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本棚に迷う(再掲)

このお話は、芋の妖精が実際に体験した話を基に作られたフィクションです。




道に迷うことはあったが、さて、本棚に迷うのははじめてじゃないか。

田舎特有の大きいショッピングモールの最上階にある地元密着型の本屋。まだ冷える春にここで働き始めて早くも1ヶ月経つ。
私、所 まい子は大学1年生のアルバイト書店員である。

新人アルバイトとしてはかなりポンコツな部類で、2人の同期に既に圧倒的に差をつけられている。(コーナーで差でもつけられたか?)
私はブックカバーを折るのも下手だし、電話対応にも粗がある。
そんな私が唯一得意だったのが、店を埋め尽くさんばかりにそびえ立つ本棚たちから、希望の本を探し出すことだった。

この特技はかなり抜きん出ていて、諸先輩方にも褒められた。
褒められたことは雄弁に語らせていただきたい。私の本探しは詩的に表現するのであれば、本が私を呼ぶように見つけ出せるのだ。
……雄弁というほど言うことがなかった。

どこのアルバイトでも大体同じだと思うが、新人には教育係のようなものが付く。この本屋でもそういったやり方で教育を行っている。同期2人には優しい学生アルバイトの先輩が付いた。私には厳しいことで有名なお局さんが付いた。

「なにをぼーっと人の顔見てるのかな。この瞬間に万引き対策を怠っていることにならないかな。」

お局さんこと坪根(つぼね)さんが私の顔を見て言った。慌てて目線をレジカウンター内から店内へ戻した。手元のブックカバー折りの進捗具合も指摘された。内心、厳しい監視に愚痴りながらも小さく謝った。


たしかにぼーっとしていたが、それは最近大学での日常の送り方に悩んでいたからだ。
自分の時間の使い方に迷っていたのだ。
ブックカバーなんぞ何かしらの機械を導入してどうこうして欲しい。

―などと思っていると、本をお探しのお客様から声がかかった。坪根さんの指示を仰ごうとすると、行ってこいと頷いていた。坪根さんはアイコンタクトやらなんやらで伝えたがる癖がある。
お客様のお探しだという実用書の在庫確認後、本棚へと向かった。おおよその目処はついていた。恐らくあそこにあるだろう。
早くて20秒ほどで見つかるはずだ。


そこからいくら経ったのか知れない。

私は本棚に迷っていた。


目当ての本棚にまっすぐにたどり着いた後、すぐに置いてありそうな場所を見ていったのだが、今日の本棚は調子がおかしかった。
どの本も、こちらへこちらへと手招きしてくるのだ。
普段であれば探している本だけがこちらに目配せしてくると言うのに。
私はふらりふらりと目線をとられ、随分と長い間、探している本が見つかっていない。

1~2分以内に自力で見つけられなさそうならばすぐに上の者に頼りなさい、そう教えこまれていた。しかし腕時計をつけているが、すぐ見つけられると高を括っていたので開始の時間が分からなかった。およそ1分はとうに過ぎたのではないかと感覚で判断して、即座にレジカウンターへと向かい始めた。

向かったはずだった。


一向にレジカウンターへと辿り着くことが出来ない。レジカウンターの姿はちらっと本棚と本棚の間から見えるのに、角を曲がればまた元の場所にいるような気がする。

さて、どうしたものか。恐らく坪根さんもお客様も怒っているだろう。静かな焦りによる汗が顔を覆い、目には涙が浮かんできていた。誰でもいいから助けて欲しい。

半泣き状態で本棚を迷っていたら、聞き慣れた声が私を叱りつけた。

「所さん!いつまで探しているの!あれは、ほら……ここでしょう!」

坪根さんが即座に探していた本を取りだした。すると、先ほどまで延々と声をかけてきた本たちが静かになっていた。
本棚がいつも通りの姿に戻ったんだ!私は安堵し、涙をこらえながら坪根さんに感謝を伝えた。坪根さんはちょっと引いていた。ひどい。かわいい新人なのに。

探していた本は山登りの本だった。中身の汚破損確認のためにパラパラと軽くめくる。『迷った時はピンクリボン』というページが目に入った。
ピンクリボンか。
坪根さんは私のピンクリボンなのかもしれない。 ―なんて思っていると

「やだ、なんか泣いてない?泣きたいのはこっちじゃないかな。本探しはあなたの唯一の特技なんじゃないの?」

ピンクリボンが小うるさい。


レジカウンターへ帰る途中、本棚を振り返る。
不思議と、また本たちが招いている気がした。

おわり

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