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映画館に足を運ぶとは

知る人ぞ知る映画好きな僕に「あの映画、良かったよ」「あの映画の感想聞かせてよ」みたいな声がちょいちょい届く、嬉しいですね。

最近は、ジブリ映画の何本かが映画館で公開されると話題になり、僕のそんな知り合いの多くから「行ってきたよー」という報告を受ける。

ジブリ作品、いままで何度も観たであろう人が ❝映画館に足を運ぶ理由❞ を考えた。
作品のファンであるということももちろんあるだろう、しかし、映画館で観るということは、それだけではないのだ。

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実際、僕も《地獄の黙示録》や《アンダーグラウンド》が映画館で公開される時、何度も観ているにも関わらず映画館に足を運ぶ。
《スモーク》や《キルビル》も何度か映画館で堪能した。

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ちょっと変な話だが、僕は映画を観るときに求めているものは、映画の物語の面白さよりも映画愛をどれだけ感じることができるかだったりする。
だから物語を知っている作品であっても何度も感動する。
もちろん、物語もなんでもいいってわけじゃないんだけど、それについては、またの機会に語ろうかしら(「どんな作品に感激する?」みたいなタイトルで)。

今回は映画館で味わえる(でしか味わえない)映画愛について。

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「映画愛ってなに?」

大スクリーンと大音量で臨場感が味わえる。
という理由は、僕の考える ❝映画館で得られる映画愛の魅力❞ を語る上では弱いだろう。

映画の為に存在する映画館で観ることによって、よりその作品の世界観を強く感じることができる。この理由も、まあ、凡。
僕が語るほどのことではないかと。

僕らはわざわざ、そこにある(そこにしかない)映画館に ❝足を運ぶ❞ ということに注目したい。

それぞれの映画館には個性がある。
映画館のラインナップを見れば館長の脳内を覗いたような気分になる。
館長の趣味(かどうかわからないが)が自分に合っていると、館長と共通の趣味について語り合っているかのように嬉しくなる。

映画愛がもたらした出会いであるといって過言ではない。

僕が東京にいた12年、引っ越しを何度も繰り返したが、三軒茶屋付近から離れなかったのは三茶シネマがあったからだろう。

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そして尾道にいた8年間、シネマ尾道の上映ラインナップにいつも心躍らせていたことは言うまでもない。

映画館のラインナップに映画愛を感じる。

そして映画館の中には映画を観るためだけに存在する椅子、スクリーン、スピーカー。
ポップコーン、コーラ、次回上映のフライヤー、館内の清掃。
それら、僕の2時間の為に存在している。
贅沢でしょ。

これは映画愛なくして存在しうるはずのないものだ。

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さらに映画館の周りの環境も映画館の映画愛を語るうえで欠かせないだろう。

三茶シネマで映画を観た後に、隣のビルのバッティングセンターで身体を動かし、スタミナ道場でホルモンを食べながら映画について語る。

シネマ尾道の帰りにハライソ珈琲に寄ってマスターと映画と音楽の話をする。パンのなる木でパンを買って海辺の外套の下、語るのもいいだろう。

映画館への行き帰りも映画について語る(想像する)ことができる。
❝足を運ぶ❞ からこそ得られる価値、映画を観ている2時間だけでは到底収まらない映画愛を感じることができる、それが映画館で映画を観るということである。

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サブスクの台頭によって、気軽に映画が楽しめるのはとても良いことだ。
しかし、❝映画を観る❞ というのが、単に ❝映画と言う作品を通して物語を楽しむ❞ ために存在しているわけではない僕にとっては少し物足りない。

さらにコロナの影響もあり、今後足を運ぶという機会はさらに減る。
そして、閉館を余儀なくされる映画館の話も耳にするが、待ったをかけたい。
僕にもっと権力や財力、影響力があればと悔しい思いで、こうして世界の片隅で語ることくらいしかできないのだが。
将来、映画愛を感じることのできる映画館が無くならないこと、そういった贅沢な作品体験の機会を失わないことを切に願うばかりだ。

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A2Cのオススメ映画、知りたい人は気軽にDMください。
長文で返信することになると思います。
インスタのフォロワーを何とか増やしたい元・チョコレートピエロA2Cでした。

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