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歯医者と永久運動

一年ぶりに歯医者に行った。
歯医者に向かう支度をしながら今日届くはずのバンドデシネの本がまだ届いていないなと気づいた。午後空いた時間があったので歯医者に行く前に届いていれば、ちょうどその間に読みたかったのにと思いながらもう一度ポストをのぞいて家をあとにした。

歯医者に到着して思い出した。
ここには見たくないアレがあるのだ…。
歯医者には施術のための椅子の前にモニタがあり映像が流れている。
全く同じ大きさのいろんなやさしい色のシャボン玉のようなブヨブヨが十数個ランダムに動き、ぶつかり合い、ぶつかるたびに行く先を変えて方々へ散りモニタの端のフレームにぶつかると規則正しく跳ね返り、またぶつかり合っては方向を変えるという運動を永遠に繰り返している。ぶつかり合う反動の動きから硬めの破れることのない性質であることがわかる。
モニタは患者の目の高さに設置されており、本来は、レントゲンなどを医師から患者に説明する際に用いられるもののようだが、使用していないときはスクリーンセイバーの役割でこの映像が延々と流れ続けているのだ。
その映像が嫌いだ。
どうしても見てしまうである。見ないでおこうと思っても、やはり見てしまうのだ。おそらく動物的な反射で動くそれに目がいってしまい、そしてしばらく眺めてその永久運動の行く末を目で追いかけてしまう。
しばらく眺めてしまうという心理の奥には、今後、運動の違う展開を期待している気持ちが潜んでいる。絶対に訪れることがない次なる展開を期待してしまっているのだ。破れたり、増えたり、あるいは引っ付いて大きくなったりするような変化を心のどこかで期待している。
プログラムされた物理原則に従って、違う運動の軌跡こそ描いているもののこの世界では何も起こり得ない。
この訪れることのない未来をうっすらと期待してしまう虚しい時間が嫌なのだ。
そう考えながらも私の目はまた、シャボン玉のようなブヨブヨを追っていた。

虫歯は一本もなかったが、帰りにチョコを2個買ってあっという間に食べてしまった。

帰っても本は届いていなかった。配達状況を調べてみると、配達以前に出荷が出来ていないとのことだった。

無人の倉庫の中でたくさんの本が宙に浮かび、ゆっくりと動いている。本と本がぶつかるたびに行く先を変えて倉庫の端にぶつかると規則正しく跳ね返り、またぶつかり合っては方向を変えている。
その中に今日届くはずだった私のバンドデシネの本が浮かんでいる。

映像を脳裏に浮かべながら、チョコと一緒に買った固いコーラ味のグミを食べた。

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