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ヒル ライアンさんのカミングアウトに思うこと

「おお、ついに…!」が正直な感想だった。

そして、その次になんだかホッとした。以前から彼の風貌や立ち振る舞いを見て、なんとなく察していたから。

ヒル ライアンさんは、数年前までWリーグのトヨタ自動車アンテロープスに所属していたバスケ選手だった(在籍時はヒル理奈選手として)。

僕も彼と同じトランスジェンダーで、バスケ経験者。おまけにトランスジェンダーの子が主人公のバスケ漫画を描いてたり、セクシュアリティも公表している身なので、なんとも他人事に思えないニュースだった。

日本のバスケ界からLGBTQ関連の話題が出てきたのはこれがはじめて。おめーがキャッチしないで誰がキャッチするんや…!ということで、僕なりの目線で少し紐解いてみる。

どこにでも存在する人々

カミングアウトする選手が日本ではまだ少ないだけの話で、日本のスポーツ界(学生〜プロ問わず)にもLGBTQアスリートはいる。

たったの3年間だけだったけど、僕もかつてその1人だった。

ヒルさんも話しているように、トランスジェンダーのアスリートには生活のあらゆるところにストレスや心配事がある。

みんなが何の気なしに済ます着替えですら、身体を見られないようにと気を使うし、入浴や、男子に及ばない身体能力や、挙げだすとキリがないくらい色々ある。僕の場合は現役時代はカミングアウトをしていなかったので、好きな女の子の話を誰にもできなかったし、一人称も本当は「おれ」なのにずっと「うち」とカモフラージュしていた。

誰にもカミングアウトできない状態というのは、「常に嘘の自分でいる」のとほとんど同じことだった。

僕は5年前からホルモン注射を打っていて、今は男性として生活しているけども、もし以前の生活に、学生時代の生活に戻れと言われたらストレスでおかしくなってしまうだろう。

今男性として生活できているからといって、もちろん全てが解決したわけではないのだけど、一発で男性として認識される生活ってこんなに楽なのか…!と最初は驚いた。

それと同時に、一番ストレスが大きかったのはやっぱり誰にもカミングアウトできずにいた学生時代だったんだと実感せざるをえなかった。当時は自分を抑え込むことに慣れすぎてしまって、それがストレスだとすら認識していなかったのかもしれない。嘘を演じるのに慣れすぎてしまっていた。

唯一その抑制から解放されていたのが、バスケをしている時だけだった。

LGBTQアスリートはどこにでもいる。ただ可視化されてないだけで。

そんな、かつての僕のようなティーンの選手にとっても、ヒルさんのカミングアウトはひとつの希望だと思う。自分の正体がわからないうちは特に、"自分に似た存在"がどこかに居ないか必死で探す。

こうやって社会的にカミングアウトして可視化された人物というのは、ある意味灯台のような存在でもあるのだ。

女子スポーツ界とジェンダー

「女の子同士で付き合うのも、トランスジェンダーの子が居るのも、全然当たり前にある光景だった」

体育大学出身の友人や、僕の漫画の読者さん、プロスポーツ選手だった友人が口々にそう言っていた。

女子スポーツ界は、ジェンダーに関してはなかなか寛容な世界だ。僕のいま居るクリエイティブ業界も、かなり寛容な世界だけど。


ここで、バスケクラスタの方にイメージしやすそうな話を。

2016年のリオオリンピックで、今でも記憶に焼きつく熱戦を見せてくれた女子日本代表vsアメリカ。

このときのアメリカ代表メンバーの約半数が、LGBTQアスリートだった。僕が知る限りでも、

🏀ブリトニー・グライナー
🏀スー・バード
🏀エレーナ・デル・ダン
🏀エンジェル・マコートリー
🏀ダイアナ・トーラジ
など。

彼女らは普通にカミングアウトして活動しているし、女性と結婚していたりもする。

(▼エレーナ・デレ・ダンと妻)

なんなら所属チームのSNSに、恋人とのツーショットが載っているのも日常的な光景。このオープン具合が清々しいほど。

(▼WNBA シアトルストームのSNSアカウント)


この写真の、スー・バード(左)と交際しているのはサッカー選手のミーガン・ラピノー(右)。

2019年サッカーW杯でアメリカ代表を優勝に導いた選手で、競技力の高さだけでなく多様性や人種差別などの社会問題に取り組む姿勢も含めて注目を集めている。アスリートという枠を超えた影響力を持ちつつある人物だ。

「私たちのチームにはピンクの髪や紫の髪、タトゥーしてる子、ドレッドヘアの子、白人、黒人、そのほかの人種の人たち、いろんな人がいる。ストレートの女の子、ゲイの女の子も。ねえ!」(ハフィントンポストの記事より引用)

彼女のスピーチのこの一節が、僕はとても好きだった。こんなにスポーツを象徴している言葉はない。

多様性、多様性、と近ごろ色んなところで聞くけれど、女子スポーツ界ほど多様性を体現し、認めあっている世界もなかなか無いんじゃないだろうか。そういう意味では、僕の目にはすごく可能性にあふれた場に見える。

(▼ちなみに二人は最近婚約した💍👏)

一方で、NBAや男子スポーツリーグでは中々ここまでオープンな話題は上がってこない。それはLGBTQ当事者がいないからではなく、ホモソーシャルの影響が大きいのではないかと言われている。

(▼書ききれないので、代わりに関連記事を貼っておきます)
女子サッカーの同性愛者、なぜ男子より多い?/BBC NEWS JAPAN

この声を誰がキャッチするのか

海外の話を紹介してみたけれど、じゃあ日本はどうなっていけばいいんだろう。

ヒルさんをはじめ、引退したアスリートがカミングアウトするケースは今までもそれなりにあった。

その一方で、現役アスリートでカミングアウトしている選手は、現時点の日本では本当にわずかしかいない。それほど、まだ日本は言いにくい環境だということでもある。

最近では、サッカー選手の下山田 志帆さんのこの記事も話題になった。下山田さんはこれ以降精力的に発信活動をされている。

彼らや彼女らが社会に向けてカミングアウトするのは、声を上げないとその存在が居ないことにされてしまうからだ。

世界が多様性社会に向かっていく中、日本でもキャリア現役のうちにカミングアウトする選手はきっとこれからも出てくるはずだ。

そんな選手が現れた時、リーグ運営側やチーム・スポンサーの理解とサポートももちろん大事なのだけど、ここに居ても大丈夫なんだよという空気感を作っていくのって、外にいる我々──選手のまわりに居るファンたちでもあると僕は思う。

カミングアウトする選手が増えれば世の中が変わるわけじゃない。それを受けとめる人や環境をつくっていくことが、大きな変化につながっていく。もちろんそれは学生アスリートに対しても同じだ。

少なくとも僕は、そんな空気を作っていく側の人間でありたい。


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最後に今回の話とわりと関連性ある記事をご紹介。どちらもスポーツ選手目線のリアルな記事なので、スポーツとジェンダーの話に関心のある方はぜひぜひ読んでみてください。


また、こちらはプライドハウス東京が配布しているハンドブック。教育関連・イベント運営・スポーツ指導などに携わっている方にめちゃくちゃ読んでほしい内容です。

▼誰も排除しない環境づくりのためのハンドブック
SPORTS FOR EVERYONE(第1版)

http://pridehouse.jp/assets/img/handbook/pdf/sports_for_everyone.pdf


おまけ

「こういう文章じゃなくて、漫画家なんだから漫画の中で表現すればいいじゃん」という声が自分の内側から聞こえたりもしました。でもそれはそれ、これはこれ。漫画(BREAK THE BORDER)の中で伝えたいことと、こうして文章で伝えたいことはまた別ということで。

クリエイターだから〜と変に自分にブロックをかけたりはしたくないので、今後も僕は僕にできることをやっていきたいです。

ヒルさんのカミングアウトに敬意を表します。いつか、カミングアウトがニュースにならないような世の中になってほしいなぁ。

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1日遅れで申し訳ありませんが、この記事は10月更新分とさせてください…!11月分はまた別腹として更新していくので、よろしくお願いします!

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