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夫の前カノのカーテン


うちのリビングには夫の前カノが選んだカーテンがかかっている。

私が夫の部屋に転がり込んだ当初、リビングの大きな窓にはカーテンが掛かっていなかった。東向きの窓からは、朝陽が容赦なく入り込んでいた。
リビングには、なぜかありとあらゆるガラクタが堆積していて、リビングとしての機能をほとんど成していなかった。

結婚当時、私達は二人共どちらかと言えば鬱状態で、新婚だというのに二人の部屋を積極的に住みやすく整えようとはしなかった。
リビングを使うのは食事の時のみ。
ごちゃごちゃと雑多なもので占拠されたリビングの隅っこに小さなちゃぶ台を置いて食べる状況が2年程続いた。
2年後くらいに、夫が鬱から回復してリビングのガラクタを一気に片付けた。
簡素なテーブルと椅子も置いて、やっと落ち着いて食事ができるようになった。
そうなってやっと、
「カーテン欲しいよね」
と私が言った。
「カーテンだけは買いに行くのが嫌だ」
と夫が言った。

夫と前カノは結婚を考えていた。
夫は独身でマンションを買っていた。新居は決定しているので、週末ごとに新生活に必要なものを少しずつ一緒に買い揃えていたようだ。
しかし、結婚の話がかなり進んでいたにもかかわらず、関係は破綻した。
夫に言わせると、前カノはかなり横暴な要求を夫に強要することが多かったらしい。
ずっと耐えていたけど結婚直前になって、我慢が限界に達して爆発して別れてしまったそうだ。
なんでそうなるまで付き合ってたの、とは思ったけど、写真で見る限りなかなか可愛らしい女性だった。
また、夫も四十を過ぎていて、結婚を焦っていたところもあったのだろう。

それにしても、大きな窓にカーテンが無いのは心もとない。

そんなある日、押し入れの中に未開封の段ボール箱を見つけた。
これは何かと夫に聞くと、前カノが選んだカーテンだという。
オーダーして届く前に別れたから、前カノさんは完成を見てもいないらしい。
思い出すのも嫌だから、封印していたそうだ。
これを注文したときのことが、夫はトラウマになるほど嫌な思い出になっているらしい。
とにかくこだわりの強い前カノさんは、店という店を周り、あちこちでカーテン生地を出して貰っては迷い、店の人に要望を言い倒しては揉め、ということを何度も何度も繰り返して、カーテンが決定するまでに夫は心底辟易して疲れてしまったんだって。
「もう、女とカーテンを買いに行くのは金輪際嫌だ」
と言って、今後も絶対にカーテンは買いに行きたくないそうだ。

私が、カーテンの箱を開けてみた。
悪くはない柄だ。
とりあえず、カーテン無いと困るし。
私は、勝手にリビングに前カノさんが選んだカーテンを掛けた。
私の趣味ではないが、このリビングの雰囲気によく調和している。
やっぱり、部屋にカーテン掛かっていると落ち着く。
夫は何も言わなかった。

そして、それからずっと何年も、リビングでは前カノさんのカーテンで生活している。
新しいカーテンを買って欲しいとも思うけど、このカーテンの存在にも慣れてしまっている。
普通、前カノの痕跡って嫌なものかもしれないから、私は変わっているのかもしれない。

夫は、前カノの思い出自体、今だにトラウマらしい。
前カノの悪口を語りだして止まらないこともある。
そんなとき夫は思い出し怒りをして、地団駄を踏んだり机を叩いたりしている。
私は、しゃべって発散できるならいくらでも聞きますよ、という気持ちで聞いている。
むしろ、普段自分の感情を表現することが下手な夫が、前カノの悪口になると妙に生き生きとするのを、面白く感じている。

前カノさんのカーテンは、普段特に意識しないほどリビングに馴染んでいる。
無理に買い替えなくてもいいかもしれない、とも感じ始めている。



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