨を折って、この式を楽しめるのだろうか、そもそも啓太のアイデアを実行することで、式が上手くいくのかも分からない。啓太は、そんな不安を微塵も感じさせないように、声色を一切変えることなく、式を進行していく。

「ではまず、二人の馴れ初めから見ていきましょう。電気暗くしますねー」

啓太が手動で電気を消し、辺りが真っ暗になると、画面に映像が流れた。私と啓太の小さい頃の写真が二面で映り、私は自分が幼稚なポーズをしていることに恥じらいを感じながら、幼い頃の啓太の天使のような可愛さにうっとりしていた。

時間を追うごとにスライドしていく私たちの写真の映像とともに、啓太はピアノを弾いている。普通は映像とともに音声も収めておくと思うが、技術がなかったのか、生演奏にこだわっているのかは分からないが、必死になって演奏している。私の好きな曲を演奏していることが素直に嬉しいが、後半になっていくと演奏がひどくなっていき、スライドに集中できなくなっていった。

「さぁ、皆さんいかがでしたか?続いては、ケーキ入刀でーす!」

いきなりかよ、とは思ったが、この結婚式は何かと省いているので仕方ない。啓太自ら作ったというケーキを自分で運んできて、私にナイフの柄を握らせて、その上から啓太の手のひらが重なった。その汗の量から緊張感が伝わった。

「僕は司会者なので、あんまり食べれませんが、代わりに薫さんが食べてくれるので大丈夫! この日のために痩せてきたんです! ガンガン食べてください!」

「うるさいなぁ!」

余計なことを言う啓太に、私は少しだけ抵抗する。しばらくその会話を続けていたかったが、ケーキ入刀を終えると、啓太はさっと元の位置に戻り、再び式を進行する。ケーキを食べさせ合いたかったのに、自分が司会の意識が強いため、そういうわけにもいかないようだ。いかんせん私も、啓太の額の汗を見るたびに、心のわくわくした感情が高ぶっていることを自覚していて、次の展開を望んでいた。

それからも、啓太と私は自ら友人たちに電報を読んだり、両親に手紙を読んだりと、自分たちが忙しくなるばかりの結婚式を続けた。そして最後のプログラム。新郎新婦それぞれが、お互いに対して手紙を読む時が来た。啓太は四つ折りにした手紙を上手く開けられずに苦戦していて、嫌でも緊張が伝わってくる。そして、私の目をまっすぐ見ながら語る。

「薫、結婚おめでとう。そして、こんな手作り感満載の結婚式にしちゃって、本当にごめんなさい。薫にとって、この結婚式は良かったのか、悪かったのかなんて分かりません。ただ、この結婚式は俺の覚悟です。俺は、どんなことがあっても、薫に尽くします。慣れないピアノ演奏でも、やったことのない司会でも、あなたが喜ぶ可能性のあることは全部できます」

その発言に射抜かれてしまった私は、じっとしているわけにはいかなかった。体が勝手に動き出し、啓太のことをぎゅっと抱きしめた。

「ちょっと、薫…」
「啓太、ありがとう。私、啓太と結婚して本当に良かった」
「薫…」

啓太は、私の名前をかすれた声で呼びながら、ゆっくりと抱きしめた。おそらく、泣いているのかもしれない。

「でも、ごめん」

私は啓太の胸の中で謝った。

「んっ?何が?」

啓太が不安そうに私の顔を覗く。

「私やっぱ、本当の披露宴やりたいなぁ」

私の発言に驚いた啓太の体から、緊張の熱と力が一気に抜けていくのが分かった。

「何でだよー。やっぱ、これじゃ結婚式とは呼べないかぁ」

啓太は、そう言いながら、抱きつく私の頬を優しくつねる。思ったより、私の発言に残念がっていて、そこもまた可愛い。

確かに、6畳一間のアパートで、二人だけで結婚式をやるなんて、女子の憧れる結婚式じゃない。でも、お金がない私たちにできる最大限の幸せな方法だ。それを考えてくれた啓太には、感謝している。

「ううん。今日は人生で一番幸せな日だと思うし、これから何度結婚式をしても、この結婚式を超えることはないと思う」

「じゃあ、なんで?」

啓太は納得いかなさそうに私を見つめる。

「その理由は、次、披露宴やってくれたら教えてあげるね。」

「なんだよー!」

私の意地悪な発言も全て包み込んで、啓太は私を強く抱き寄せた。抱きしめ合いながら、その後の人生も、啓太と抱きしめ合った温もりを体に残したまま、生きていたくなった。そう決心させた、最高の結婚式だった。

私が絶対に式を挙げさせるために、もったいぶったのは、大きな理由があった。それは、啓太と一緒に生きていくことを、みんなに自慢したくなったから。誰かに羨ましく思われたいから。啓太、本当にごめん。本当にしょうもないよね。こんな私でも、どうかよろしくお願いします。

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