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土砂日記 五 病・じっくり考

バイトからの帰り道、急激に体調を崩した。口元を中心として顔、首、胸、そして全身がただならぬ痒みに襲われ、ぶわぶわと腫れ出した。体表が熱を帯びているようでもあるし、同時に、冷却しつつあるようにも感じられた。広瀬川河川敷の堤防に寄りかかり、乱れた息を整えようと努めて胸を上下させたが甲斐がない。
重いアレルギー反応、いわゆるアナフィラキシーである。
まず救急安心センターに電話をかけ、近くの病院の受診を勧められ、最寄りの病院に続けて電話をかけ、ほかの救急対応に追われている旨伝えられたうえ断られ、その病院から提案された、急患対応している病院に地下鉄で向かったものの、そこで自分たちに息苦しさの対応能力がないからと断られたときにはすでに目が眩むほどの気息奄奄に陥っていた。手配した救急車に乗り込み、担架に横になってからも搬送先がなかなか決まらない。熱中症にかかったときに似て視界がじらじらしはじめ、口をきくのも億劫なまでに息ができない。救急隊員から投げかけられる質問にかろうじて答え、平生とちがって暗くふるえる声の母と電話越しにわずかに話した。死のかげが担架のうえの私にしなだれかかるのを感じたが、胸のうちはふしぎと静謐だった。これまであえなく死を看取ってきたであろう隊員に囲まれ、幾度となく死の床となってきたであろう担架に臥せてもなお、「生きたい!」とか「あれをやり残した!」とか激しく燃え盛る情念は毫も認められなかった。必死になって家族や友人知人の顔を思い浮かべ、買ったままで放っておいた画用紙を思い浮かべ、観たい映画のリストを思い浮かべ、平野紗希子を思い浮かべ、今後の予定を思い浮かべ、すきな人を思い浮かべして……を高速で演算処理し、それでいてあくまで変わらず冷然としていることに自分で気づいて笑ってしまった。
「死にたくないって思えないんだ……」
ようやく見つかった搬送先に担ぎ込まれ、点滴治療を受け快方に向かいはじめても胸にぽっかりあいた虚ろな穴から脳へと吹き上げる冷風はやまなかった。死に頻したら日常の生活では気づかないような情熱や使命感に出合えるものと期待していた。終わりがあるからこそ青春は美しく、祭りは楽しく、生命は輝くというではないか。危機を首元に感じてなお、なにも燃え盛らないことに、私は薄く笑った。

八月の暮れ、ついに件の流行り病に罹った私は能力をことごとく失い、数日に亘りタオルケットの下でのたうち回ることを余儀なくされた。解熱剤を口にして高熱がわずかに退潮する短い時間、二、三文を編めるだけの言語を回復し、父母が支度したヨーグルトを啜り、糊口を凌いだ。本を読むことはおろか、秩序立った身じろぎをするのさえ物憂い。恋人からのお見舞いメッセージを文字通り呆然と眺め、いっしょにいた彼女は罹患していないかと辛うじて配慮した。が、体温がふたたび上昇するに伴って、恋人への思慕をはじめとして、あらゆる想像力が掻き消えた。未来も過去も考えられない。『アルジャーノンに花束を』のチャーリィ・ゴードンが自分の急速な知能の変化の初期に、過去の体験を想起し、分析し、引き受けられるようになったのは全く的を射ていると思う。知能とは、想像力の強度であったり、その及ぶ範囲のことなのかもしれない。茹だるような高熱に浮かされる地平に立つと、彼も我も、なにもかも消える。ただただ間延びした苦しさがある。
幸いにも私は禍を落ち延び、日が経つにつれ、失った能力が徐々にからだに帰ってくるのを強く感じた。句読点を差し挟みつつまとまりのある文章が生成できるようになったのを皮切りに、ラインやメールに返信したり、刺繍に打ち込んだり、忍耐づよく読書や映画に向き合うことが可能となった。一段一段、手すりを伝って息も絶え絶えに降りるほかなかった階段をすいすい移動できるようになり、ついには、夕闇せまる団地内をゆっくり散歩するまでに事が運んで、孤独な隔離が明けた。
バイトに復し、九月が過ぎてゆくのを見送る。咳が減り、肺活量が戻ってきた。
台風が過ぎ去ったあとの暑さがしぶとく尾を引いているけれど、ひさしぶりにランニングに打って出ることにした。ゆっくりと、膝と無言で対話しながら。

これまで、走るときは、きまって全力疾走してきた。
筆やペンで文字を記すときは勢いよく、歌うときはあらん限りの声を張り上げて。瞬間瞬間にありったけを噴き出すことに心血を注いできたのである。それが、私なりの快の追求のしかたであった。どこかおかしい、いびつであると感付いていながら、あくまで全力を注ぐことで、ばくばくと鳴り響く鼓動即ち歓びだとして、疑念を持つ余地を追放してきた。
筋力から想像力に至るまで、いちどすべて喪失してから回復したいま、歓びというものについて私は再考している。毎秒心臓が猛り、血液が燃え盛ることだけが歓びなのだろうか。瞬間瞬間に想像力が及べる範囲など高が知れていて、動悸も感動も殊更呼び覚まさない静けさを忍耐づよく引き受け、くぐり抜けてこそ、立ち至れる領域があるのではないか。否、どこかへ立ち至る私そのものを変容させるのではあるまいか。最大瞬間風速に置いてきた人生の尺度を外し、もう少し長さのあるものとしてランニングをしてみる。
速度を切り詰めて、できるだけゆっくり走るよう心がけると、なによりまず虚栄心が頭をもたげるのを感じる。箱根駅伝の選手を念頭に、たとえ長距離走であっても全速力のような速度をキープすることがかっこよく、人々の耳目を集めるのだ。さあさあ、とけしかける声が内心に響き渡り、車道を走り去る車のドライバーからの注目を一身に受けているかのような幻想をみた。自分が「客観的」にみてかっこいい輪郭を帯びているかをどれほど、毎秒気にかけているかがわかる。ゆっくり忍耐づよく行為に励むことを私はいつから忌避しはじめたのだろう。「毎日の積み重ねが大事」という言葉を、持ち前の浮気性が恐れたのだろうか。
考えながら走っているうちに林檎畑に差し掛かった。いつもであれば序盤の全力疾走が重くのしかかり酸欠を起こしていた地点を、抑制のきいた軽快さで通過できることに私は驚いた。一秒で行ける距離を延伸するのは結構なことだが、せっかく時間が取れるのなら何秒も何分もじっくり走ったっていいではないか。光が一秒に地球を七周半しかできないように、私の全力疾走は林檎畑で尽きる限界を持つ。しかし、太陽から放たれた光に時間を八分与えれば地球を訪れることができるように、少し長い目で捉えると、もっと遠くまで行ける。焦りや体調を崩すことにも繋がる全力疾走だけが遠くへ行く方法ではない。いちいち負けられない戦いを重ねていては心臓が保たないであろう。静けさも敗北も無も、気負わずじっくり走り込んでいった先に、アナフィラキシーや流行り病そのほかの原因で死なないでいた歓びがあるに違いない。病めるときも健やかなるときも、恋人やわが家の猫の顔など、ぱっと思いつくこの世への愛着も大事にしつつ、それだけで言い尽くせないはずの未生のなにかに腰を据えて期待していたい。旅はどうやらまだつづくのだから。



I.M.O.の蔵書から書物を1冊、ご紹介。 📚 かくれた次元/エドワード・ホール(日高敏隆・佐藤信行訳)