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春のクリュフ 2話

「初めてお会いしますよね?」
 シドは相手の顔色を伺うが、髪と同じ黒い瞳からは、何も読み取れない。男はゆっくりと新聞をテーブルに置いた。
「初対面ですね。でも、あなたのことは知っています。例えばこのエインズリー」
 男はテーブルの上の新聞を手で示した。
「あなたは何度か記事を書いている。印象的な記事です。でもあなたの本分は写真だ。そうでしょう?」
「ありがとうございます。ええと、じゃあ、君は僕の読者っていうか……」
「そんなところです」
 シドはまだ腑に落ちない思いで相手の顔を見る。向こうのテーブルで、野太い男たちの笑い声が上がった。朝から素面だろうに賑やかなことだ。食器がぶつかり合い、椅子から立ち上がる音がすると、人足姿の男たちが騒がしく出て行く。シドは少し声を張った。
「この辺りの方ですか? 僕は昨晩着いたところで。夜は、静かでいいですね。ちゃんと暗いし。都会はどうも、落ち着かない」
 男は顔を少しほころばせた。それでも、冷たげな印象は消えない。
「年寄みたいなことをおっしゃる。でも、そうですね。私も適度に鄙びて、静かな場所の方が好きだ。残念ながらこの辺りに住んではいないし、家はエルの汚いアパートです」
 エルは今いる田舎町から七十キロほど離れた、この地方の中心都市だ。
「ここへは、お仕事か何かで?」
「ええ、商品の仕入れです。私も昨晩着きました。偶然、宿の方とあなたの会話が耳に入り、あなたが誰か検討がついたのです。見知らぬ男が訪ねてきて、藪から棒で驚かれたでしょう」
深入りの強い豆の香りがして、おかみさんが朝食を運んできた。コーヒーと、つややかに黄身の盛り上がった目玉焼きはベーコンつき、セロリとニンジンのピクルスに、生のルッコラが散らしてある。焼きたてであろう丸パンの横に添えられたバターは、パンの熱で黄色く潤み、シドの鼻をひくつかせた。
「私はもう済ませましたから。食べながらお聞きください」
 シドは頷き、まずは目玉焼きに襲い掛かかる。
「藪から棒ついでですが、私は仕事にかかるまでまだ時間がある。どうでしょう、差し支えなければ、あなたの仕事に同行させてもらえないだろうか。記者とはどういうものか、興味があります。むろん、邪魔するつもりはありません」
「いいですよ」
 美味しい朝食に良い気分になっていたからだろうか、シドはパンを口に放り込みながら、そう答えていた。
「ハスカだ。よろしく」
「よろしく」
 コーヒーのパンチのある苦みに、シドの頭は冴えてくる。舌に渋みの残らない、好みの味だった。さて、どうしたものか。
「今日は、孤児院を取材に行くんです。でもね、地味でも、お涙頂戴な話でもありませんよ」
「それは」
 ハスカは組んでいた足を戻し、背中を背もたれに預けた。
「興味深い」







小説家ですと言えるようになったら、いただいたサポートで名刺を作りたいです。後は、もっと良いパソコンを買いたいです。