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首根っこ掴まれてブンブン振り回された挙句、なぜかちょっと気持ち良くなる映画【中編】


【前編】では無駄話が過ぎ、全く本題を進められなかったので今回は早速。

何が首根っこを掴むのか

その理由の一つがコイツである。

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J・K・シモンズ扮するフレッチャー教授。
【前編】で述べたように、コイツが悪魔みたいな男でして。
本人は作中で最高の音楽の追求の為に仕方無かった的な事を言っているのですが、もはやそうと思えないくらい完全に悪意を持って生徒を陥れようとするわけなんですね。どう見ても悪い奴なんですが、面白いのが彼の暴言のボキャブラリーなんですよね。ちょっと見てみましょう。

〜フレッチャー教授に学ぶディスりの極意〜

①テンポを合わせられない主人公をフレッチャーが問い詰めるシーンがあり、主人公は耐えきれず涙を流してしまいます。そこで放つ一言。

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Oh my dear God. Are you one of those single tear people?
Do I look like a double f**king rainbow to you?

「何てことだ、とうとう泣き出しやがった。俺がダブルレインボーに見えるか?」みたいな感じだったと思うのですが、どうやらダブルレインボー(二重の虹)には祝福や幸運を象徴する意味があるようです。なので「ダブルレインボーを見て感動しちまったのか?」というかなり意地の悪い言い回しになっています。それまで堪えてきたがついに溢れてしまった尊い一粒の涙、そんなもの意に介さずむしろ待っていたかと言わんばかりの煽りの猛追。ディスりに情は不要なのだ。

②次は、演奏中にテンポが走ってしまった生徒に向かって

That's not your boyfriend's dick. Do not come early.

「お前の彼氏のサオじゃ無いんだから早漏になるな」
これ楽器を吹いている男子生徒に向かって言っているんですよね。
かなり汚いし、普通こんな言い方思い浮かぶのか?
内容が飛躍し過ぎて一瞬置いてけぼりをくらってしまう。もはやありのままのディスなど古い、比喩を巧みに使いディスにも多様性を求めていくのだ、と突き付けられたパンチラインだ。

③音程がズレていると生徒に詰め寄り、思わず俯く生徒に向かってこの一言。

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There's no f**king Mars Bars down there, what are you looking at?

「下なんて見てもお前の好きなお菓子なんか落ちてないぞ?」
Mars Barsっていうのはスニッカーズみたいなチョコ菓子のことです。これは言われている生徒がぽっちゃり体型なので、このような身体的特徴をいじる言い方をしている訳です。内容も中々ですが、俯くという行為を妨害し逃げ場を無くすことで精神的のみならず身体的自由も奪っているという点にお気付き頂けただろうか。こうなったら生徒は教授と目を合わせるしかない。そうなればもう結果は目に見えている。まるで恐竜とアリの戦いだ。

お分かり頂けましたか?
いくらセリフとはいえ、褒められた内容では無いですが凄まじい罵詈雑言のセンスです。ここで挙げたのはほんの一例に過ぎず、作中にはもっと強烈な言い回しがたくさんあります。日本語字幕だと簡単に訳されていますが、英語を読んでみると固有名詞だったり人種差別ネタだったりが盛り込まれていて、ある意味勉強になってこれがまた面白いんです。

さて、罵詈雑言を吟味してみたが正直この程度のディスならラップバトルで見た、と仰られる方もいるだろう。しかし、待って欲しい。フレッチャー教授の特筆すべき魅力はまだあるのだ。それがヴォルデモートもびっくりのビジュアルである。

〜フレッチャー教授に学ぶ相手を威圧するテクニック〜

①表情と距離感

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フレッチャーの悪魔たる所以は暴言のみでは無い。
彼の表情も大きなファクターである。とにかく顔中のシワがよく動く。
口の周りや眉間、そして額のシワはもちろん、首の後ろのシワまでもが可動範囲だ。この圧倒的表現力により、先述した罵詈雑言がもはや言語を超越して心にぶっ刺さってくるのである。画面越しでこの迫力なら実物は相当だろう。
そしてこれを最大限に活かす彼の距離感にもぜひ触れておきたい。
怒鳴る時とにかく近い。パーソナルスペースなどという概念は無く、たぶん唾とか届く距離。物理攻撃のない喧嘩ならば、この距離感で罵声を浴びせる事でよりスムーズに戦いの主導権を握れるはずだ。

余談だが、顔のパーツがよく動く俳優として他にエミリア・クラークがいる。
私の推しである。
https://www.youtube.com/watch?v=0vV0820t6ZU

②全身を黒でコーディネート

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フレッチャーは作中ほぼ黒い服しか身に付けていない。
もちろん葬式帰りというわけでは無い。
黒は威厳や圧力そして悪を連想させる色で、
ダースベイダー、ヴォルデモート、鬼舞辻無惨、黒ずくめの組織など名だたる悪役たちが黒の衣服を身に纏っている事は言うまでもない。そこに肩を並べるのがこのフレッチャーなのだ。もしかしたら名前を言ってはいけないあの人と呼ぶべきかもしれない。
とにかくほぼ毎日のコーディネートを全身黒で固めている時点で、普通では無いという印象は少なからず有る。これが彼に対する潜在的な恐怖を煽るのに役立っているのではと睨んでいる。

加えて、黒という色には他の色を際立たせるという大きな特徴がある。
黒Tと少し色素の薄い肌がコントラストになっており、そのせいなのかフレッチャーの首から上部分の存在感がすごいのだ。これにより先述した表情の豊かさがより際立つ仕組みとなっている。
もちろん髪の毛が無いのも理由の一つだと思うが。

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またしても余談だが、フレッチャーを演じるJ・K・シモンズは、今作は比較的トーンが暗めなシーンが多いので分かりづらいが、とても綺麗な瞳をしている。
これのせいでジャズバーで主人公に語るシーンでは「もしかしてこいつ実は良い奴なのでは?」と錯覚してしまう。


これは私個人の考えだが、
主人公と同等かそれ以上に魅力のある悪役のいる映画は面白いという法則がある。
今作も漏れずにそれに該当する。フレッチャーは極悪非道だが、ここまで突き抜けていると逆に魅力的で面白くすらある。本作には他にも興味深い点がいくつかあるが、今回は私の首根っこを掴んで離さなかったフレッチャーを主に取り上げさせて貰った。
最も、彼の振る舞いはもちろん、この「セッション」自体かなり賛否両論のある作品である。次編ではその辺りを交えて、なぜ気持ち良くなったかについてか書いていきたい。

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本記事には、筆者の私見が含まれます。記事内容の扱いには十分ご注意下さい。

画像出典:IMDb


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