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空想が好きです!

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最近の記事

[ショートショート]薄暗い部屋

僕の痛みは緩やかに広がっていく。初めは、殴られた場所が熱くなる。熱い部分が広がる。 殴られている間、僕の意識は僕の体とは別の場所にある。 それは、遠い国の海の上かもしれないし、東京の雨上がりのビルの屋上かもしれない。 場所は広ければどこでもよかった。広ければ広いほど、この埃と鈍い血の臭いのする部屋を忘れることができるから。 男は僕を殴り終えると、リビングに戻りテレビをつけた。 僕は音を立てないように体を起こして、ゆっくりと階段を上った。 二階の隅の部屋は薄い黴の匂いがする

    • [短編]留守番電話についての考察

      20191006 「翻訳作業の途中で申し訳ないのですが、あなた宛に一件留守番電話が入っていましたよ。〇〇研究所のカラトウさんから至急折り返しの電話を入れて欲しいだそうです。」 「わかった、伝言ありがとう。」 埃をかぶった午後の日曜日は、残暑を少しばかりと秋の匂いが少し混ざった空気を部屋の中に広げていた。普段なら、昼寝から目を覚ましてキッチンへとコーヒーを入れに行くタイミングだが、生憎、締め切り期限の仕事を処理し切ることに精一杯だった。だから、この唐突な電話に対して、私は少

      • アブラゼミと御殿場

        アブラゼミが玄関先でひっくり返っている姿を見て、私は夏が来ていることを知った。 乱雑に並べられた鉢植えの植物は、連日の暑さでしなってしまっている。戸棚の奥からコップを持ってくると、水道から水を汲み乾いた土の上に注ぐ。根っこがゴクリゴクリと音を立てて、液体は跡形もなく消えてしまった。午前八時の飛行機雲が空へと浮かび、揺れているような直射日光が頬を突き刺して体の奥の方まで、容赦なく照りつけている。ふと、思い出したかのようにポストから新聞を取った。 妹の子供が私の家に来てから一週

        • カレーライスの次、夜行電車の後。

          君が世界の中で好きなものを千個並べたとしたら、私は何番目くらいにいるの? 多分、十三番目くらいかな、カレーライスの次、夜行電車の後。 明け方の街は、空気の海が沈殿して薄青色に染まっている。ビル群のガラスが映す無機質な私たちの顔はなんだかいつもより綺麗に見えた。鼻の奥の方で、朝焼けの匂いがする。それがなんだかむず痒くて鼻のあたりを指でこすった。街灯の光がぼやけていく、輪郭が滲んで背景に溶け込んで行く。 ずいぶん長く歩いてきたね。 まだ、十キロくらいだよ、もう少し歩ける? う

        [ショートショート]薄暗い部屋

          三本目の腕、又はコーヒーカップの記憶。

          破壊的衝動に駆られて右腕を引きちぎった次の日、彼が玄関のインターホンを押した。もちろん、発声器官など存在しないので会話をすることはできなかったが。私にはもともと三本の腕があった。しかしながら、どうやら人間というものは腕は二本しかついていないみたいだったので。昨日、バランスの悪い位置に生えていた一本を引き抜いた。そして、その腕を右腕と名付けた。自分で止血をして現在は包帯を巻いている。随分と体が軽くなったのはいいが、三本あった腕でバランスをとっていたからか、今はよろけて歩けない。

          三本目の腕、又はコーヒーカップの記憶。

          夜光虫は弾けない

          地平線上に虫が見える、私はそれを取って食べようと手を伸ばすがほんの僅かな距離で届かない。その伸ばした手は前方の冷たい空気を掴み、ポケットの中へと消えていく。朝焼けににじむ海が、草原のように炎を上げ私に迫りくる。 まだ、夜の空気を孕んだ風が誰かの耳もとで囁いている。砂浜を一歩歩くと、足跡が、夜光虫を踏み潰してしまったかのように水色に光りだす。それがおかしくてたまらなくて大声を出して笑いながら歩いていく。昨日の海へと投げた手紙は、来週の頭あたりくらいには、ハワイに届くだろう。誰

          夜光虫は弾けない

          海沿いの塀の上

          海沿いの塀の上を歩く。できるだけ、風と同じような速度で。プランクトンの死骸の匂いと、どこかの家から流れてくるお昼のカレーライスの匂い。進行方向に対して左側を向くと、青白く光る海が浮かんでいる。ふと人の話し声がして、前方を向くと私の家の近所に住んでいる三人の男子小学生が歩いていた。みつる、しげる、とおる。三人共最後に<る>がつくので、私は<ルー三兄弟>と呼んでいた。彼らは私を見つけると、にまにまとまるで嬉しそうにこちらに向かってきた。私もからかうような笑顔を向けて彼らに向かって

          海沿いの塀の上

          錆びていく寂しさ

          「なんで鉄は錆びるか知ってる?」 寂しいからかな?私は思った。 「寂しいからだよ。」彼女は言った。 両手の指先が赤く染まっている。そこに彼女の白い息がかかる。 先程から降り始めた雪は、私たちの髪の毛の上に落ちて溶けた。 「ねぇ、まだ君は私のことを愛しているの?」 うん、深く。 そう。 性別が同じことは大した問題ではなかった。 愛することに変わりはなかった。 むしろ、愛おしく思うことしかできなかった。 彼女は先月末に、都内の小さなデザイン会社で働いている男性と結婚した。

          錆びていく寂しさ

          海に向かっていしを投げる

          彼は海に向かって石を投げるのが好きだった。毎朝、早起きをして、まだ寝ていたい、私を起こして海へと散歩に向かう。なだらかな坂を越えて、ゴルフ場になっている道を抜けると、赤色に染まった水面が寝息みたいに砂浜に押し寄せている海が見える。 「そんなことして楽しいの?」 「楽しくは無いさ、けれどとても大切なことなんだ。歯磨きすることを楽しいと思ったことはないだろう。けれどみんな毎日やらないと、虫歯になってしまうと思い込んでる。それと同じさ。」 大切なことなんだ。彼はもう一度マフラーに向

          海に向かっていしを投げる

          カエル、ナツメヤシ、冷蔵庫。

          ・カエル ・ナツメヤシ ・冷蔵庫 彼女がウシガエルを拾ってきたのは、まだセミが鳴り止んでいない夏の終わりくらいのことだった。そんなものを拾ってきて一体何に使うのかと問いただしたところ。彼女はなんの迷いもなく。 「食べるのよ。」と一言だけ言った。 そして、子供のようにカエルを抱えて庭へと消えてしまった。 翌朝、私はホームセンターに水槽を買いに行った。 スイソウの中にウシガエルを入れると、彼は特に変わった様子もなくその喉を心臓の呼吸と同じくらいの速度で喉を膨らませ萎ませた。

          カエル、ナツメヤシ、冷蔵庫。

          2019.05.26 鬼火

          源藤吉見七十六歳。中年小太り、ずんぐりとした体格であり口調もゆっくりである。 職業はなんですか? 町内の高校で教師をしていました。ええ、数学の教師です。六十五歳のときに退職しまして、いまは、散歩だけが趣味なおじさんです。妻はいますが、子供はいません。恵まれなかったのです。一度医者にもかかりましたがね。こればっかりは。 あなたが、先日見かけたとおっしゃったものについて詳しく教えてください。 ええ、あれは十二月十日のことだったと思います。いつものように、夕方の散歩道を歩いていたん

          2019.05.26 鬼火

          おふとんのなかのくに

          お布団の中にいると、まるで宇宙を漂っている羊のような気分になるんだ。広いんだよそこは、ほんとうに広いんだ。どこまで進んでも終わりが見えない。ただただ星たちの瞬きが見えるだけさ。 外に出る?外に出る? 君は僕に外に出てこいと言うのかい?太陽がコンクリートを焼き付けている外に出ろと?いやだね。僕はいやだね。 いいじゃないか、君は外で暮らす。僕はお布団の中で暮らすよ。 何も問題なんてないじゃないか。 君は外の方が明るくて広いなんて言うけどさ、お布団の中に潜ったことがほんとうにある

          おふとんのなかのくに

          ピアノの散歩、パン屋の前。

          「知ってた?ピアノって歩くんだよ。」 「ピアノ?あの楽器のピアノかい?」 「そうよ、それ以外に何があるの。」 「でも、ピアノは歩かないじゃないか。」 「つまらない人ね、それだから面白くないのよ。ピアノは歩くの。あなたが知らないだけ。」 「そうか、じゃあ仮にピアノが歩くとしよう。どこに向かって歩くんだい。」 「パン屋さん。駅前のパン屋さんよ。」 私は駅前のパン屋さんを想像した、二階建てのアパートを改造して一階部分がパン屋さんになっている様子を。そのドアを開けて、ピアノが入ってい

          ピアノの散歩、パン屋の前。

          タバコと栞

          雨が降っている。止みそうにもない霧雨が、冬の重い空とともに落ちてきている。暖房のかかっている図書館の中でも、外の張り詰めた空気を想像することができる。頬を張られたように、指の先が千切れてしまいそうなくらい冷たい空気を。私は文庫本に目を戻す。先程から読み始めたものだ。しかしながら、そこに書いてある文字は私に何も語りかけてこなかった。ただ、意味のない記号の羅列として、読み流していた。ちょうど、ファミレスにかかっているBGMのように。文字は私の意識の隅の方で細く流れていくだけだった

          タバコと栞

          蝋燭の炎を

          蝋燭の炎を見つめていると、その中に私の娘がいるのではないかと思う。三年ほど前に死んでしまった娘が。右に左に揺らめくその炎の先が彼女の私を見つめる目の動きにそっくりなのだ。何かを話しかけてるように煤を出し、吐息に揺れ、暗くなった部屋を仄かに照らしていた。真白の蝋が時間とともに溶けていく、夏に彼女が食べていたアイスクリームみたいに。 部屋の中は暗い、先程電源を全て切ってしまったからだ。スイッチをオフにしてしまったからだ。パチンと。 ここには二つの鼓動している生命がある、私とこの蝋

          蝋燭の炎を

          土の下の羊(短編小説10000文字)

          はじめに こんにちは。ショート・ショートを投稿しているHarです。 この短編小説は昨日のクリスマスイブに書き始めた作品です。 10000文字と長い作品になっています。 皆さん、良いクリスマスをお過ごしください。 本編 1. 英単語帳の隅に赤い血が染みついている。それを見てようやく、唇から血が出ていることに気がついた。バックの中から、ティッシュペーパーを一枚取り出すと、出来るだけ沁みないように唇に当てた。白い繊維状の、パサパサとした味を舌に感じる。雪が降り出しそうなくらい

          土の下の羊(短編小説10000文字)