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tel(l) if... vol.15 ともだち

登場人物

千葉咲恵(ちば・さきえ) 主人公。進学コースの女子生徒。伊勢先生のことが好き。

伊勢(いせ) 特進コースの社会科教師。咲恵の勉強を見ている。

麹谷卓実(こうじや・たくみ) 特進コースの男子生徒。


夏期講習が始まった。
伊勢先生は進学コースの担当ではなかったけれど、夏休みに入るまでの間、これまで通り勉強を見てくれた。
その場には当然卓実もいた。
私も彼も、後夜祭の後のことがなかったかのように接している。

一回目の夏期講習のついでに、文芸部の大会用作品を提出してきた。予定通り、短歌と俳句と小説の三部門に応募した。

今年は思い切って、恋愛要素を前面に出してみた。
これまでの私は、あくまで恋愛要素は控えめにし、別のことに重きを置いて書くようにしていた。
学生の大会ということで、そういうものは求められていないし、評価が低いのではないか、と思っていたのだ。

でも、去年もらった審査員評には「もっと、しっかり恋愛を描くべき」という意見がほとんどだった。
一年目なら、比喩でほのめかしてそれとなくうまいことを書いていれば、それなりに評価は受けただろう。
でも、二年目、三年目となると、そんなふうではいけない。

また、「手本のような文章が多い」と言われた。
それは褒め言葉ではなく、言わなくてもわかることを丁寧に書きすぎていたり、やけに硬かったりしていることを表していた。
普段から英語を話している人が、教科書を見て、こんな言い方はしないと指摘するのと似ている。

今はその指摘の意味が、少し、わかる気がする。

兎も角、締切から解放され、私はホッとしていた。
卓実に、取材に付き合ってくれたお礼をまだしていない。それどころか、無事に提出したことも伝えていない。

伊勢先生と話したい。けれど、夏休み中にまで迷惑をかけるのは気が引けた。
そもそも、先生が夏休みに学校に来ているかもわからない。
連絡先を知っているのだから、それを使って確認することもできるけれど、私は持て余していた。
先生は私を信頼して連絡先を教えてくれたはずだ。
気軽に連絡するのは、悪用に当たるのではないだろうか。
私は先生を失望させたくない。

今年も花火大会の季節が来たようだった。
この高校からは、歩いて会場に向かうことができる。
毎年たくさんの人が押し寄せるため、早く帰らないと駅が大混乱になることも知っていた。

帰り際、卓実は私の教室に来て、花火を見に行くのかどうかを尋ねた。
卓実は、友達何人かと行くそうだ。
もちろん私は行かない。人が多いところは苦手だ。

「話はそれだけ? もう友達のところ戻ったら?」
基本的に一人で行動している私に、今更そんなことを聞いてきて、何がしたいのだろう。
私はイラついていた。
「そういう言い方しなくても……咲恵だって友達じゃん」

そうか、私たちは友達だったのか。一緒に勉強して、談笑して、放課後に寄り道して、遊びに出かける。私は、気づいたら友達同士がしそうなことを卓実としていた。
でも、友達同士ってキスするんだっけ……?
結局、私をひとりにするくせに。

「さっき、作品を文芸部に提出してきたんだ。だから、もう大丈夫。今までありがとう」
「そう、よかったね」
「だから、バイバイ」
「なんか、怒ってる?」
卓実は苦笑していた。

「卓実ー、まだ、かかりそう?」
廊下から、何名かの男子がこちらを見ていた。
「いや、今行くー」
卓実は、それじゃまた、と私に挨拶してから輪の中に戻って行った。

呼吸がしづらい。急に喉の奥に圧迫感が押し寄せていた。
透明な鼻水が、つーっと出て、拭っても拭っても、また出てくる。
風邪かな。そういえば寒いかもしれない。
私は持参していたカーディガンを着た。

これから帰らなくちゃいけないのに、ティッシュ足りるだろうか。
私はトイレの個室に入った。他は全て空室だった。
喉の奥から声が漏れた。
私は泣いていた。
涙をこらえると鼻水が出て、鼻をかもうとすると涙が出た。

花火客が駅に押し寄せて来る。急いで帰らないと。

諦めて鼻水も涙も出ている状態で廊下に出ていくと、見回りをしていた女性の先生に見つかった。

「あなた、まだ残ってたの? なんで泣いてるの? そろそろ帰らないと、帰れなくなるよ? すごい人なんだよ? 泣いてちゃわからないでしょ。もう、三年生なのに」
私は高三になるまで自分がこんなに泣き虫だったことを知らなかったと言ったら、この先生は信じてくれるだろうか。

すぐ帰ります。そう言いたいのに声が出せない。
私は涙と鼻水を制御することに精一杯だった。
無言で立ち去ろうとしたら「ちょっと待ちなさい」と腕を掴まれてしまった。

私は職員室まで連れられ、学年主任の前に引き出された。
色黒で大柄で、筋肉質な、中年の男性教師だった。
生徒から、何かの動物に喩えられていた気がする。
でも、この先生はさっきの先生より優しかった。
ティッシュを箱ごと差し出すと、私のクラスと名前を尋ねた。

「見回り終わりました」
聞き覚えのある声がして振り返ると、伊勢先生がそこにいた。

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