千羽稲穂

ただの稲穂です。 パンケーキ教団教祖です。

千羽稲穂

ただの稲穂です。 パンケーキ教団教祖です。

マガジン

  • 夏の幽霊

    クラスの同級生、彼女は僕が見えない。他のクラスメイトは見えているのに。  それを良いことに僕は後をつけたり、彼女の私物をさりげなくもらったりしている。それもこれも、自身の鬱屈した日々のあてつけだった。  しかし、ひょんなことから同級生・倉田紗枝にバレてしまう。 「バラしたくなかったら彼氏のフリをしてくれない?」  倉田の交換条件にしぶしぶのるのは、それはそれで癪に障る。  僕は倉田の秘密を反対に突きつけた。  彼女は僕が見えない。  彼女は倉田と友達。  そして倉田と僕は、イケない秘密で繋がった。  これは歪で鬱くしく醜い誰もが持っている憧れと、傷つけあう僕たちのひと夏の関係の話。

最近の記事

夏の幽霊(9)

 うわー、これは足の踏み場がないな、と久々に帰ってきた母になじられた。空き缶は前に母が来たときよりもところ狭しと転がっていたし、ゴミ袋に入っていないコンビニ飯の容器は机の上から溢れ出し、椅子の上にまで浸食していた。変色した生ゴミは臭気を発して、蠅共が渦を巻いていた。床は黒々としていて元の色が見えない。ぬめりのある床から外れて、僕がいつも歩く道だけは正常で床の色が見て取れた。その上に足を落ち着けて、今日は母に言わねばならないことがあるので、床に正座をする。怪物も今日は帰ってきて

    • 夏の幽霊(8)

       泊まれるところなんて僕は知らない。行き先も決まっていない。現実から逃げられるならどこだってよかった。彼女も多分一緒だろう。普通、であることからの逃避。なら、僕らは倉田に従って歩くしかなかった。  歩いた先で立ち止まり、頭を上げると、巨大なお城の前に来ていた。休憩何円やら、お泊まりが何円やら、看板がネオンの電飾で掲げられている。ビビッドな電気に眼をぱちぱちと弾けさせていると、横目に倉田は意気揚々と入っていった。噂に聞くラブホをこんな形で体験するなんて思ってもみなかった。なんだ

      • 夏の幽霊(7)

         ウォークマンから流れてくる、ドラマ主題歌が途切れた。機嫌良く歌っていたボーカルが突然すねて舞台から下る光景が彷彿とさせた。夏の炎天下、聞こえてこないイヤホンを両耳に挿しっぱなしに、何もない舞台上を眺めている。ほとばしるじとっとした湿度にやられて、汗が止めどなく吹いてくる。唇に潮の味がのせられて、僕は舐め取った。ベランダで蹲り風鈴の音がイヤホン越しに聞こえる。ふわんとどこか外界から聞こえているよう。蝉が頑張って声を発している。生きている、生きている、と。じじじじじ、と耳を覆わ

        • 夏の幽霊(6)

           夏休み一歩手前の、終業式当日。倉田は教室にいた。彼女の隣に陣取り、僕をそっけなく一瞥する。そんなことしなくても、僕たちは教室のはぐれ狼だから牽制しなくていいのに。  教室は浮き足だっていた。扇風機が回るのもいとわず、手元の下敷きで自身を仰ぐ。中には扇子を持ち込み、大仰に風を送りあっていた。彼女と倉田は、彼女が持ち込んだ扇子で仰ぎあいをしていた。豊かな風が彼女のセミロングの髪を湿気から乾かしている。蒸し暑い空気に「あついー」と言い合い風がくると「すずしー」と完結する。終業式前

        夏の幽霊(9)

        マガジン

        • 夏の幽霊
          9本

        記事

          夏の幽霊(5)

           日向葵のドラマが中盤にさしかかったのか、友達が大きな声であの展開はすげぇわ、と会話している。ウォークマンの残り充電残量が半分をきったのを確認しつつ話半ばに聞いていた。手元に光る残光に絶望を抱いているのに友達ときたら「日向葵」なるものが演じる春ちゃんにご執心で僕の絶望など、蚊帳の外だった。またすげぇと一声つついた。 「序盤に日向葵とくっつくと思っていたやつが、実はやべぇやつになってくのすごくないか。ぽっとでの青野が、優し過ぎだろ。昨日の日向葵に告白したシーン、思わず泣いちゃっ

          夏の幽霊(5)

          夏の幽霊(4)

           夜更けに、家の玄関からとりとめもなく母が帰ってくることがある。今日がそうらしい。ずいぶん酔っているようで、足取りがおぼつかない。家に転がっている缶を蹴っては転がして。からからから、と乾いた音が床を滑っている。僕はそれを二階の自分の部屋から音を聞き取り、布団をかぶって、また丸くなる。こっちには来るな。なんて思いはねのけて母は、僕の部屋の扉を開けた。 「悠くん」  と弱々しげに呼ぶ。  母のストッキングをはいている足が布団から覗く。その奥に蚊取り線香を敷き、薄らいだ煙が立ち上っ

          夏の幽霊(4)

          夏の幽霊(3)

           放課後の昇降口で、僕は彼女の靴箱を開けていた。傍らには、倉田がいて同じように中をのぞき見る。靴箱のほこりっぽい匂いと倉田の女の子の匂いが鼻腔をくすぐる。むずむずしつつ、彼女の荒らされた靴に顔を向ける。朝っぱらに僕がいじったつやめく彼女のローファー。磨きあげられて光の筋が輪郭をなぞる。橙色の光が足下を這いずった。  すると、階段から彼女が下りてくる。僕たちは彼女が今日はいち早くこの昇降口にくることを知っていた。今日は彼女の習い事の日だった。倉田は靴箱の影に隠れて、彼女を遠くか

          夏の幽霊(3)

          夏の幽霊(2)

           プール後の生ぬるい風を女子更衣室で感じていた。  棚があるのは左手。僕たち男子が使っている更衣室と真逆の作りだ。  彼女の香りがする。彼女の焼けた肌の色が視界にちらつく。彼女の水着姿だけが、女子更衣室にぽつん、とあった  僕の目の前で彼女は着替えていた。  僕がいることなんて気にもとめず。  彼女はてるてる坊主みたいなタオルを豪快に下ろしてブラジャーをつけ始めた。フォックを後ろに持ってきて掛ける。白の布地に赤いリボンの刺繍があしらわれたブラジャーだ。プールで焼けた肌にフォッ

          夏の幽霊(2)

          夏の幽霊(1)

          あらすじ  クラスの同級生、彼女は僕が見えない。他のクラスメイトは見えているのに。  それを良いことに僕は後をつけたり、彼女の私物をさりげなくもらったりしている。それもこれも、自身の鬱屈した日々のあてつけだった。  しかし、ひょんなことから同級生・倉田紗枝にバレてしまう。 「バラしたくなかったら彼氏のフリをしてくれない?」  倉田の交換条件にしぶしぶのるのは、それはそれで癪に障る。  僕は倉田の秘密を反対に突きつけた。  彼女は僕が見えない。  彼女は倉田と友達。  そして

          夏の幽霊(1)

          知らないあいだにパンケーキ教祖になっていた話。

          ようこそパンケーキ教団です✋( ͡° ͜ʖ ͡° )🥞🍃 こんな投稿してる暇はないんですが、パンケーキには勝てませんでした。 完全なる敗北。 まじでやばい締切一週間前。 ご紹介遅れました。私、普段はパンケーキ教祖をしているかたわらに字書きをしてます。よろしくお願いいたします。 そんなことは置いておいて…… 私は言わなければならないことがある!!!! 「パンケーキを食べたい……とにかく平べったいオーセンティックなパンケーキを。積み重ねて厚みが増したパンケーキをフォークと

          知らないあいだにパンケーキ教祖になっていた話。