母との電話
寡黙で大きなカラダ、少し威圧感のある父。
おしゃべりで華奢、すごく心配性の母。
グローバルで奔放、感性豊かな姉。
まさる、まさこ、たまこ。
激情家で偏屈、ホルモンを食べたい俺。
みんな違うけど、なんか同じ。
それが家族ってもんだろうか。
イクハイクニパ生まれたよアツシ。
俺は39歳になった。
父や母、姉は、39歳の頃なにをしていたんだろう。
39
姉は当時、近くに住んでいたし、なんとなくわかる。
ウシチョコがはじまった頃だ。
北斗の拳《愛を取り戻せ》を聴いて「ええ歌やなあ」と涙を流していたし、俺とトシ君の映像を観て「私もなんかやりたいわ」とモジモジしていた。
父は、母は。
どんな39歳だったろう。
35年程前。
父は、その大きなカラダで、きっと遮二無二、働いていたに違いない。
俺が6歳の頃、姫路にマイホームを建てたのだから。
色の付いた眼鏡をかけて、一緒に団地の風呂に入っている写真を思い出す。
母は、どんなだったろうか。
毎日のようにトラブルを起こす俺の代わりに、ご近所さんへの謝罪に奔走していたに違いない。
先に「心配性」と形容したが、心配をかけている原因はいつだって俺で。
きっと、その所為で母は「心配性」と言われてしまうのだろう。
わかっている。
わかっているんだ。
俺が昔と変わらず、現在も心配かけてるってこと。
母にとって、俺はいつまでも息子だってこと。
電話
「電話ください」
久しぶりにきた母からのLINE。
こんな時は決まって母の「心配性」が顔をだす。
今回も、やはり、そうだった。
「そんなん当たり前やんけ」
「ちょっと考えたらわかるやん」
「俺、いくつになる思ってんねん」
母との電話。
ついつい語気が荒くなってしまう。
電話を切ってすぐ後悔する。
俺は、なぜ、いつも、あんな言い方してしまうんだ。
久しぶりの電話なんだから「そっちは元気?」のひとことくらい言えば良かっただろうに。
その方がいいって、わかっているんだ。
わかっている。
そのくせ、なにを生意気言っているんだ、俺は。
俺は俺じゃない
いつからか、父のカラダが小さく見えてきて、母の真面目さが煩わしく、姉の感性に嫉妬し「俺は俺だ!」そんな風に個性を無理矢理、そう、むしろ自分で自分の型にはめていたんだろう。
なんて窮屈な生き方だ。
父からもらった大きなカラダ、母からもらった繊細なココロ、姉の影響を受けた奔放な感性。
みんなの全部を少しずつ持っているのは俺しかいない。
全然違うけど、ほぼ一緒。
俺はみんなで、みんなは俺だ。
家族ってそんなもんなんだろう。
いま気が付いた。
「俺は俺のこと好き」と周りからよく言われるし、まあ、好きではあるんだけど、それに対して、そんなに腑に落ちていなかった。
「俺は家族のこと好き」なんだろう。
なんか、それが腑に落ちる。
まあ、だからつまり「俺は俺のこと好き」ってことなんだけど。
サンキューの39歳。
「ありがとう」
月並みな言葉だが、そう思う。
しっかり伝えられるように、もう少し素直に、過ごそうと思った。
誕生日である今日、実家に電話することにした。
*****
そんなことをウダウダと書いていると、母からLINEがきた。
ウサギがグッドマークをしているスタンプと一緒に。
「30代最後? 体に気をつけてがんばってね~」
そうか。
ニョロニョロも打てるようになったか。
そうか。
スタンプも使えるようになったんやね。
なんだか泣けてきた。
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