fictional diary#17 空の窓まじない
その町に昔から伝わる、晴れ乞いのためのおまじないを教えてもらった。そのあと、二日続けて雨の降った日、ほんとうに、町の通りのどの家でもそのおまじないをやっているのを見かけて驚いた。よくあるてるてる坊主なんかじゃなくて、それよりもっとロマンチックな感じのするおまじない。まず最初にすることは、家のなかで、いちばんきれいで、欠けたり傷がついたりしていない窓をひとつ選ぶことだ。古い家で、どの窓もぜんぶ傷んでいたりするときは、その中でいちばん、と思うものを選べば良いそうだ。その窓を、一点の曇りもなくピカピカになるまで磨きあげる、たいていは古い布切れを使って掃除する。雨の通りを歩いていると、布でけんめいに窓をこする人たちの姿が家々の明かりのなかに浮かび上がる。どの顔もみんな真剣そのものだ。窓を磨きおえたら、いちど窓から離れて、窓をすっぽり覆う大きさの白い紙を準備する。おまじないのために、この町ではどの文房具屋に入っても、白い大きな紙がすぐ目につく場所に置いてある。最初は不思議に思ったけれど、理由を知ってからはなるほどと合点がいった。その白い紙を、床でもテーブルでもどこでも好きなところに広げて、そこからは想像力がものをいう。雨がやんだら、こんな青空が現れたらいいな、という理想の青空を思い浮かべ、それにいちばん近いと思う色で紙を塗りつぶす。絵心があるなら、白い雲や飛んでいる鳥を描き入れたり、青色に濃淡をつけたりしてもいい。とにかく自分が、よし、と思える色に塗ることが大事なのだそうだ。大きな紙を端から端まですっかり塗り終えたら、青い面が外側を向くようにして窓にはりつける。家の中からだと白い紙の背中しか見えないが、外に出てみるとまるで、その窓だけ青空が映り込んでいるみたいに見える。画家や絵の上手な人の窓には、雨になっておまじないの絵が貼り出されるたびに、素晴らしい空の絵を一目見ようと人だかりができるという。そうやって、それぞれの家のなかでおまじないがかけられる。だれも統計など取っていないけれど、町の人はみんな口を揃えて、通りのほとんどの家の窓にこの青が貼られて、そのあと晴れにならなかったことは、いままでに一度もないよ、と自信たっぷりに言う。
Fictional Diary..... in企画(あいえぬきかく)主宰、藍屋奈々子の空想旅行記。ほんものの写真と、ほんとうじゃないかもしれない思い出。日刊!